ムンズ攻略編第10話~ラウン平原の戦い(上)~
大変遅くなりました。ようやく投稿します。本業は一段落付いているんですが、副副業が忙しくて(汗)
次話は2月下旬の投稿になりそうです。四月までは亀更新になります。ごめんなさい。
あとあと、先日の活動報告の直後、お気に入り2ケタ達成しました。どうもありがとうございます!!!!
「本当にいいのか?」
突然の申し出にマルクが驚いたように聞き返す。
「ああ。もうすぐ丑の月だしな。農作業を始めないと、冬に飢えてしまうことになる。」
ケンはもう決めた、という顔をして言った。マルクが反乱軍に合流してから、ほとんど損害を出さずに、かつ、かなりのスピードで進軍が続いた。わずかひと月の間にユンズ、トンケル、バンバロの三砦を落とした手腕は、反乱軍すべての者が認めていることであった。反乱軍のリーダーはケンであったが、彼はそれをマルクに譲ると言った。
「もともと、今年の農作業は諦めていたんだけどな。マルスがいてくれたおかげでここまで来れた。俺らがいなくても十分やっているだけのプロの兵も増えた。彼らが一番慕っているのはマルス、君だしな。素人農民兵の俺よりよっぽど兵の使い方を理解している。」
ケンは一度、自虐とも取れる笑みを浮かべると、真剣な顔をして言った。
「俺らは自分の土地を耕して食いもん作るのが仕事だ。やっぱり人殺しは性に合わん。今までは、俺たちがやらないとみんなで朽ち果てるだけだった。けど、今は違う。マルスが来てくれた。多くの正規兵が味方になってくれた。マルスなら、この後の後の事を安心して託せる。約束してくれるか?このムンズを昔のように肥えた土地にしてくれるって!」
そう言って、差し出した右手をマルクはがっちりと握った。
「ああ、俺がムンズをどこよりも豊かな土地にしてやる。しっかり約束を果たせるか見ていろ!!」
ケンたち農民兵がいなくなったことにより、反乱軍は三砦の兵を中心として元正規兵の一万二千になった。そして、満場一致でマルクが総大将となり、副官としてエリオット、ザンツェルの両名が就任した。軍は3軍に分けることにした。まず、トンケルの歩兵中心に八千の本隊。これを、トンケルの守将であったゲッセンハルトが率いる。続いて第2軍としてユンズ、バンバロ両砦の兵三千九百。マルクがこれを率い、エリオットが補佐をする。最後に、三砦の魔法師を集めた魔法部隊百名がザンツェルの指揮に入ることになった。そして、パンツェッタ攻略の準備が整い、反乱軍の進行が始まった。
パンツェッタでは異様な光景であった。城門の前には三万の兵が並んでいる。しかし、どの目にも生気は感じられなかった。城門の上には、パンツェッタの新しい守将、俊之・ケインズとその兄、ムンズ伯・吉成・ケインズがいた。
「兄上、流石でございますな。このような、大軍をいとも簡単に集められるなんて。まさに兄上の人徳でございます。」
「俊之。あまりおだてるんじゃない。儂が調子にのってしまうじゃないか。ハッハッハー!!」
「いやいや、謙遜深い兄上はもう少しご自分の功績を誇られたほうがいいです。ハッハッハー!!」
二人が馬鹿笑いをしている間、城門前には三万の兵たちが、意志もなく立ち続けていた。
「ささっ、兄上。出陣前の祝宴といきましょう。奴らは一万二千、我らは三万以上!負けることなどありませんから。」
「おいおい、俊之よ。戦とは数ではない。少数の兵で大軍に勝つことなど、よくあることだぞ。油断するでない。まぁしかし、それでも今回は我ら相手に奴ら勝ち目はないだろうよ。」
二人は城の中に戻ると、血のにおいが鼻についた。俊之は顔をしかめると近くにいる。傭兵に怒鳴り散らした。
「おい、まだ血の臭いがするぞ。早く掃除をしろ。」
傭兵は、面倒くさそうな雰囲気をしつつも、おとなしく掃除に取り掛かった。
「申し訳ありません、兄上。兄上に血の臭いを嗅がせるなんて。」
