7 焦るエマオ
使用人がいなくなったイランデス邸内は静まり返っていた。
今までならば、朝食の時間になると、メイドたちの行き交う足音が廊下から忙しなく聞こえてきた。それなのに、今日は外で気持ちよさそうに鳴いている鳥の声以外は、自分たちが動いた時の物音しかしない。
落ち着かない気持ちで、エマオはフラワと共にダイニングルームで朝食をとっていた。
「本当に静かですね」
「そうだな」
相変わらず呑気にしているフラワに、エマオはどこか投げやりな口調で答えた。
食事時のダイニングルームには、いつもならばメイドが壁際に立っていた。
しかし、今日は誰ひとりいない。
料理を運んでくるのは、コックコートを着た人ばかりで、料理人の顔を知らないエマオにとっては、皆、怪しい人物に見えた。毒見役もいないため、警戒心もなく、ぱくぱくと食べ進めるフラワの様子を確認しながら、エマオは食事を進めている。
カチャカチャという金属音と咀嚼音が室内に響いて落ち着かない。
(リミアリアの奴、なんて女だ。男だけでなく女の使用人まで自分の味方につけやがって! やっぱり、許してやるべきじゃなかった!)
使用人の心が離れたのは、エマオの暴力が原因なのだが、そんな考えは一切ない。
彼の中では、使用人は奴隷のようなもので、彼女たちを雇うことができる自分たちがいるからこそ生きていられるのだと考えていた。
食後の紅茶を飲んでいると、執事が一通の封筒を持ってやってきた。
「アドルファス殿下からお手紙が届きました」
「アドルファス殿下から!?」
エマオは勢いよく立ち上がり、自ら執事に近づいて、手紙を手に取った。真っ白な封筒には、王家の紋章の封蝋が押されている。
(アドルファス殿下から手紙が届くなんて! きっと、戦地での活躍が認められたんだな! 褒賞はなんだろうか)
胸を躍らせ、執事から渡されたペーパーナイフで封を切る。
「何が書いてあるんです?」
フラワが駆け寄って背伸びをしてきたので、身を屈めてふたりで手紙を読むことにした。
満面の笑みで手紙を読み始めたふたりだったが、読み進めていくうちに笑みは消え去り、焦った顔に変わっていく。
「リミアリアがアドルファス殿下と旧友だって!? おい、フラワ! これは一体どういうことだ!?」
「どういうことだと言われても困ります。大体、旧友っていっても、課外授業で一緒だっただけです!」
驚いて目をぱちぱちと瞬かせるフラワに、エマオは何とか心を落ち着かせて尋ねた。
「課外授業だと?」
「はい。何年か一緒の部活だったと思いますけど、本当に活動していたかわからないです。だから、少し懐かしく思っているだけではないですか?」
「懐かしく思っているだけだと言うのか?」
「はい。心配しなくても大丈夫ですよ。私がお相手いたしますから」
(そういう問題じゃないんだよ!)
呑気に笑うフラワの頬を殴りたい衝動にかられたが、歯を食いしばってグッとこらえた。
「リミアリアは実家に帰ったんだよな?」
「いいえ」
フラワはきっぱりと否定した。
「じゃあ、どこへ行ったんだ?」
「わかりません」
(さっきから、へらへらと呑気に答えやがって!)
エマオは、笑顔で答えるフラワを睨みながら聞き方を変える。
「どうして実家に帰っていないんだ?」
「リミアリアは両親と仲が良くないんです。離婚後に家に帰っても入れてもらえないと思います」
「くそ!」
エマオは近くにあった壁を思い切り叩いた。
(アドルファス殿下が俺のことを気にしてくれていると思っていたが、リミアリアと知り合いだったからなのか!)
大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、エマオはフラワに話しかける。
「アドルファス殿下に離婚のことは素直に話すつもりだ。だが、リミアリアが行方不明だと答えるわけにはいかない。フラワ、リミアリアが行きそうな場所はわからないか?」
「私はリミアリアに嫌われていましたし、彼女がどう行動するかわからないんです。ただ、普通なら宿屋にいるんじゃないですか?」
誰でも考えつきそうなことを言うフラワに、ついにエマオも我慢ができなくなった。
「リミアリアがいなかったら困るんだ! お前は姉なんだから妹がどこに行くかくらい見当がつくだろう! 探しに行け!」
そう叫ぶと、エマオはフラワをダイニングルームから追い出した。そして、呆れた顔で様子を見守っていた執事にも、リミアリアを探すように指示を出す。
「今すぐにリミアリアを見つけ出せ!」
「承知いたしました」
執事は恭しく一礼をして廊下に出た。すると、フラワが彼に近づいて訴える。
「こんなにか弱い私がどうやってリミアリアを探せるというの? あなたが代わりに探してくれない?」
「私も探すよう命じられましたので、フラワ様もどうぞご自分で心当たりのある場所をお探しください」
「だから、わからないって言っているじゃないの!」
フラワは廊下でしばらくぶつぶつ文句を言っていたが、執事を説得することは諦めて、その場を去っていった。




