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 第3話 返り討ち?

 ガラス張りの役場前で,思わず立ち止まる。私の格好,変じゃないだろうか。

 紺色の小さなリボンが見えるよう,淡い空色のカーディガン。ふんわりとした綿のスカート。ローヒールのサンダルだけはしかたない。普段スニーカーだから,高いのは履けない。もう少し高いほうが,足が綺麗に見えると思うんだけど……。

 いや,ちょっと待て私。別に綺麗に見えなくてもいいじゃない。私は,モモフジジャーの件を断固として拒否するために来たんだから。『歯医者へ行くため』と嘘ついて有給つかったんだから。

 バッグを持ち直し,五時回った役場の正面玄関から突入。

 ガラス張りの新しい庁舎。築四十年は経っている藤里町とは雲泥の差。豪奢で広い庁舎に驚きながら,素早く壁面の地図で確認して広報課を目指す。

 そう。今回はきちんと作戦を立てた。恐らく特撮マニアな山田に話は通じない。今までの経験で,イタイ程判った。ならば,常識人らしき成瀬さんに頼み込むしかない。いや,泣きついてでも拒否しなくては,私のアイデンディティーが崩れる。


 「あの……成瀬さん,いらっしゃいますか? 」


 天井から吊るされた『広報課』の札を確認してからカウンターの中に声をかける。五時を回っているのに,忙しなく働く活気溢れる職場だ。まだちらほら訪れる市民に対応している住民票の受付よりは静かだが。

 PCとにらみ合っていた若い女性が,その勢いのまま視線を投げかけてくる。

 

 「成瀬は只今,外出中ですが」

 「え? あ,しまった」


 名刺をもらったんだから,電話でもしておけばよかった。


 「ご用件は何でしょう? よろしければ承っておきますが」

 「えっと,あぁ……いえ」


 まさか『フジモモジャー』とは言えない。自分からあんなのに関わっていると思われたくない。が,そうこう迷うウチに,女性の視線はキツクなる。同じ女として,このキツさは恋人に横恋慕する女に向けるほどの強さだ。まさか,誤解してるんじゃないでしょうね。

 嫌な予感が背筋かた這い上がる。成瀬さん,爽やかで好青年だったから……充分に予感が的中している気がする。同じ課ならば,若い女の子は気になるのが自然だもの。


 「何のご用件でしょう」


 剣のある声でそう追い詰められた。

 ごめんなさいっ。思わずそう頭を下げようと肩をすくめた途端だった。

 朗らかなテナーの声が私の名前を読んだ。


 「どうしたの? こんなトコまできて」

 「き,金曜日の件で,ちょっと……突然すみませんっ」

 

 振り返ると,外から帰ってきたのだろう。一眼レフのカメラを肩から提げた成瀬さんがいた。相変わらず,笑顔が爽やかだ。同じ白のYシャツを着てるのに,山田よりハイセンスな気がするのは何故だろう。

 

 「じゃあ,向こうで話そうか。浜島さん,カメラに福祉協議会の写真あるから」

 「わたしが?! 」

 「社会福祉協議会は浜島さんの担当。一眼レフ使えないって言うから,代わりに行っただけ。後の処理はやってくれなきゃ」


 素早くメモリーカードを取り出して,写真をダウンロードする手順を説明しだす。その嵐のような解説の合間にも,私は息を潜めていた。

 視線が痛い。浜島さんと呼ばれた女性から,気迫のようなものが迫っているのを感じる。そう,霊能者なら,燃え上がる炎の気が私を縛り上げるのを見えたかもしれない。これは,明らかに嫉妬の炎だ。恐る恐る彼女を見ると,確かに目尻上がり目の瞳が睨んでいる。

 ちゃんと説明聞いてなさいよぉ!


 「じゃ,何か困ったら近藤君に聞くなりして。自販機コーナーにいるから」

 

 一方通行の解説を終え,歩き出してしまう。う,動けない。視線が痛くて動けません。ついて行っていいんですか? 広報課以外にも,明らかに女性の視線を感じるんですが……。

 固まった私に気付き,成瀬さんは振り返る。

 邪気のない笑顔で手を振り招く。

 私,敵をつくりに来た訳じゃないのに。





 喫煙所も兼ねているのだろう。駐車場へのロープ横の自販機コーナーの横,吸殻が山のように積もった灰皿からのニオイでニコチン臭い。でも,そのお陰だろう。足早に駐車場へと通り過ぎる人や,役場への正面玄関を目指して傍を歩いていく人はいても,誰も寄り付かない。会話を聞かれる事はない。適度な人目と,密室感。

 小銭を財布から取り出しながら,唐突に成瀬さんは切り出した。


 「巧……山田,いきなり職場に行ったんだろ? そりゃヒクよね」

 「はは,は」

 

 鋭い読みに,乾いた笑いしか出てこない。やっぱり,この人は常識をもっている。安心感で胸いっぱいだ。

 