「よいよい、昔は儂とて戦場で手柄を立てていたんだ。血の臭いはあの頃を思い出して、自分も若返るような気がする。それにあれだけの人間を処刑したのだ。後、二日くらいは取れんだろう。」
パンツェッタではもともと農民上がりの守将がいた。正規兵からの信頼も厚く、正義感のあふれる男であった。ザンツェルと同じように、農民を虐げられる圧政に我慢を重ねてきた。そこへ、バンバロから逃げてくる形でバンバロ守将俊之がパンツェッタに来た。伯爵の弟ということもあって、パンツェッタの守将をその場で俊之に奪われた。彼はそれ自体には半分諦めもついていたし、反抗することはなかった。しかし彼が何としても認められないことがあった。それは、黒魔術による農民たちの強制徴兵である。しかも今回は周辺の農村から老若男女を根こそぎ集めたのであった。彼はハンムリルの兵であってムンズ伯の兵ではない。彼は、副司令官として守将の俊之に諫言をした。その結果、彼は謀反の疑い有りとされ、その場で処刑されてしまった。それを聞き、パンツェッタにいたハンムリル正規兵たちは叛旗を翻した。しかし、それを事前に察知していたムンズ伯の私兵である傭兵たちに一網打尽にされた。結果、地方守備隊であるハンムリル正規兵六千はすべて殺されることとなった。現在、パンツェッタの兵力は、城門前の三万の操り人形と傭兵たち三千ということになっている。
「しかし兵はやっぱりコルン帝国の傭兵に限りますな、兄上。金がかかるのが玉に瑕でございますが、命令をしっかりと聞いてくれる。武器商人のカイルもいい仕事をしてくれるものです。」
俊之は愉快そうに笑う。ムンズ伯は用は終わったとばかりに帰り支度を始めた。
「儂はサグマへ帰る。このパンツェッタには今、サグマの戦闘要員もすべて投入しているんだ。絶対、負けるんじゃないぞ。それと、現在こちらに向かっている援軍は、農民派の連中だ。断じて、借りなど作らないようにな。特に、現在行方不明と噂されているサンダールの王子にはなんとしても手柄を立てさせてはならん。この機会に、我ら貴族派の有能さを知らしめると共に、あのいけ好かない王子を失脚させ、ゲンデル公に芙雪様の婚約者になっていただく。これが、しっかりと成し遂げれば、我らの地位は更に上がる。お前にも、爵位と領地を拝領させられるかもしれない。その為に、勝ち目の薄いバンバロから撤退させ、ここパンツェッタの守将にしたのだからな。」
ムンズ伯は念を押すと、部下を連れてのっしのっしと帰っていった。その後姿を見ながら俊之は思う。
(そんな心配しなくても大丈夫だ、兄上。きっちり、結果を出してやるから。)
そして、城門の上に戻った俊之は目の前に整然と並ぶ三万の操り人形に向かって声を張り上げる。
「さあ!私の忠実な人形たち!これより出陣し、矮小なる反乱軍を蹴散らせ。すべての勝利を私に捧げよ。お前たちは戦場で憎き逆賊共を殺すために存在するのだ。最後の一人まで殺し切らないうちに撤退することを認めん。さあ、いざ死出の地へ進むのだ!!」
「三万超!?それは、間違いないのか?」
進軍中の反乱軍は、斥候からの報告に驚きと動揺を隠せなかった。
「なぜだ。敵の主要都市は次のパンツェッタとムンズ伯のいるサグマのみ。正規兵、傭兵合わせても一万にも満たないはずではなかったのじゃないか。数の上で我らが有利。だからこそ間を置かずにこうして進軍したのではないか。」
第一軍の司令官ゲッセンハルトが声を荒げる。それをザンツェルが抑える。マルクは眼を閉じたまま、考え込んでいた。
「して、敵軍の様子はどのような感じなのか?」
代わりにエリオが斥候に尋ねる。
「はっ!数こそは三万ですが、その多くは農民のようです。しかし様子がおかしく、村々からすべての人間を集めてきたような感じでございまして、それこそ老若男女すべてが揃っているような感じでございます。まだ十にも満たない少女から歩くのがやっとと言ったご老人まで含まれております。」
「そんな、馬鹿げた軍隊があるかーー!!!」
