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 第7話 真面目かな?

 前回に引き続き,『離婚』『親権』などという言葉が出てきます。

 あまり深くやるつもりはありませんが,その話題を避けたい方はご遠慮下さい。

 「離婚理由は私も母親からしか聞いてないので,判りませんが……。よかったらどうぞ」

 「ありがとうございます」

 「頂きます」


 園長先生自ら,冷蔵庫から冷えたお茶を出される。

 職員室の隅に置かれた応接セットに,私と成瀬さんが腰掛けて事情を説明する事もなかった。

 柴田先生が電話連絡で,大体の事情を説明してくれたらしい。

 私達が駆けつけた時には,弟の陸人くんは職員室で小池先生に絵本を読んでもらっていた。

 成瀬さんと一緒の私に驚く小池先生と,春の異動で大葉保育園にいた事を知らなかった私は,酷く驚き立ちつくしてして。

 そして,思わず大笑い。

 その姿を見て結花ちゃんもすっかり安心したらしく,今はお絵かきをする陸人くんの横で宿題を広げている。

 真ん中に大きく自分らしき男の子を描き,両脇に髪の長い『女の子』だろう人を描く。家族の絵かもしれない。

 母親にも連絡は届いているから直に迎えに来るだろう。

 

 「親権の争いがまだ残っているようなんです」

 「親権,ですか……」


 子供がわからない言葉を使い,会話をするのは気が重い。

 親の離婚で子供が翻弄されるのを,いくつも見てきた。

 離婚の理由は様々だけど,目をおおうような修羅場もあるけれど。この場合は何だったんだろう。

 不倫なのか,DVなのか,それとも家計の崩壊による夫婦関係の亀裂だろうか。

 結花ちゃんは,親が争う姿を見ているのだろうか。

 ふと,先日の憂鬱そうな顔を思い出す。

 私は学校での新学期特有の悩みだと思っていたが,そんな単純な悩みではなかったかもしれない。

 鉛筆を走らせる小さな後姿を見ながら,思わず唇を噛む。

 私は,何も判っていない。何も見ていなかった。何も出来なかった。

 

 「親権は,今は母親なんですよね? 」

 「もちろんです。ただ,養育費の問題もあるようですね。まだ裁判所のお世話になっているようです」

 「では,今回のような問題がまたあるかもしれないという事ですか」

 「そうですね。当面は気をつけていきましょう」


 引渡しは必ず母親と確認する事。

 母親以外の場合は,即電話で確認する事。

 その他諸々を確認している最中だった。


 「陸人! 結花! 」


 ドアが壁に当たり大きな音を立てて開かれた。

 髪を乱した女性が駆け込んでくる。


 「ママ,今日は早いんだぁ」

 「お仕事大丈夫なの? 」


 無邪気に飛び上がる弟と正反対に,結花ちゃんは心配げに立ち上がった。

 その二人に崩れるように二人をかき抱いた。一瞬でも早く,抱きしめる為に。

 そのまま,床に座り込む。

 二人の柔らかな髪に顔をうずめて,母親が深呼吸をした。何度も,何度も。


 「ママ『ぎゅう』しすぎだよぉ」

 「ねぇ,ママ……」

 「心配かけたね……もう,もう大丈夫だからね」


 目元に皺をつくって微笑むその姿は,とても綺麗だ。くたびれた事務服のポケットからハンカチを取り出し,軽く目元を押さえてから立ち上がる。


 「ご迷惑をおかけして,申し訳ありませんでした」


 髪は乱れ,真っ青の顔色。急いだのだろう,足元はスリッパも履いていない。

 背筋を伸ばし,子供達二人の手を繋ぎ,凛と前を見据えていた。

 




 赤とオレンジの灯火が流れていく。光の川。家路を急ぐ人。仕事先から戻る人。出かける人。

 色んな気持ちをのせて流れる光の川。その中でぼんやりと流されていく。

 頭をガラスにくっつけると,心地よい冷たさが伝わってくる。


 「疲れた? 」

 「うん」

 「どっか,お茶してく? 」

 「……まだ勤務中でしょ。っていうか,成瀬さんこそ仕事は? 巻き込んだ私が言うのもナンだけど」

 「ちゃんと連絡しておいたから大丈夫だよっ……と,ごめん。ブレーキ」


 前方の信号が赤に変わり,車列のスピードが落ちる。

 ブレーキで前に微かに引っぱられるまま,私は窓ガラスから離れて右に座りハンドルを持つ人を見る。

 薄暗い車内に,対向車のライトが駆けていく。一瞬光で照らされた横顔が,不意に私を見た。


 「そんなに自分を追い詰めた顔しちゃ駄目だよ」

 「……私が? 」

 「何か色々考えてるんじゃないの? 遊佐ちゃん真面目だから」

 「真面目かな」

 「真面目だよ」


 首をかしげ,小さく笑う。

 もっと事態が悪くなる前に,何で気づかなかったんだろう。結花ちゃんの心の変化に,気づかなければいけなかったのに。

 真面目,か。真面目でも,どれだけ真面目でも,子供の信号に気づかなければ意味がない。

 私は,無能だ。

 自分の無能さにだけ,ようやく気づいてウンザリだ。

 

