第11話 予定は未定?
「迷子のお知らせをします。藤里南小学校の香坂結花ちゃん。香坂結花ちゃん。イベント本部席まで来てください。繰り返します。迷子の……」
青い空の下で流れるアナウンスを,奥歯をかみ締めながら聞き流す。
晴れ渡る青空に,上昇する気温。プール開きには最高の日和。時間と共に,人は多くなっていく。
プール目当ての小学生や家族連れ。イベント目当てのカメラ小僧まで。
「こんだけ人が多いと,探せないな」
「警察には通報してあるの? 」
「えぇ。とりあえず,結花ちゃんは探してくれるそうです。でも……」
人手が足りない。
相手は大人だ。子どもを強引に車に乗せる事も出来る。そうなれば,こちらは手が打てない。
せめて,国道に検問でも張ってくれればいいんだけど。結花ちゃんは攫われたかどうかも確かな話ではない今,それは望めないだろう。
攫った相手は父親だし。
奥歯をかみ締めて,前方の人垣を睨む。
いったい何処にいるんだろう。
クラブ並みに鳴り響く音が耳障りだ。何でヒーローイベントにエレクトロ系の音楽流してんのよ。
「山田さん,予定はどうする? 出来る? 」
本部席端の音響ブースに立ち尽くした私達に,中田さんが冷静な声をかける。
ヘッドホンを首にかけ,神経質そうにマックのパソコン画面をなぞりながら山田と私に視線を投げかけた。
控え室で電話をもらって飛び出した私達は,市民プール周辺を走り回った。
けど,増える人の波にもまれるだけで判らなかった。
迷子のアナウンスをしてみたものの,何も変わらない。
「あと30分か」
「中止なら早く決定しないと。遅らせますか? 」
「そういう訳にもいかないだろ。市長,来るんだろ」
「あのクソじじぃ……」
山田の口から恐ろしい単語が零れたけど,そ,それはスルーしていいんだよね。
慌てて周りの顔を見ると,目が泳いでる。あ,やっぱマズイんだ。聞かなかった事にしておこう。
「遊佐さん。気になると思うけど,ここはとりあえず舞台をやろう。客も集まってるし,ここで中止はもちろん延長も出来ない」
「判るよ。判るけどっ」
「中田さん,もう一回BGM切って。迷子案内をもう一回入れてもらおう。遊佐ちゃんも,それでいいね」
成瀬さんの言葉に,唇をかみ締める。手の中の携帯電話を握り締める。
何も出来ない。何も出来ずに,結花ちゃん達が消えていくのを感じるしかないの?
私,何も出来ないの?
「じゃあ,もう一回迷子案内かけます」
「遊佐センセー!! 」
唐突な呼び声に,顔を上げる。
「遊佐センセー!! 」
聞きたかった声に,走り出す。人波の向こうに,見知った小さな顔が見え隠れしている。
「結花ちゃん!! 」
「遊佐センセー!! 」
手を伸ばし,細い手首を掴み,かき寄せ,肩を抱きしめる。
よかった。よかった。頬に触れる柔らかい髪の感触に,一気に安心する。
よかった。
「センセー,陸人がっ」
「聞いてる。よかった。とりあえずお母さんに連絡しようね」
涙で濡れた結花ちゃんの頬を指で拭い,握り締めてた携帯を渡した。
山田や成瀬さん,須藤さんも中田さんも,不安げな顔が綻んだ。よかった。これでとりあえず,舞台が出来る。
そう安堵した途端だった。
「あ~! 結花見つけた~。さっき迷子案内かかってたぞ~……っ。げ! 遊佐センセー」
「尚吾くん達……保護者は? 」
暢気に歩いてきた尚吾くん達が,私の顔を見て回れ右をしだす。周りに大人の気配はなし。
さては子どもだけで来たな。
「校区外だから保護者同伴って言ったでしょう? どういう事なのっ」
「えーーーっ。結花が迷子になったみたいだから,弟のいた場所に連れてってあげようと思ってたのに~」
首根っこを捕まえた途端の言葉に,思わず手がゆるむ。
すかさず逃げ出そうとする尚吾くんに,結花ちゃんが掴みかかる。
「陸人いるの?! 」
「お,おぅ。あれ,そうなんだろ? 」
