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 第13話 勇気をあげる!

 何百という顔,顔,顔。突き刺さる視線が痛い。でも,これを快感に変えろ,私。

 腕が震える。膝が笑ってる。

 24名の子供達を前にして緊張で失敗だらけで終わった初めての教育実習に比べれば,何てことない……はず!

 ここで魅せろっ。保育士の底力!


 「これ以上の狼藉は許さないわよ! 」

 「な,何を小癪な! フジエンジェルだと?! 聞いてないぞ! 」


 大本くん,ナイス切り替えし。

 会場に大音響で流れるフジエンジェルのテーマ曲にあと押しされるように,下で待機する西脇くんに『下がれ』と合図を送る。


 「その車,役場の車なんですよぉ! 正しい使い方して下さいぃ」


 西脇くんの訴えを無視して,僅かな車体の幅で踏み切り側転で体を反転させながら車から飛び降りる。

 なんとか両足で着地するとローヒールが芝生にめり込んだ。大丈夫,足の震えは止まった。

 

 「ヒーローの正しい使い方でしょ」

 

 西脇くんの肩を軽く叩いて,会場の花道向かって走り出す。

 歓声が沸きあがる。どよめきと共に,人垣が割れて道を作っていく。

 その中を走り,気づく。

 あぁ,みんな,何ていい笑顔してるんだろう。

 大人は子どもに返ったように無邪気に。子どもは憧れに頬を赤らめて。

 

 「でも,私は生まれたばかり。力が足りないの! モモハナジャーを助ける為に,みんなパワーをちょうだい! みんなの元気な声が聞きたいよー! 」


 人垣の中を会場中央まで走りぬけ,大きく頭上で手拍子を取る。うねるように湧き上がる拍手の波。会場が一つのリズムで律せられる心地よさ。

 そうしながら,フルマスク越しに会場中央の道に立ち尽くす陸人くん達を確認する。

 呆気にとられて立ち尽くす3人を。そのままソコにいて。

 手拍子を続けながら,少しずつ会場中央の花道へ近づいていく。


 「今日,一番元気なお友達ー! 」


 マスク越しの声に,大歓声が上がる。

 素直な子ども達には悪いけど,狙いは一つしかないの。ごめんね。


 「もっともぉーっと元気なお友達ー! 」

 「はぁーい」


 遠慮がちな手が上がる。お父さんの手を離し,陸人くんの手が会場の雰囲気に引っぱられるようにおずおずと上がる。

 待ってました!

 精一杯に声を上げ,千切れんばかりに手をあげる子ども達の前を駆けて,まっしぐら中央の花道で立っている陸人くんの所へ駆け寄る。

 

 「元気なお友達見つけました! お名前を教えて下さいっ」

 「こ,こうさかりくとでしゅっ」


 緊張で幼児言葉になった陸人くんに手を伸ばす。

 この手を取って。私の手を,自分の意思で握って!

 祈るように,膝を折る。シンデレラの前で求婚を願う王子のように,手を差し出す。


 「陸人くん,私に力を貸して。モモハナジャーを助ける力を私に貸して」

 「……うん!! 」


 小さな,丸みが残る幼い手が,そっと私の手に乗せられた。手袋こしに感じる,柔らかな温かみ。

 頂きました!


 「じゃあ,一緒にステージに来て! 結花ちゃんも一緒に! 」

 「な,何で私の名前知ってるの?! 」


 思わず結花ちゃんを名前で呼んでしまった。

 そして的確にツッコむ結花ちゃん。

 驚き固まる結花ちゃんの手を,マイクを持つ手で捕まえる。

 身柄は確保。


 「あ,あんた警察なのか……? 」


 明らかに動揺して固まった父親の零した言葉に,首を振るとマスクが揺れる。

 四十代前半だろう風貌にしては,落ち窪んだ暗い目が,凄みある迫力で私を睨んだ。


 「いいえ。ただの公務員です」


 この離婚の原因なんて知らない。私は部外者だ。でも,親だからと言って子どもの幸せを決めてはいけないというのは判る。

 お母さんは教えてくれた。父は実践してくれた。

 幸せは,自分で掴み感じるものだ。親であっても,その手伝いしか出来ない。

 親は手伝う事は出来るだろう。支える事は,見守る事は出来る。でも,干渉してはいけないのだ。

 子どもの,その子個人の人生を犯すことなど,何人たりとも出来ないのだから。

 だから,貴方は大きな間違いをした。

 