ゲッセンハルトが再び声を荒げる。しかし、エリオは落ち着いた様子で聞き返す。
「その者たちはもしかして生気がなく、まるで操られているようだったか?」
「そっ、そのとおりでございます。ただし、農民兵の後ろに控えている約三千の兵たちは傭兵のようです。操られている様子もありませんでした。」
ゲッセンハルトに怯えながらも斥候はエリオの問いに答えた。斥候の言葉に頷き、エリオとザンツェルは中央のマルクに向かって進言する。
「マルス様、敵はおそらく黒魔術により農民たちを操っているように思われます。農民たちとの戦闘となると、後に禍根を残さないためにも難しい戦いになると思われます。」
「して、ムンズ地方守備隊、ハンムリル正規兵はどこにいる?」
二人の言葉には答えず、マルクは斥候に向かって尋ねた。
「それが、正規兵の存在は目下確認中でございますが、未だ一兵も確認できておりません。城から出た形跡もありません。」
「馬鹿な!正規兵だけで六千はいるはず。城防衛にいくらか残すならともかく全てが出陣しないのはおかしい。
ゲッセンハルトの言葉にザンツェルも頷く。
「傭兵は三千との情報からほぼすべて出陣しているのでしょう。これは、どういうことだ。」
「大方、農民兵と傭兵を切り捨てるつもりなんじゃないか?正規兵は疵を付けたくないから籠城だろう。」
エリオがそう言うとザンツェルがすぐ否定する。
「それならおかしい。それなら、傭兵も篭城させるはず。ムンズ伯は正規兵より傭兵のほうが大事らしいからな。」
「そのおかげで俺はザンツェルを手に入れることができたがな。」
マルクの言葉にザンツェルが頭を下げる。
「とにかく、正規兵がでてこないのは向こうに何かしらの問題が生じたためだろう。我々としても、ハンムリルの兵をむやみに傷つける事をせずに済むならそれに越したことはない。傭兵はお前たちにとっても憎き帝国の傭兵だ。二十年前の恨みも含めてメッタメタにしてやれ。」
マルクがそうまとめると、各々頷き返した。マルクは立ち上がると周囲を見渡す。一同が頭をさげると言った。
「それでは、明日の作戦を発表する。まず、総大将の指揮権を一時エリオットに渡す。」
その言葉に、エリオとザンツェルを除く皆がざわめく。二人は既に昨晩“影”からの情報で敵軍の状態とマルクの作戦を聞いていた。
「静まれ!まだ作戦は話しきれておらん。エリオは第一陣のうち歩兵を中心に三千を率いて本陣とせよ。戦闘時には徐々に後退し、敵の戦列を引き伸ばせ!」
「はっ!」
エリオが頭を下げる。
「次にゲッセンハルト!貴公は、第一陣の残り五千を率いて右翼を担当せよ。敵が間延びしてきたら、後方の傭兵部隊と前方の農民部隊を分断せよ。」
「マルス様。その作戦はまさか!」
ゲッセンハルトはなにか言いかけたが、マルクは気にせずそのまま次の作戦を伝える。
「ザンツェルは第二軍・第三軍の四千を率い左翼を担当。右翼とタイミングを合わせ、分断せよ。」
「かしこまりてございます。」
ザンツェルは神妙に返事をする。
「そして、私は単騎、パンツェッタへ潜入する。黒魔術を使う術者を排除してくる。黒魔術は儀式を伴う大掛かりな魔法。おそらく進軍中の敵軍の中には術者はいないであろう。となると、儀式ができて術の有効範囲内で安全なところはパンツェッタ城しかない。私は単身そこに乗り込み先にパンツェッタを制圧、敵の首都から来る援軍を足止めする。私はユンズの悪夢を起こしたマルカロス・サンダリノだ。必ずパンツェッタを攻略して見せよう。貴公らは、術が切れて混乱するであろう農民たちを安全な場所に避難させることと、敵傭兵から農民たちを守ることをしていただきたい。農民たちをなるべく殺さず、しかもその後に来る傭兵からの攻撃から守りながら戦う。とても難しい作戦だが、このムンズを守るため皆の努力に期待する。この戦いに勝利すれば最早、悪の根源ムンズ伯までの間に立ちふさがるものはない!」
オオオオオオっーーーーーーー!!!!!
