第1話 新メンバー勧誘!
「遊佐ってさ,藤桃市にない苗字だよね」
「実家,遠いんですよぉ」
おい眼鏡,人のプライベートに侵入する気か。
手の中の日本酒を一口煽ってから,微笑んでやる。喉元を熱いほどの辛味が通り抜けてから,僅かに木の香りが残る。うん,お酒は美味しい。
ほんの少し,合コンに来たのを後悔しかけたけど適当にこいつらをあしらい,しっかり食べて元をとってやる。
目の前の三人組に笑顔を向けて,メニューを手に取る。
「私,おなか空いてて。小池先生もなんか頼みます? 」
「ここでそんなに食い気だすかなぁ」
さすが小池先生。この場で最年長だけある合コン慣れのコメント。それでも視線は開けたメニューの字を追っていた。
「ごめんなさいね。日中小さい子と外にいるから」
「気にしないでよ。デスクワークの俺たちとは,体の使い方がちがうよね。保母さんって,大変な仕事だなぁ」
「違うだろ。今は保育士さんやん。成瀬,お前が合コン決めたんだろ」
「ゴメン。仕事の後で疲れてるかな。しっかり食べちゃっていいからさ」
「食べた皿,おれの前に置いちゃっていいからさ。恥ずかしくないっしょ」
にこやかに会話をするのは,さっきから私の右側の二人だけだ。
目の前に座る,私の苗字に食いついた眼鏡くんだけは,黙ってチビチビとハイボールを舐めている。
「おい,山田もなんか喋れよ。もう……ゴメンね,遊佐さん」
「いえ,まぁ」
さっきの苗字の食いつきの事だろう。
真ん中に座る成瀬さんは,にこやかにフォローをした。
青いカラーシャツも爽やかに着こなしてる。グラスを持つ時にチラリと見えた腕時計も,ネクタイピンも,シンプルで落ち着いている。男性のブランドはよく判らないけど,そう評価できる。
やっぱり,広報課で仕事しているからだろうか。人前に出る機会が多い人は,ファッションに敏感になる言うし。
相方のようにツッコミを入れている須藤さんは,ふっくらとした体がハチミツ好きな黄色いクマさんを連想させる。総務課に勤務って言ったかな。うん。この人なら無理を言われても「しょうがないか」で万事回りそうだ。
が,目の前の眼鏡の山田さんだけは,異質だ。
さっきの自己紹介では,情報課とか。役所関係のネットワークとかの管理とかの,いわゆる技術屋さん。そんな課があることも知らなかった。
大体,私達若い保育士は,地方公務員といっても役場と縁がない。
毎日接するのは,保育園に来る子ども達と保護者。たまに出入りする業者さんや役場の人は,主任がさばく。
けど私達は知っている。役場や消防署の若い男性が,保育士に合コンを希望している事を!
やっぱり,良妻賢母になりそうなイメージがあるんだろう。
もちろん保育士側もその辺りは把握していて,先輩達から受け継がれた合コンの縁を有効に活用している。
今年二十八の小池先生は,熱心にその縁を使っている。今日も,人数が足りないと言って電話で徴集された私だ。それにしては,男性三人に対して女性は二人。なんだか妙だ。その事を小池先生は気にしていない。もちろん,成瀬さん側も。
やっぱり,変だ。
「で,酔いが回る前に決定しようか。須藤は実際に本人目にしてどう? やれそうかな」
「いいんじゃない? 声もいいし,体型も理想だけど唐突だな」
「時間ないんだよ。それで,どう? 書けそう? 」
「まかせろ」
「じゃあ,決まりって事かな」
物騒な会話が始まる。
そして何かが決った様子で。
何故か身の危険を感じる。本能が警告を発している。
突然,山田がグラスを押しのけ雰囲気が一変する。
弛みきった飲み屋の酒気が消え去り,思わず横の小池先生を見るとペコリと頭を下げていた。
「ゴメン,遊佐先生! 」
「は? 」
私,きっと間抜けな顔していただろう。
山田以外の三人が,いきなり頭を下げた。
「藤里町の為に,その,犠牲になってくれない? 」
何の事ですか。
「藤里南児童館勤務で,高校時代に新体操団体戦で県代表」
心臓が縮んだ。体中の血が氷点下まで下がった。
山田が諳んじる私の過去。なんで,そんな事知っているのか。
眼鏡の奥の視線がさらに冷たくなって,小池先生を射抜く。
「小池さん。ありがとう。これ,例のメルアド。来週中には,コンパ組むから」
「ごめん! その,そういう訳で……ごめんね,遊佐先生。このお詫びは必ずするから」
お詫びはするといいながら,差し出されたメモ用紙を握った小池先生は立ち上がっている。山田の視線に耐えれないのか,私が反論するのを恐れるからか,慌ただしく財布から抜き出した数枚の紙幣を置いて小走りで店を出て行った。
金曜の居酒屋の喧騒が,急に遠く感じる。よそよそしく聞こえる。
目の前の男三人組は,市役所の三人と聞いていた。ただの,合コンだった。全てが嘘だったのなら,この人達は私になんの用事だろう。