 「貴方の人生と,子供達の人生は,同じではないんです」

 「何を言ってる」

 「この子達の選択を奪ってはいけません。それは罪です」

 「あんた一体……」


 自分で選択した人生なら,どんなに苦痛でも耐えられる。

 与えられた苦痛でなく,選び取った苦痛なら,どんな人生だって踏ん張れる。

 高校から実家を飛び出した私も,自分で決断した事だから頑張れた。

 逃げ場所がない環境でも,受け入れて踏ん張れた。

 選択して決断する権利。その最低限な権利すら,親だからという理由をつけて奪うなんて許せない。


 「見てあげて下さい」

 

 でも,この罪に対し制裁を下すのは私ではない。母親でも,結花ちゃんと陸人くんでもない。

 社会の礎となる法によって裁かれるべきだ。だから,私は時間とチャンスをあげる。

 家族で話し合う時間とチャンスを。


 「陸人くんと結花ちゃんのステージ,見てあげて下さい」


 もうすぐ,母親が会場にやってくるだろう。

 警察と一緒に。

 そしてその時に,法によって罪を償えばいい。謝罪をすればいい。話し合えばいい。

 家族の時間を,もてばいい。


 「フジエンジェル! 」


 刻まれる低音と山田の声に押されるように,立ち上がる。

 会場の歓声が背中を押す。 

 花道前の「関係者席」に座る尚吾くん達が,ぽかんと口を開けて見送る。

 やばいな。今の会話聞こえたのかな。

 またスーツの下で嫌な汗が流れるのを感じる。


 「フジエンジェル! 」

 「ありがとうフジエンジェル! 」


 ステージから白地に赤のラインがはいったモモハナジャー レッドとホワイトが駆け下りて来てくれた。

 逞しい手は,そのまま結花ちゃんを促しステージへ押し上げる。

 陸人くんを引っぱり上げ,山田演じるレッドが私の手を掴む。


 「お疲れ様」

 「ごめん」

 

 マスク越しに囁いた小声に,頷くレッドのマスク。

 その向こうに山田を感じる。手袋の奥にある,大きな冷たい手が恋しい。

 

 「こ,これ以上の勝手は許さんぞー! 」

 

 地団駄を踏むアブラムッシーとカマキリ大佐の言葉,ごもっとも。

 すみませんと,思わず頭を下げてしまう。


 「今はフジエンジェルだからリアルに謝ったら駄目だよ」

 

 あ,そうでした。

 フルマスクしてる私は今,フジエンジェルだった。

 マイクを通さずに耳元で注釈してくれた成瀬さん,あなたもやっぱり好い人です。

 会場から漏れる失笑に,軽く「エヘッ」とポーズする。

 普段の私ならしないポーズだって,戦隊ヒーローなら許される。


 「心強い勇者が味方になった今,俺達に恐れるものは何もない! 」

 「今こそあの技を! 」

 「さぁフジエンジェルも! 」

 「えぇ! 」

 「小さな勇者達も一緒に! 会場のみんなも一緒に! 」


 舞台下で,須藤さんが『シーン9から! 』と書きなぐったダンボール紙を激しく揺らしている。 

 客席の右手にある音響ブースで中田さんが手を上げた。

 

 「ぼくもやる! 」

 「よし。じゃあ大きく手を広げて。そう,空一杯にみんなの笑顔を集めるぞ! 」


 山田が素早く右手を振り上げ,ポーズを決める。

 振り下ろされる右手と同時に,クライマックスの音楽がスピーカーから飛び出す。

 低いベース音。盛り上がるメロディー。会場からの大声援。

 それら全てを装飾にして,私達は何度も練習した動きをこなしていく。

 互いの腕の動き,足の動き,上半身の傾けが揃わなければ,滑稽としか言えないポーズを素早く連続して決めていく。

ムシキズムの皆さんも,タイミングよく慌てふためく寸劇を繰り広げる。

 

