4 どうしてこんな所にいるんですか!
リミアリアがフットマンと共に邸内から出ると、空には雲一つなく、新たな生活を送ろうとしているリミアリアを祝福しているかのような快晴だった。
ポーチで馬車を待っている時、メイド長と執事を筆頭に使用人たちが追いかけてきた。
皆、どこか不安げな表情だ。
長い黒髪をシニヨンにした年配のメイド長が、眉尻を下げてリミアリアに話しかける。
「エマオ様の浮気が原因での離婚です。慰謝料の請求はなさらないのですか」
「ええ。以前から、こうなるだろうと言っていたでしょう? 私は浮気性で暴力をふるう人と別れたいだけ。向こうから別れを切り出してくれたんだもの。お金をとらないのは、そのお礼ということにしておくわ」
「承知いたしました」
納得したメイド長の横で、彼女の夫である執事がため息を吐く。
「戦地にまで誘惑しに行くくらいなのに、どうしてフラワ様は、素直に旦那様と結婚しなかったのでしょうか」
「その答えは簡単よ。姉は私のものを奪い取ることを趣味にしているの。私とエマオ様を結婚させたのも、私から奪いたかっただけ。もうエマオ様は私の夫じゃなくなったし、近いうちに姉は別れを切り出すと思うわ」
「……そうでしたか」
メイド長と執事は呆れて顔を見合わせた。リミアリアの話を聞いていた使用人たちは、驚いた表情をしている。フラワのやっていることが、信じられないといった様子だ。
「昔からそういう人なのよ。そして、彼女の両親はそれを止めないの」
メイドたちはフラワの両親は、リミアリアの両親でもあるのではないかと思ったが、口には出さなかった。
暗い表情のメイドたちを見て、リミアリアが苦笑した時、馬車が門の前にやってきた。
手配していた馬車が来たのだろうと、リミアリアはフットマンと共に近づく。
「荷物はキャビンに」
「承知いたしました」
御者が指示をしたので、装飾品の一切ない古ボケた木造の馬車の中にフットマンが荷物を積み込み始めた。
ダークブラウンのロングコートに身を包んだ御者は、フードを目深に被った状態で、リミアリアに話しかける。
「どちらまで?」
「そうね。まずは繁華街のほうへ行ってもらえるかしら」
「承知いたしました」
低いがとても聞き取りやすく、耳に心地好い声だ。
この声に聞き覚えのあったリミアリアは、まさかと思いながら、御者の正体を確かめようとする。
「御者台から降りて顔を見せてくれませんか」
「申し訳ございませんが、今は無理ですね」
「そうですか。なら、顔が見えやすいように私も御者台に乗ります」
リミアリアがステップに足をかけると、御者は慌てて手で制した。
「……何を考えてんだよ」
ため息を吐いた御者は、一瞬だけリミアリアに顔を見せた。一目見ただけで相手が誰だかわかったリミアリアは眉間に皺を寄せ、小声で言い返す。
「アドルファス様、それはこっちのセリフです! どうしてこんな所にいるんですか!
おひとりでいるんじゃないでしょうね? 御者のふりをするなんて危険でしょう! 何かあったらどうするんですか!」
「カビルとメイが迎えに行けってうるさかったんだ。護衛はちゃんと付けているから怒るなよ」
「おふたりが?」
御者の正体は、エマオが尊敬している上司であり、リミアリアの協力者であるアドルファスだった。
長身痩躯でダークワイン色の髪にダークブルーの瞳を持つアドルファスは、目が大きいからか年齢よりもやや童顔気味だが、整った顔立ちをしている。
そんなアドルファスへの挨拶も忘れ、リミアリアは名前が出たふたりのことを思い出す。
カビルとメイというのは、クラブ活動で一緒だったふたりの名前だ。カビルは侯爵家の長男で、メイは伯爵家の長女。
ふたりはアドルファスと同様に、リミアリアに優しくしてくれていた。
(おふたり共、お元気にしているのかしら)
「ふたり共怒ってたぞ。説教される覚悟をしとけ」
アドルファスは、過去を懐かしんでいたリミアリアの額を軽く人差し指でつついた。
リミアリアは両親から酷い扱いを受けていたことを、三人に伝えていなかった。父から外部に漏らすなと脅されていたことが怖いのではなく、両親に虐待されている自分を恥だと思い、口に出せなかったのだ。
(冷静に考えれば、そんなことで付き合いをやめるような人たちではないし、絶対に助けてくれていた。あの時の私は本当に馬鹿だったわ)
「おい、聞いてるのか」
再度、額をつつかれたリミアリアは苦笑してうなずく。
「もちろん、聞いています。おふたりには本当に申し訳ないとは思っていますが、説教されるのは避けたいですね」
「無理だろうな」
「そんなはっきりと言わないでください」
「本当のことだからな」
「では、許してもらえるまで謝ります。それから、色々とありがとうございます」
お礼を言いながら、リミアリアが御者台に乗ろうとした時だった。
「おい! 邸の前にボロい馬車を停めるな! さっさと行け!」
フラワを引き連れたエマオが怒鳴りながら邸から出てきたのだった。