脅迫,誘拐,ワイセツ罪。いかがわしい事柄が脳裏を駆け巡る。
「山田,唐突すぎ。遊佐さん,警戒してるじゃん。大丈夫だよ。詐欺とか犯罪まがいの事じゃないからさ」
「詐欺とやること変わんないだろ。善い人ぶるのは,もっとタチが悪い」
「そりゃそうだわ」
「須藤まで……まぁ,そうだけどさ」
「あ,ああ,あの! 」
さっきの名刺をバッグから取り出して,テーブルに並べた。
夢なら早く覚めてしまえ。
「これ,偽物なんですかっ」
「いや。これは本物。疑うなら電話してみていいよ。ちゃんと役場に繋がる。不安なら問い合わせてみても構わない」
「……」
山田がさらりと受け流す。その変らぬ無遠慮な態度のデカさに,信じていいような感覚が湧き上がる。
何でこいつの言葉に安心するんだ。心の端の私の理性が突っ込みを入れるのを聴きながら,改めて三人を見つめた。
態度悪い眼鏡と,黄色いクマさんと,爽やか青年。この三人の共通項って,何よ。
「桃花町と藤里町って,三月末に合併した訳なんだけど」
「知ってます」
詐欺とどう関係あるのよ。
一応,公務員。突然の脈略ないトコからの話に戸惑いながら,成瀬さんの言葉に浮きかけたお尻を椅子に戻す。
桃花町と藤里町。私鉄の線路を挟んで東西にあった二つの町。河の向こうは政令指定都市があるベットタウンだ。ただ,若干に私大や高速道路のインターがある桃花町の方が企業が多い故に経済状態はいい。昨今の合併ブームで,大きな財源がない藤里町が泣きついて合併したのだ。
まぁ,どこにでもある話。出身が隣県の私には,関係ない話だ。合併しても給料は変らなかった訳だし。
「町民戦隊モモハナジャー」
居酒屋の安テーブルの上に一枚のカラープリントされた紙が置かれた。
グラスの汗の水滴で,ジワリと滲む桃色の全身タイツにフルマスクのご当地ヒーロー。
昨今流行の,素人が地元PRで作った戦隊ヒーロー。日本で育った人なら,判るであろう。悪を倒し正義を貫く主人公が,何故か全身ぴっちりタイツに変身する特撮作品の模倣だ。
「遊佐さん,保育士だから知ってるかな」
「知ってるもなにも。昨年度まで勤めてた保育園児のヒーローですよ」
一番桃花町との合併を喜んだのは,子どもだったと思う。
モモハナジャーは,近隣の市町村で有名だ。本格的な衣装と脚本と殺陣で,大人の目も耐えれる程の本格ローカルヒーロー。そのモモハナジャーの町と同じになれるのだから,子ども達は「ウチの保育園にも来てくれるかな! 」と大騒ぎだった。
特に戦隊ものが好きな男の子の興奮は,収拾困難なほどだった。
「合併したからモモハナジャーは無くなったんだ」
「あぁ……そうなんですか」
年少クラスのまさしクン,泣くだろうな。
遊戯室の小さな舞台で日々見えない敵と戦っていた小さな勇姿を,ふと思い出した。
「で,先日に市長から直々に命令があって」
「はぁ」
「藤里町の公務員から一人,メンバーを集めて欲しいって」
「で,新しく次のシリーズ考えろって」
「合併戦隊フジモモジャー」
「はぁ」
安易なネーミングだなぁ。
そう思いながら,滲んだモモハナジャーを見つめる。
鋭さを出す赤色のラインをサイドに入れたモモ色の全身タイツと,白色の全身タイツ。中肉中背。まぁ,フルマスクで顔をわからないけど,体つきやキメポーズの切れのよさからして,若い男性なのは間違いない。よくやるよ。
そう,感想が浮かんだ途端だった。
一つの考えが稲妻のように私を貫く。
まさか。いや,まさかそんなハズない!
それは,きっと瞬きほどの時間だと思う。
その間に脳内を駆け巡った恐ろしい考えを押し込めつつ,紙から三人組へと視線を移す。
山田の眼鏡が,まっすぐに私を見つめていた。
「これ,俺と山田な訳」
「オレは脚本な」
こんな時でも明るい須藤さんの声が腹立だしい。
「遊佐さん。藤里町側からの新しいメンバーで,入ってくれる? 」
居酒屋の喧騒が,さらに遠のいた。全身の血が地球の核にまで落ちていく。
「給料前の今日の飲み代,こっちが持つからさ」
非情なヒーロー達が,微笑んだ。
次回 12月30日 水曜日に更新予定です。
念の為に。
作中の藤里町と桃花町のモデルはありますが,架空の話です。
名前が同じでも,まったく関係がありません。
あと,作品を描く為に,ご当地ヒーローのサイトを覗きました。参考にした団体は幾つかありますが,特定の団体を模したものではありません。
この話は架空の話である事を,ここに強調します。
初挑戦のラブコメ。
見苦しい点もあるかと思いますが,よろしくお願いします。
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