 「最終合体技! 」

 「合併戦隊・フジモモジャースペシャル! 」

 「スーパー・スマイル・フラーーーーシュ!! 」


 大きく腕を回す。

 緊張と興奮で頬を赤らめた陸人くんも,恥ずかしさで顔を染めた結花ちゃんも遠慮がちに,腕を回す。

 私達がその腕の先をカマキリ大佐達に向けたと同時に,爆発音。舞台下と袖に用意した照明ライトがフラッシュを繰り返す。少し遅れて,奮発して買ったというパーティー用特大クラッカーが上手と下手から発射された。 

 会場に舞い上がる紙テープ。晴れ渡った空に極彩色のテープが舞い,大歓声が辺りを満たしていった。

 




 日差しは,いつの間にか厳しいものになっている。

 今年の夏も暑そうだ。

 土ぼこりをあげるグランドに水を撒く。じょうろから零れ落ちる水滴が,キラキラ光って泥になった。

 児童館は今日も子どもの声で溢れている。

 天気がいいので,男女対抗でドッチボールをするらしい。

 ラインをじょうろで書きながら勧誘を受ける私。いつもの慌しくも平和な日常だ。

 

 「センセーは俺達のチームに入るんだろ?! 」

 「先生,女の子ですよ」

 「20過ぎたらおばさんだろ。もう男でもいいじゃん」

 「……決めた。あんた達速攻で倒す! 」


 乾いたグランドに男の子達の悲鳴が響く。

 まだ20代前半の乙女をおばさん呼ばわりした事,後悔させてやる。

 意気揚々と倉庫からボールを取り出すと,ゴムの表面がペコンとへこんだ。

 どこか穴でも開いたのかな。これ以上,備品の購入申請できるのかな。

 冷や汗をかきながら,空気入れのポンプを取り出す。

 グランドの子ども達は,倉庫前の私の様子を確認すると互いを挑発する口げんかを始めた。

 元気な事だ。


 「センセー,直りそう? 」

 「うーん。空気が抜けただけだと思うんだけどなぁ」

 「早く空気入れて。男の子達を速攻で倒してよ。もうセンセーまだ若いのにおばさん呼ばわりするなんて許せないよねっ」


 軽い足音とともに結花ちゃんがやって来た。

 針を射してポンプを押し出した私の足元で,そっとボールを支えてくれる。

 そのほっそりとした背中を見下ろし,微笑む。

 あれから,少しだけ話を聞けた。

 家族で話し合えた事。父親が養育費を払ってくるようになった事。

 そして小池先生からも連絡があった。

 陸人くんの生活態度が明るくなってきた事。

 最近の結花ちゃんも,よく笑う。

 だから,安心している。

 私はただの児童館の先生で,これ以上深入りは出来ないけれど確信している。

 周りの大人達も含め,きっと好転している。未来を良くしようと,変化している。

 

 「あ,ボール大きくなってきた! 」

 「もう少し入れようか」

 「でもカチカチは嫌だよ。当ると痛いもん」

 「そうだね」


 リズムカルにポンプを動かし,空気を送り出す。ボールは少しずつ膨らんでいく。


 「センセー,ありがとうね」

 「いえいえ。空気はこのぐらいでいいかな」

 「うん。あのね」


 針を引き抜き,ボールの固さを確かめるように両手で挟み込んだ結花ちゃんが立ち上がった。

 ポンプを片付ける私の前に,くるりと回りこんで頭を下げた。

 目の前に,ウサギの髪留めが揺れる。


 「フジモモジャーで助けてくれて,ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 次回 23日 水曜日に更新予定です。


 東北,北関東,長野北部で地震に遭われた方々に祈ります。

 傷ついた心が,休まりますよう。何気ない日常が,少しでも早く取り戻せますよう。この惨状から少しでも好転していきますよう,祈っています。

 

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