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 第2話 危険人物?

 「遊佐センセーってさ,悩みってないでしょ」


 勝手な事を言う。まぁ,小学生ってのはこういうもんだ。

 ここは大人の度量の広さを見せてあげよう。


 「色白いし,痩せてるし,目大きくて可愛いし」


 いいぞ。もっと言ってちょうだいっ。


 「大人だから学校行かなくていいし。外で遊んでればお仕事だし。あたしも保育士になろうかなぁ」

 「最後,何か違くない? 」


 夕方の肌寒い風が,昼間の紫外線で火照った肌を撫でていく。横で膝を抱えて座った結花ちゃんが,目の前で男の子達がドッチボールに燃えているのを冷めた目で見ている。

 小五でこんな目をするかな。

 心の中で警告音が鳴り出す。子どもがこんな目をするのは,善い兆候ではない。まだ,児童館で小学生と接する経験は少ないけど,なんとなく気になる。

 花壇のブロックに座りなおすフリをして,少し膝を寄せる。体温を感じられるように。心を寄り添えるように。


 「学校,大変だよね」

 「うん」

 「5月だもん。グループとか出来ちゃったり,した? 」

 「まぁねぇ」

 「みんな,結構計算高いんだよねぇ。勉強のレベルとかさ,ルックスとかさ,家の感じとかさ,そういうの見てるよねぇ」

 「……」


 途端,黙って俯く。

 やっぱりなぁ。新学期始まって一息ついたこの時期,女の子はグループが決まってきて大変だ。どこのグループに所属するか,大きなストレスだろう。子どもには,家庭と学校ぐらいしか世界がないのだから。

 でもね。


 「いいんだよ。自分を良いように見せなくてもさ,妥協しなくてもさ。学校生活,変化があるから。何かのキッカケで結花ちゃんが自分を出せる時ある。その時期がきたら,結花ちゃんにあう友達がみつかる。今は,みんな無理して相手に合わせてるトコあるもん」

 「ほんと? 」

 「うん……いや,多分。うん,もうすぐ野外活動のキャンプあるでしょ。本性見えてくるって」

 「本性って,なんか違う」

 「えーっと……じゃぁ,猫の皮がはがれる? 」

 「化けの皮がはがれる,でしょ」


 小五に修正された。

 そのショックに,五ミリほど落ち込む。あぁ,まだ小学生相手って,難しい。短大で習ったのは,就園児対象だ。

 こういう時,今は中で事務仕事してる柴田先生なら上手くアドバイス出来るだろうなぁ。二人の男子高校生をもつベテラン先生だもん。

 柴田先生の見た目も中身も太っ腹な容貌を思い出して,溜息をつく。短大出て就職出来ても,私は小娘のままだ。

 だから,小池先生に利用されちゃうんだ。多分,年明けから言っていた消防署勤務の彼との接点の為に,私を利用したんだろう。先週の合コンを思い出してしまう。

 あぁ,いい先輩だと思ってたのになぁ。世間ってのは厳しい所だ。


 「やだ。センセーが落ち込まないでよ」

 「落ち込ませて。もう少し,いじけさせてよぅ」

 「あれ,センセーの知り合い? 知らない男の人が手ぇ振ってる」


 結花ちゃんの言葉に,跳ねるように立ち上がる。最近は治安が悪いので,児童館の敷地内といえども警戒は解けない。

 どこだっ,変質者!


 「ほら,駐車場のフェンスのとこ」

 「げっ」


 口から蛙が潰れた音が出て,足が回れ右をしていた。

 反射的に。危険を回避する動物的本能。


 「センセーの彼氏? 」

 