 「とにかく,今回の話には驚きっぱなしで……その,私より適任者がいると思うんですよ。なにも,本当に藤里町の職員じゃなくても,藤里町の特撮マニアの人とかでいいと思うし。だから」

 「何にする? 」

 

 笑顔で自販機を指差され,反射的に無糖紅茶を指差す。そのままポチリとボタンは押され,無機質な衝撃音。お金を出していない事に気付いて慌ててバッグに手を入れると,冷たい缶が頬に当てられる。


 「わざわざ有給とって来てくれたお礼。顔見て断わろうって思ってくれたのは,結構うれしい」

 「じゃあ,遠慮なく」


 ここで遠慮するのも変だ。ここまで褒められたんだから,素直におごられよう。

 成瀬さんがアイスココアを選んだのに驚きながら,缶を開けて一口飲む。心地よい冷たさと香りに,一息。自分が緊張していたことに気付いた。


 「でもさ,だから遊佐さんに決めたんだろな」


 甘そうなココアを喉を鳴らすように飲んで,成瀬さんは幸せそうに微笑んだ。


 「彼女以外に,いないって。めったに人を褒めないのにさ。巧なりにさ,遊佐ちゃんを引っ張り込もうって必死なんだろうな。もう,見ていて判るよ。淡白で人に無関心なのに,遊佐ちゃんに関すると人が変るんだよ」


 再び,缶を傾ける。その飲みっぷりにも驚きながら,山田の行動に言葉を失った。

 つまり,最初から『好意』だったと。私は『悪意』にしかとらなかった。


 「受け取り方の違いですね。私,最初から怖かった」

 「だよなぁ。俺だったら,そんな事しないな」


 突然,顔を覗きこまれた。


 「去年の合併前の親善運動会。そん時に遊佐さん見つけたらしくて。出てたでしょ? 多分,俺達と同じ頭数揃えるのでさ」

 「はぁ」


 勢いが怖い。近づく爽やかな顔が怖い。

 思わず,半歩だけ後ずさり。


 「企画は実行不可能だって報告するつもりだったのに,山田の奴その企画を復活させるし。なんかソワソワするし。でも,こないだの飲み会で実際に会ってみたら納得した」

 「納得? 」

 「今時珍しいぐらいのお人よし。優しくて,強くて,それでいて可愛い。大きい目してて」

 「あ,ああ,あの,お人よしですか? 」


 どもる自分の声が,凄く慌ててる。何か,空気が違うトコへ行きかけてる。

 修正しなきゃ。流れを変えなきゃ。話題を変えなきゃ。

 

 「な,成瀬さんもいい人じゃないですかっ。さっきも困った同僚の人を助けてたんでしょっ」

 「俺をいい人って言ってくれるんだ。嬉しいな」

 「そ,そういう事じゃなくってですねっ 」


 墓穴を掘ってしまった!

 頭の中が真っ白に塗りつぶされる。心臓のドクドク音が体中に響き渡る。指先まで,脈打ってる。

 笑みを含んだ鳶色の瞳が近づく。ふんわりと,ココアの香りに包まれる。

 気づいたら,左頬に柔らかい唇を押し当てられていた。

 

 「俺が先に予約,しとく」


 固まったまま,成瀬さんの顔が離れるのを眺めていた。

 卑怯だ。こんな綺麗な鳶色の瞳で見詰めるなんて,ずるい。


 「可愛いなぁ。良いニオイする。も一回」

 「だ,ダメですっ。何,何してるんですかっ」

 「なんだ。正気に戻っちゃった」


 金縛りから解けた蛙の逆襲の如く,私が腕を振り回して距離を作る。

 そんな必死な抵抗すら微笑まれ,挙句に身長差を利用して頭を撫でられる。


 「まぁ,いいや。じゃあ,『ウサギ屋』でね」

 「行きませんっ。絶対に行きませんっ」

 「駄目。絶対に来て。俺,予約したんだから」

 「私は誰にも予約されませんっ」

 「ははは。またね」

 「……さよならっ」


 間違えた。

 成瀬さんも変人だった。

 人選を間違えた。計画が不完全だったんだ。見誤った。大誤算だった。壊滅,殲滅,敗北だ。

 思いっきりバックを振りながら,自販機コーナーから早歩きで撤収する私の後姿へ,成瀬さんの楽しげな笑い声が見送ってくれる。

 おかしい。どこで,どう間違ってしまったんだろう。

 この変人の集いから,一刻も早く抜け出さなくては。

 そう思うのに。そう思ってるのに。

 私の両手は,いつの間にか左頬に当てられていた。

 柔らかい感触。唇の温かさ。

 まるで確かめるように,逃がさないように,両手で左頬を押さえてる私がいた。


 

 


 


 


 


 明けましておめでとうございます!

 今年もとりあえず,更新予告日だけは守っていきたいと思います。蝸牛の歩みですが,お付き合い頂ければ嬉しいです(汗)。


 次回 12日水曜日 更新予定です。

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