守るべきものとは何か、正義とは何か、自分たちの拠り所は何か、マルクはそういった戦う意義、希望、そういったものを兵たちにしっかりと与えることができた。兵の練度、技能等強い兵には必要な条件がある。しかし、そのどれよりも大切なものがある。それが心である。どんなに精強は兵でも心に迷いがあれば戦に勝つことはできない。逆に、たとえ弱小兵でも一致団結し立ち向かっていけば困難を切り開く道は開ける。マルクはそういう道を開かせる才能があったのだ。
「くそっ、全くあのマルスとか云う奴は何者なのだ!せっかく、もう少し儲けられると思っていたのに。」
翌日はラウン平原でいよいよ決戦という時になって、闇に紛れ反乱軍を抜け出す者がいた。反乱初期から参加しており、その武器の提供を一手に引き受けていたコルン帝国の武器商カイルである。反乱軍の主力が既に元正規兵となった今では、武器不足の問題はほぼ解消してしまっており、もともと帝国に対して忌避的なムンズ地方民であるからカイルはたちまちその存在感を失ってしまった。
「マルスさえいなければ、もっとやりやすかったのに。まぁ、仕方がない。ここまで稼がせてもらったので良しとしよう。おい、ムンズ伯の方はどうだ。」
カイルが暗闇に向かっていうと、前方から商人風の男が出てきた。
「はい、最後の決戦に向けて大量に武器を買ってくださいました。」
「そうか、ムンズ伯には、三万の操り人形を作ってくれたことは感謝だな。お陰でマルスを決戦の場から引き離すことができた。ユンズでは誤算だったが、パンツェッタはあんな短時間で攻略はできないであろう。その間せいぜい、ラウンでたくさん殺しあえばいい。」
「カイル様、そろそろ行かなければ。」
そして、二人は闇に消えていった。
翌朝、両軍はラウン平原において相対した。西方、ムンズ伯側は前方に三万の農民兵が有象無象している。一応方陣を敷いているが、形だけのその陣に指揮系統など存在していない。操られた農民たちに与えられた命令はただひとつ。突撃命令が下されたら、その命尽きるまで突撃するだけである。そして、その後方にムンズ伯の私兵、コルン帝国の傭兵部隊三千が蜂矢の陣を敷いていた。そして、両者の間は約三百メートル開いていた。
「おいっ。農民兵と傭兵部隊の間、やけに距離が開いてないか?伝令!!本陣にこのことを連絡。それと、斥候を放ち、傭兵部隊の動向を詳細に調べよ!」
左翼に待機しているザンツェルは矢継ぎ早に指示を出す。もともと、無能な守将の尻ぬぐいをしていたザンツェルにとって全体をみて指揮をすることなど朝飯前であった。
「ザンツェル様!敵農民兵が本陣に突撃を開始しました。同時に敵右翼が我が方に向かっております!」
「あわてるな!!その場に待機!敵傭兵部隊に動きはあるか?」
「ございません。両者の間は更に開いております。四百、いえ五百メートルは既に開いております!」
「ザンツェル様!右翼ゲッセンハルト隊、敵左翼と交戦状態に入りました。我が方もまもなく接敵します!」
「よし!いいか、お前ら!!今日の戦いに勝てば諸悪の根源ムンズ伯を滅ぼすことが出来る!ムンズ伯は無情にも黒魔術を使い、か弱き農民たちを操り、我々に向かわせている。民を守れない支配者など最早、存在価値無し。哀れな農民たちを保護しつつ、そのようなもので屈しない我々の闘志を見せつけてやろうぞ!!」
オオオオオオっーーーーーーー!!!!!!!!!!
子の月十二日、ムンズの反乱の最大の戦い、ラウン平原の戦いの火蓋が今、切って落とされた。