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【書籍化決定】捨てたものに用なんてないでしょう?  作者: 風見ゆうみ


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5  エマオの誤算

「つかむぞ」

「えっ⁉」


 リミアリアが返答するよりも先に、アドルファスは彼女の腕をつかみ、御者台に引き上げた。その様子を見たフラワがくすくすと笑う。


「やだ、リミアリアったら、平民に養ってもらうつもりなの? しかも、顔を隠しているってことは、よっぽど不細工なのね。可哀想! ああ、ごめんなさい。こんなことを言っては駄目ね。そうよ。顔が全てじゃないわよね!」


「どうせ、(ろく)な男じゃない。クズ同士でお似合いだ」


 顔を隠す理由がひとつしかないと思っているふたりを、リミアリアは憐れみの目で見つめた。


(人の顔の好みなんてそれぞれだし、好みじゃないからといって笑っていいものではない。それにしても、自分たちが暴言を吐いた相手がアドルファス様だと知ったら、ふたりはどうするのかしら)


 近いうちに訪れるであろう未来を想像して、リミアリアは微笑んだ。そして、心配そうに自分を見つめている使用人たちの視線に気がついて挨拶をする。


「みんな、今まで本当にありがとう。またね!」


 リミアリアが満面の笑みを浮かべて手を振ると、使用人たちから拍手が起こった。

 この時、フラワとエマオは、この拍手をリミアリアがいなくなることに喜んでいるのだと勘違いした。

 フラワたちが、この拍手の本当の意味を知ることになるのは、次の日の朝のことだった。


******


 リミアリアを乗せた馬車が見えなくなると、使用人たちは邸内に戻り、普段の業務を再開していく。

 リミアリアを追い出せてご満悦のフラワも邸内に戻ろうとして足を止めた。隣にいるエマオが難しい顔で立ち尽くしていたからだ。

 そんな彼にフラワが話しかける。


「エマオ様、どうかなさいましたか?」

「いや、さっきの御者がどうしても気になってな」


 戦場にいることに慣れているエマオは、人の強さと弱さを見分ける自信がある。

 自分は強い。一対一で自分に勝てる人間など多くはいない。そう自負しているエマオだが、一般人であるはずの御者に恐怖を覚えていた。どうしてそんな感覚になったのかわからず、エマオは悩んでいた。


(知っている誰かのような気がするが、相手が誰だか思い出せん)


「ただの御者ですよ。しかも、リミアリアの愛人か何かでしょう? 碌な人間ではないに決まっています。エマオ様が気にしなければならないような相手ではないと思います」

「……そうだな」

「さあ、エマオ様! 中に入ってお祝いしましょう」

「そうだな。離婚と再婚のお祝いだ」


 気を取り直して笑みを浮かべたエマオは、フラワの肩を抱こうとした。すると、フラワはさりげなくエマオの手から逃れ、くるりと一回転して彼に微笑む。


「再婚したいのは山々ですが、世間体を考えるとまだ早すぎます。今日は離婚のお祝いだけにしましょう?」

「あ、ああ」


 戦地からイランデス邸に来るまでのフラワは、エマオと結婚したいと言い続けていた。

 それなのに、今は早すぎると言う。

 フラワが急に意見を変えたことは、胸に引っかかるものがあった。

 だが、そう大した問題ではないと自分に言い聞かせ、エマオはフラワと共に邸内に入った。

 その日の夜は、エマオが帰ってくるということで、豪華な料理が用意されていた。

 ダイニングルームの長テーブルにずらりと並べられた料理を見て、フラワはとても喜んだ。

 焼きたてのパンに肉料理。数種類のサラダにスープ。ケーキやフルーツなどのデザートもある。

 戦地では焼きたてのパンなど食べることができなかった。エマオは久しぶりに柔らかなパンを口にできて、とても満足だった。

 フラワが嬉しそうに、エマオに話しかける。


「みんな、エマオ様とリミアリアの離婚を喜んでいるんですね。リミアリアは本当に嫌われていたんだわ」

「本当だな。これからは家のことは君に任せる。リミアリアに味方するような使用人たちだ。奴らにも厳しくすればいい」

「ありがとうございます!」


 エマオの腕にしがみついた彼女を、自由な左手で撫でながら、エマオは幸せを感じていた。


(しばらくの間は、戦争も起きないだろう。フラワと愛し合い、子供を作るのもいいな。それから、敬愛するアドルファス殿下に妻を紹介したいと連絡を取ってみようか)


 エマオはアドルファスとリミアリアの関係性を全く知らなかった。だから、前の妻は最悪で、今の妻は最高だと伝えるつもりでいた。

 浮かれているエマオたちは、自分たちの話を聞いていたメイドやフットマンたちが、冷ややかな目で自分たちを見ている視線に気づくことはなかった。


 次の日の朝、フラワと共に朝を迎えたエマオは、新鮮な水を持ってきてもらおうと呼び鈴を鳴らした。

 今までなら、すぐにメイドが部屋をノックしたものだが、一分以上待っても来ない。いら立ったエマオがもう一度呼び鈴を鳴らすと、メイド長がやってきた。


「お待たせして申し訳ございません。何かご用でしょうか」


 頭を下げるメイド長を、エマオは怒鳴りつける。


「来るのが遅い! 他のメイドは何をやってるんだ!?」

「んー? どうしたんですかぁ?」


 エマオの怒鳴り声で目を覚ましたフラワは、シーツで胸元を隠しながら身を起こした。


「メイドが職務怠慢(たいまん)なんだよ! 全く、昨日といいふざけた奴らだ! 全員、クビになりたいのか!」


 怒り散らすエマオを冷ややかな目で見つめ、メイド長は口を開く。


「辞めました」

「……は?」

「昨日付けでフットマンや私以外のメイドは辞表を出しました。料理人の一部は今日付けで辞表を出すと言っています」

「ふ、ふざけるな!」


 エマオは近くにあった花瓶を手に取ると、メイド長の足元に投げつけた。

 柔らかなカーペットの上だったため、花瓶は割れはしなかったが、中の水は零れ、()されていた白とピンクの花の花びらが舞い散った。

 零れ落ちた水がカーペットにシミを作っていく。


「……エマオ様、わたくし共もできれば少しでも長くお仕えしたいと思っておりましたが、身の危険があるとなりますと考えも変わります」


 メイド長は深々と頭を下げ、そのままの体勢で続ける。


「勝手ながらわたくしも本日をもって、退職させていただきます」

「何だと!? それは困る!」


 自分の世話をしていたメイドが誰ひとりもいないのに、メイド長までいなくなられては困る。

 エマオは慌てて花瓶を拾って元に戻し、メイド長に今の発言を撤回するように懇願したのだった。


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