あまりの勢いにたじろぐ尚吾くんが,同伴の友達を振り返る。
時々児童館に遊びに来る,見知った顔だ。
「うん。見たことあるもん。何だっけ……りくと,だっけ? 」
「やっぱりココに来てたんだ! どこで見たの?! 」
「う,うん。妹と保育園一緒だからさ。さっき南駐車場前で見たよ。お父さんかな。手ぇ繋いで歩いてたけど」
その言葉に昨日結花ちゃんが言ってた事を思い出す。
弟の陸人が市民プールの戦隊イベントに来たがっているという事を。だから,結花ちゃんはここへ探しに一人で飛び出したのだろう。点と点が線となって繋がる。
そして,結花ちゃんと顔を見合わせて立ち尽くす。
どうする私。
「ちょっと。あと30分なんだけど」
中田さんの冷静な声に,立ち尽くす。
どうする私。今すぐ走っていきたい。陸人くんを保護したい。でも,舞台の時間も迫っている。
30分は,着替えて最終打ち合わせでぎりぎりの時間だろう。
「遊佐センセー! 」
私の手を握り締める結花ちゃんの小さな手。涙を零す瞳。
駄目だ。このまま情に流されたら駄目だ。
でも,このまま見過ごせない。見過ごせるはずない。どうしよう。どうにかしなきゃ!
「そういやあ,どうして遊佐センセーがここにいるの? 」
突拍子もない尚吾くんの言葉で,雷が落ちた。
……そうだ。何で私はここにいるのだろう。ここにいるからこそ,私達だから出来る手段があるじゃないか。
頭に浮かんだとんでもない計画を,閃いた奇天烈な提案を,実行しない手はないじゃないか。
「須藤さん……台本,今から変更しましょう」
「はぁああ?! 」
音程を外した絶叫を,私は聞き流す。
「結花ちゃん。陸人くんは絶対保護するから大丈夫。まずお母さんに連絡してね。中田さん。音響担当って事は録音したの,このパソコンに入れてあるのよね」
「そ,そうだけど」
「じゃあ,せりふをぶつ切りにして編集も出来るんでしょ」
「そりゃまぁ……今からするの?! 」
「必要なタイミングで停止させて」
「えぇえ?! 無茶苦茶言わないでくれよっ」
金髪をかき乱しながらも,パソコン画面とにらみ合ってくれる中田さん。あなた好い人です。
呆気にとられる顔を前に,指示を飛ばす。
「尚吾くん達。ここに子どもだけで来たことは見逃してあげるから,ちょっと言う事聞きなさい。」
「ちょっと遊佐さん」
「陸人くんとお父さんにね,戦隊イベントの席が取れたからって誘い出してらっしゃい」
「えぇえ?! 」
「須藤さん,今から席作って」
「そんな無茶な」
「2つぐらい何とかなるでしょ。関係者席とか紙で貼っといて」
「ずるい! ちゃんと誘ってくるから俺達の分も欲しいなぁ」
「絶対に連れて来るのよ。じゃあ3名追加で」
「焼肉屋じゃないっつーの」
文句を言いながら,隣の本部席から紙を貰い油性マジックペンを鳴らしながら『関係者席』と書いていく須藤さん。あなたも好い人です。
「遊佐さん,何するの」
「このまま陸人くんを保護したいけど,下手に大人や警察が出たら逃げられちゃう。こーいう時こそ活用しなきゃ」
「何を活用するのさ」
「あ,まさか! 」
山田の左手が,ないはずの眼鏡を触ろうと宙を彷徨い,笑った。
困った苦笑いではなく,まるで悪戯っ子のように。これからとっておきの悪戯を仕掛ける子どものように。
「そう。まさかよ。なぁんだ。山田もその気じゃないの」
「思いつく遊佐さんには敵わないな」
「何だよ。おい,山田も遊佐さんも何するつもりなんだよ」
「ちょっとしたアトラクションを付け加えるだけだよ」
そう笑う山田の笑顔,好きだな。大好きだな。
そう。私達はヒーローなんだから。
「結花ちゃん,大丈夫。センセー達に任せなさい」
ベタベタですみません…。
次回は 3月9日水曜日 更新予定です。
休載中の『見下ろすループは青』を描き始めました。ストックを只今製作中です。
状況は活動報告で書いておきます。