 彼氏なら,回れ右するわけないだろう。

 結花ちゃんの言葉にツッコミながら,確認の為に恐る恐る振り返る。

 白のYシャツに青のネクタイ。寝癖なのか,先日と違い右側頭部分に大きなハネ。いまどき珍しい,黒ぶち眼鏡クン。

 山田だ。


 「うわぁ……センセー,やばいって。センセーの美的センス疑っちゃうよ」

 「だから彼氏じゃない」

 「えぇー! 遊佐センセーの彼氏ぃ? 」

 「黙れガキンチョっ」

 「彼氏だ彼氏だぁ」

 「ただの市役所の人っ。仕事で来た人に変なこと言わないのっ」


 だから小学生は嫌なんだ。

 結花ちゃんの言葉を耳ざとく聞きつけた男子達が騒ぎ出す。駆け寄ってきた男の子の持っていたボールを奪い,渾身の力で藤棚の上めがけて投げてやる。

 ボールは美しい放物線を描いて藤棚の上に乗っかった。その下で巣を失ったアリのようにうろたえる男の子達。ブーイングの嵐を尻目に,事務所の中の柴田先生に一声かけてからフェンスに駆け寄る。


 「いいの? あれ,あのボール」

 「ボールが取れるまではこっちに来ませんから。で,わざわざ職場に来るなんて非常識」

 「だって,メルアドもケータイの番号も教えてくれなかったから」

 

 山田はしれっと答える。

 私のせいか? でも,あの状況で,ケータイ番号も何も,教えられるハズがない。

 先週の悲劇は,夢だと思いたかった。そんな思い,山田には想像もできないに違いない。

 給料日前の合コンに誘われて出てみたら,ローカルヒーローになりませんか……だなんて。アホらしいにも程がある。

 私は俳優志望でもない。コスプレ趣味もない。特撮オタクじゃない。普通の保育士。適材適所ってもんがある。そう,抵抗して断わったんだけどな。

 山田は手にした青く分厚いファイルから,一枚の紙を取り出した。『フジモモジャー 第一回打ち合わせについて』と打たれている。


 「次回の打ち合わせ,金曜の七時半。駅裏の『ウサギ屋』。他のメンバーにも紹介するから」

 「だから,私はやらないって」

 「遊佐さんしか,やれる人いないんだよ」

 「なんで断定するのよ」

 「理想だから」


 唐突の言葉に,思わず山田の顔を見つめてしまった。

 黒ぶち眼鏡の奥の目は,まっすぐに私を見つめていた。こんな風に,人を射抜くように見つめられる人,いるんだ。こんな風に見つめられた事,あったかな。

 意外なほど涼やかで綺麗な目尻のラインに見蕩れてしまった。

 

 「新体操やってたから,バク転出来るよね。ほっそりとした体型で手足が長いからコスチュームが綺麗に着こなせるはずだし」

 

 コスチューム……?


 「保育士さんだから人前に出ていく事も演じる事も,素人より上手いし……」

 「は? え,演じる,演じるって」

 「フジモモジャー」


 私が馬鹿だった。間抜けだった。阿呆だった!

 山田の頭ん中はフジモモジャーで一杯なのにっ。色っぽい事なんて,地球最後の日までありえなさそうなのにっ。

 私は何を考えていたのよ。

 あんまり瞳が綺麗だったから。意外にも,力強い視線だったから。だから,惑わされた。

 千円の激安Tシャツに保育士支給の赤いジャージズボン。ピンクと白のチェックの薄いエプロン。頭からスニーカーの先まで砂埃で薄汚れている私の姿も見てないに違いない!

 体型とか,手足とか,綺麗に着こなせるとか。そんな事言うから,私,変な事考えてたじゃないの!


 「あ,もう戻らないと。ついでで寄っただけだから。じゃあ,そういう事で」

 

 山田は首から提げたICプレートを光らせて身を翻す。駐車場に止められた『防犯は,あなたのその目を光らせて』とステッカーが貼られた白バンに素早く乗り込んでしまった。

 怒りに震えた私に爽やかに手を振り,くたびれたエンジン音を響かせて去っていく。

 呪ってやる! 人の気持ちも知らないで! 私の意見も聞かないで物事進めたな!

 背後で歓声が起こる。藤棚を竹箒で突付いてボールを落としたようだ。

 子ども達の無邪気な声を聞きながら,決意を新たにする。

 山田なんか,大ッ嫌いだ!

 


 



 


 


 

 次回は年明けの 1月5日 水曜日に更新予定です。


 今年も一年,色々と読んでいただきありがとうございました!

 来年こそは,来年こそは『見下ろす~』を書き進めますっ。納得出来るトコまで書き進めますっ。


 良いお年をお過ごしくださいね。ではでは。

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