 「すっかり,遅くなったね」

 「……あぁ」


 信号が緑に光る。

 進みだす車は,とても前向きで。

 赤色の光の残して走っていく車の列を,ただ目で追っていった。

 私,何やってるんだろ。





 「総員突撃ぃー!」

 「キー! 」

 「キキキーッ」

 「キッキー! 」


 マイクの前で,若者が奇声を発している会議室。

 これ,廊下に音が漏れてたら壮絶に恥ずかしい。外に出て,うっかり隣の部屋にいる人と顔をあわせたらどんな顔したらいいんだろう。

 そんな恐ろしい事を考えながら,マイクの前で汗を流しながら奇声を出し続ける男性陣を眺めてしまう。西脇くん,雑魚キャラなのに手を抜かずに叫ぶ姿がいじらしい。

 せっかくの休日の午前中から,フジモモジャーの音入れ作業だなんて。でも,この人たちは楽しそうだ。 

 お天気もいい,行楽日和っていうのに。

 窓から見える生命力溢れ輝く新緑の木々と室内での騒動を眺めて苦笑い。


 「な,何と言う数だっ」

 「力を合わせて,いくぞ! ホワイト・ブロッサム~」

 「ピンク・ブロッサム~」

 「「サンダー!!!」」

 「キッキー!!!」


 ふむ。『フジレンジャー ここでブロッサムサンダーの決めポーズ』『アブラムッシー ここで一旦弾き飛ばされるように』……と。

 脚本を目で追いながら,小さく溜息。

 とうとう,音入れになってしまった。本当,何やってるんだろう私。

 

 「ふははははっ。今日の我らムシキズムは一味も二味も違うのだ」

 

 居酒屋でのんびりしてた大本くんが,腹の底から響くような声を出した。その迫力は,間違いなく未就学児の中には泣く子が出るに違いない。うん,泣くね。

 鼻の穴を獅子舞の獅子のように広げて悪役らしい口上を述べていく。


 「合併に,この町の住民は不安を抱えておる。住民サービスはどう変わるのか。従来の公共施設は使えるのか。何より,住民税はどう変わるのか。そうであろう! ここにいる大人達よっ」

 

 おいおい。

 

 「この不安は我らのエネルギーになるのだーー! 」

 「住民サービスは変わらないのに! 」

 「相互利用により,サービスは向上されるんです! 何より住民税は合併前から同じ基準です! ムシキズムの言う事は間違っています! 」

 「ここにいる大人の皆さん。どうか私達の言葉を信じてくださいっ 」

 

 どうなのよ……この脚本は。


 「無駄よ無駄! 今日こそムシキズムが桃花町を支配するのだぁあ」

 「うわあああ! 」

 「ぐわぁああ! 」


 山田……眼鏡が曇ってる。なのに澱みなく台詞を言い熱演して手で宙を握り締める。

 暗記,してるのね……。

 思わず笑い出しそうになる口元を両手の平で抑える。

 堪えろ私!

 ここで余計な音が入ったら,みんなの熱演が台無しになってしまう!

 小刻みに震え続ける肩。痙攣する腹筋。

 早く,酸欠になるまえに早く切ってぇ!

 思わず涙目でみんなを睨む。

 

 「……っ」


 一瞬の静寂。

 マイクを囲んでダンゴな状態の男達が固まった。

 ブッチンと音を立ててマイクの電源が落とされた途端に,津波のようにみんなが押しかける。


 「そんなに感動されるなんて!」

 「俺達こそ感激だよっ」

 「良かったなぁ。ここまでやってよかったなぁ」


 ……感動じゃなくて,笑ってたなんて言えない。

 曖昧な笑みを浮かべて,目元の涙を抑える。

 言えない。

 あまりにばかばかしい光景だったから笑いを堪えてたなんて,言えない。

 




 

 

 

 次回 2月9日 水曜日に更新予定です。

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