表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

 第12話 フジエンジェル登場!

 作中の電話部分を『』。録音済み音声を【】で表しました。

 何か読みにくくなったかな……。

 ドスドスの低音が繰り返し空気を震わせている。

 溢れる声に手拍子。ここはライブ会場なのかと,ツッコミを入れたいぐらいだ。


 「今日電車で来た人ーぉ」


 うおぉお!

 

 「でもって駅から臨時バスに乗ってきた人ぉ」


 うおぉお!


 「もっとエコして自転車で来た人ぉ」

 

 おぉお!


 「さらにエコな歩いてきたヤツー! 」


 小さな声に,どよめきがおきる。

 

 「すごいねぇ。家近くなの? うん。そうか。お家の人にお騒がせしてすみませんって伝えといて下さい」


 大本くん演じる悪の組織ムシキズム幹部カマキリ大佐のアドリブに,会場中が笑い声で包まれる。

 居酒屋で「ういっす」しか言ってなかった姿からは考えられないテンションだ。

 野外ステージの何百人は,ステージ上で繰り広げられる悪役の客いじりに夢中になっている。

 悪役のゴムマスクを被った大本くん達が,マイクを片手に時間を稼ぐ。

 その舞台下の観客席最前列前で,須藤さんが汗だらけになっているのが想像出来る。 

 漫才して客いじりして時間を稼いでいる間に,シナリオを組み立てなおしているはずだ。

 もっとも,さっきまでいた山田と成瀬さんがアドリブによる変更点を書き出してくれたから出来る事だ。

 汗が流れ落ちる。

 嫌な汗。

 タオルで顔を拭いて,ぴっちりタイツスーツを着込む。

 上半身に着込もうと立ち上がって,頭を天井にぶつける。揺れる車内。

 

 「大丈夫ですかぁ? 」

 「だ,大丈夫だから結花ちゃんから目を放さないでね! 陸人くんもいるのね? 」

 「それは大丈夫ですぅ。ちゃんとおねぇさまの言う事守ってますぅ。結花ちゃんがいい子で本部席にいるし,陸人くんはお父さんと席に座ってますよぉ。そんな悪い人に見えないんですけどねぇ。普通の若いお父さんですよぉ。こざっぱりした服着てて,誘拐なんですかねぇ。おねぇさま? 」


 おねぇさま……。

 車外の西脇くんの言葉に,思わずスーツを着込む手が止まりかける。

 この子,段々壊れてるような気がするけど。まぁいいや。

 会場後方に駐車した市役所のバンでこっそり着替える私も,世間感覚が壊れてきてるし。

 狭い車内で一人で苦笑いして,後付の超ミニスカートを装着。うわあ,変態丈じゃん。

 頭を抱えて座り込む私の耳に,先日録音した台詞が聞こえる。すでに芝居は始まったらしい。


 「山田さんと成瀬さん,着替え終わってスタンバイ入りましたぁ。おねぇさま,あとどれだけですかぁ」

 「あ,あと後のファスナーと手袋とマスク……なんだけどっ」


 背中のファスナーが上がらない~!

 ヒーローの変身って光とともに出来るのが通説だけど,現実はこうなんだな。

 精一杯伸ばした手がっ,背筋の筋肉がっ,つりそう!


 「お,おねぇさま! 僕がファスナーを上げますっ」

 「絶っ対に嫌! 」


 西脇くんの心なしか興奮した声に,慌ててドアをロックする。

 

 「遠慮しないでくださいねぇ。あと3分ですぅ」

 「りょ,了解! 」


 意地でファスナーを上げて,手袋とマスクを装着。なんかロックの掛け方が上手くいかない。取り合えず音がして締まったから大丈夫だろう。

 ルームミラーに,品の良い薄紫のフルマスクをした人物が映っている。羽根を模した曲線の中に旧藤里町の市章が燦然と額に刻まれている,立派なローカルヒーロー。

 あぁ,自分だとは思いたくないんだけどな。

 鏡の中のヒーローが俯いて肩を落としている。

 

 「ファスナー出来ましたかぁ」

 「舞台はどう? 」

 「ちょうど山田さんと成瀬さんが登場するところですよ。あ,須藤さん。遊佐さん着替え終わりましたぁ。スタンバイOKですぅ」


 携帯片手に連絡を取る西脇くんの影に隠れながら,細く開けたドアの隙間から外の気配を伺う。

 野外ステージの最後部のここは芝生広場になっていて,ベンチがないのにも関わらず人垣があるようだ。

 この会場に,一体どれだけの人がいるのだろう。

 着込んだヒーロースーツの内側に,変な汗がまた流れる。


 【「「そこまでだ! ムシキズム! 」」】


 力強いギターの音がかき鳴らされる。ロックなビートが会場に流れ,観客の大声援が湧き上がる。


 【「市長の決済は下りた! 」】

 【「今こそ桃花町を守る為に立ち上がる! 」】


 人垣の向こうの舞台に飛び出す人影。

 二人の腕と上半身が複雑な動きでかみ合う。そして伸びた指先が宙を指す。


 【「「町民戦隊! モモハナジャー! 」」】


 あぁ,何て馬鹿なんだろう。

 何て,かっこいいんだろう。

 会場を埋める子供達は声援を送り,上気した頬を隠さず,真っ直ぐに憧れの眼差しを山田と成瀬さんに送る。

 山田は,この中から一人でもいいから故郷に関心を持って欲しいと言っていた。

 きっと,その思いは届く。届いてると思うよ。

 無給で,労災も出ない,こんな馬鹿馬鹿しい事を一生懸命に取り組む私達の事は無駄にはならない。

 そう,きっと無駄にならない。

 ヒーローの登場で盛り上がる会場を見て確信する。

 思わずフルマスクの下で潤んでしまって,視線を外してしまう。

 フルマスクしてるから,私がちょっと涙ぐんだ事なんかバレないのに。

 一人で心の中でツッコミをしながら,一組の人影を見つける。


 「あれ……ちょっと。このタイミングで帰る人がいる」

 「本当ですねぇ。おねぇさまの登場を見ていかないなんて,三千万年後悔しますよぉ」


 それは言いすぎ。

 と,思いながらも,緊張が高まってツッコミの声を入れる余裕がなくなってきたのを自覚する。

 さっき,無理矢理に話を変更してもらった事で頭の中がいっぱいだ。

 ピンチになったモモハナジャーを助け,殺陣シーンを練習のロングバージョンに変え,必殺技の後に自己紹介の即興シーンを入れる。録音したセリフの合間に,即興のアドリブも入れていく。

 こうやって長く芝居にひきつけておく間に,警察が間に合えば良し。最終手段は握手会で強引に陸人くんを留めるしかない。 

 やるしかない。けど。

 フルマスクで視界が黒く霞み,遠くが見えずらい。細く開けたドアの隙間から西脇くんの声が聞こえた。


 「ぅえ? あ,ヤバイですぅ。あの人達,陸人くん達じゃないですかぁ? 」

 「何ぃ?! 」


 ようやっとモモハナジャーが出てきたところで,何故に帰るのよ!

 西脇くんが指差す方向に目をこらせば,大人と子どもの影が最高潮に盛り上がる会場の中を立ち上がり歩いていくのが見える。

 何で今帰ろうとするかなっ。


 「お,おねぇさま! 結花ちゃんが! 」


 本部席から飛び出す小さな人影。結花ちゃんまで出てきてしまう。

 やばい。陸人くんが帰ってしまうから,思わず自分で連れ帰ろうとしているんだろう。

 でも,結花ちゃんも連れて行かれてしまう!

 

 「ちょっと携帯貸して! 」


 西脇くんの手から携帯を奪い取る。

 液晶画面に提示された通話中の文字を確認し同時に宣言する。


 「須藤さん! 陸人くん達帰っちゃう! 確保して! 」

 「『無茶言わないでくれよっ。こっちが誘拐犯になったちゃうだろ! 』」


 冷静な指摘に,フルマスクの中で唇をかむ。

 じゃあ,このまま見過ごすのか?

 ここまで出来る訳ない。

 腹の中で何かが固まる。湧き上がる。

 それは怒りにも似た何か。


 「脚本変えます」

 「『遊佐さん! 』」

 「ごめん須藤さん。私の登場早めます。アドリブで行きますから」

 「『駄目だよっ。この後にレッドとホワイトの台詞があって,フジエンジェルのコールを入れてやらないともっと話が無茶苦茶になる! 遊佐さん! 』」


 泣きそうな須藤さんの叫びを,通話ボタンを押してぶち切る。

 ごめんね。


 「西脇くん,中田さんとこ行ってマイク確保」

 「は……はい! おねぇさま! 」

 

 突っ走っていく西脇くんの背中を,祈るように見送る。

 上手くいけ。間に合え。頑張れ私。ここで踏ん張らなきゃ,絶対に後悔する!

 やりにくい手袋で,中田さんのボタンを押す。

 いつもヘッドホンしてるし,この会場の大音響の中で気づくかな。

 そんな不安を2コールで吹き消した。


 「『遊佐さん,無茶しすぎ』」

 「ごめんなさい。でも脚本通りのタイミングじゃ間に合わないからっ」

 「『今,西脇くんにマイク渡したから……あ! 女の子,手ぇ捕まえられた! 』」

 

 携帯の向こうの言葉に,思わずドアを開け放つ。

 役場の車から突然現われた全身タイツ&フルマスクに周りにいた人垣がたじろぎ,どよめきが起こるのも構わずに車のフロント部分に飛び乗る。

 フルマスクの向こうで,会場を去ろうと歩く人影が三つになった。

 結花ちゃん!


 「今から出るから音出して! 」

 

 ステージで繰り広げられる,悪役との格闘場面。

 大本くん演じるカマキリ大佐が大見得を切り笑い出す。


 【「ふあっはっはっ。今日の我らムシキズムは一味も二味も違うのだぁ!」】

 「『遊佐さん,いくよ! 』」


 携帯から中田さんの叫び声が伝わると同時に,その台詞の後に続く音声が切られる。

 突然の事に動きが止まる山田達。何事かと,期待が混ざった観衆のざわめき。

 フロントガラスを駆け上り,市役所のバンの上に上る私。

 人垣の向こうから駆けてくる西脇くんが,マイクを宙に投げる。

 時間が鈍化した空間を,四つ打ちの低音が刻みこみ始める。


 「そこまでよ!! 」


 投げ渡されたマイクを掴み取り,「きゅいいぃいん」な共鳴音と同時に叫ぶ。

 車の上から見下ろす観客が一斉に振り返る。

 そう。体育館一杯ぐらいの人の視線を一身に浴びる。

 背筋に稲妻が走った。

 

 「これ以上桃花町の人々の笑顔を失わせる事はさせないわ! 」


 とっさに機転をきかせた須藤さんが,本部席からマイクを掴んで舞台へ走りこむ。

 全速力で走る熊のような背中を,心強く見下ろしながら叫ぶ。

 突然変わった会場の雰囲気に,陸人くんが立ち止る。結花ちゃんが陸人くんの手を掴んでいる。

 そのまま待っていて。そこで待っていてね。


 「……アドリブ? そんな無茶な…な,何ヤツだっ」


 舞台でマイクを受け取った大本くんが,ぼやきながらカマキリ大佐としての台詞を響かせる。

 大本くんの瞬間的アドリブ能力を,信頼するよ。だから,私に結花ちゃん達を助けさせて。


 「子どもの笑顔を守る為,藤里町の笑顔を守る為」


 マイク片手にポーズをつけようとして,左手で携帯を持ったままな事に気づく。

 車の下に来た西脇くんに携帯を投げ落としながら,腕で大きく円を描く。


 「風に揺れる一房の藤から生まれた希望! 」


 大きく羽ばたくように両手を交差して片手で空を指差す。

 腰に当てる手でマイクを持って,モデル立ちをして宣言する。


 「私の名はフジエンジェル! 」


 もう,もう戻れないよ私。 

 

 


 

 


 



 

 


 

 



 

 次回 16日 水曜日に更新予定です。

 

 『見下ろすループは青』のストック,只今三話分目を描いてます。今週中には4話分目に取り掛かれそう。また活動報告で書いておきます。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