29 梯子を外すだけです
※途中からフラワSideになります。
エマオからの手紙をリミアリア自身は読んでいなかったが、何が書かれているかは、執事から聞いていた。
手紙の中で、エマオは浮気をした自分が悪かったが、元々は誘惑してきたフラワが悪いのだと訴えていた。そして、高級娼館通いについては、寛大な心を持って許してほしいと書かれていた。
部下を殺害したことについては認めておらず、自分の厳しい指示に不満があった人たちが、嘘を話しているのだとして、自分の罪を認める気はないようだった。
物的証拠はなくとも多くの証言が集まり、エマオは現在の留置所から拘置所に送られることに決まった。
アドルファスがそのことをエマオに自ら伝えに行こうとしていた時に、ナンサンがフラワと共に、エマオの所に行くという連絡がきた。
仕事に一息つき、執務室で休憩している時、リミアリアはアドルファスにその話をした。話を聞いたアドルファスは少し考えたあと口を開く。
「頼まなくても自白してくれるような気がするから、俺もふたりには内緒で一緒に行ってこようかと思う。あのふたりは声が大きいし、面会室の中に入らなくても良い話が聞けそうだ」
「でしたら、私もご一緒してもいいでしょうか」
「ふたりが気になるのか?」
「気になるといいますか、ふたりの共通の話題は私のことでしょう。好き勝手言われても困ります。私に助けてもらえるなんて未練が残らないようにしておこうかと思うのです」
(エマオ様が普通の感覚の持ち主なら、私が自分を助けるなんて思わないはず。このまま無視し続けていても、彼は牢獄に入ってからでも手紙を送ってくるでしょう。受け取り拒否をすればいいだけだけど、彼に希望を持たせたくない)
アドルファスがエマオのことを調べている間に、リミアリアはエマオに殺されたと思われる人物の家族の所に足を運んでいた。
夜に仕事や解毒薬作りをすることになって眠る時間は減ったが、エマオへの罰を求刑する際に、家族の意見は必ず必要だと思ったからだ。
大切な人を失った悲しみや苦しみはリミアリア自身も経験しているので、余計にエマオのことが許せなかった。
「エマオ様に絶望を与えるのは家族の皆さんでいいと思います。私ができるのは、彼が目の前にあると思っていた梯子を外すだけです」
「それも残酷ではあるが、相手が相手だからいいと思う。で、フラワ嬢のことはどうする?」
「エマオ様と話をする時に自分で墓穴を掘りそうな気がしますので、その時にけりをつけます」
実父と継母の件は、かなり前の話になるため、そう簡単に立証はできない。だから、後回しになってしまうのは仕方がない。
(フラワ様が捕まるだけでも、あのふたりにはかなりの痛手でしょうしね)
リミアリアはそう考え、仕事を再開することにした。
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フラワがナンサンと共にやってきた留置所は石造りの簡素な見た目の建物だった。三階部分にエマオがいる牢屋を含めて十室と職員の控室があり、二階部分には面会室や職員の休憩室や食堂などがある。
フラワはピンク色のドレスの裾をつまみ、案内してくれる男性職員の後を歩きながら、ナンサンに話しかけた。
「エマオ様と話をするのはいいんですけど、まずはふたりだけで話をさせていただけませんか?」
エマオに今までのことを暴露されたら、リミアリアからアドルファスを奪う余裕などなくなってしまう。
(保釈してやると嘘をつけば、エマオ様も大人しくなるかもしれない。あとは努力したふりをするだけでいい。どうせ彼は自由になることなく、処刑されるに決まっているもの)
零れ落ちそうになる笑みを必死にこらえているフラワの頭の中には、自己保身しかなかった。
「おい、聞いてるのか?」
ナンサンに話しかけられ、フラワは我に返った。
「何でしょうか」
「どうしてふたりで話したいのか聞いたんだ。一緒に話を聞いたほうが用事が早く済んでいいだろう」
「駄目です。エマオ様はリミアリアに取り入ろうとしているんです! 本当のことを言うとは限りません。ナンサン様には惑わされてほしくないんです」
「どうして元イランデス伯爵は、リミアリアに取り入ろうとしているんだ?」
(何なのよ。今まではこんなにしつこく聞いてくることなんてなかったのに!)
苛立ちが顔に出ないように心がけながら、フラワは答える。
「リミアリアはアドルファス殿下と婚約していますでしょう? 彼女の機嫌をとれば命は助けてもらえると思っているんだと思います」
「機嫌を取ったくらいでは意味がないはずだ。少しでも早くそのことを教えてやろう」
「わ、私がそれを教えます! エマオ様はプライドの高い方ですし、ナンサン様から言われたら、怒りだすかもしれません」
「……わかった」
ナンサンは不満そうな顔をしたものの、フラワの願いを聞き入れた。
(第一段階は突破ね!)
フラワが安堵の息を吐いたところで、前を歩いていた男性が足を止めた。
「こちらの部屋です」
ノックをした後、男性は扉を開きフラワに中に入るように促した。
「失礼します」
一礼して部屋の中に足を踏み入れると、真正面に四角い木のテーブルがあり、こちらを向いて椅子に座っているエマオの姿が見えた。万が一の場合に備えて、足と手に拘束具をつけられている。
だが、フラワが驚いたのはそんなことではなかった。
エマオの服や肌は薄汚れており、伸びた前髪で目が隠れ始めている。髭も伸び、浮浪者のような風体のエマオに、フラワはつい言葉を漏らす。
「汚い」
「……汚いだと?」
エマオは聞き返すと、勢いよく立ち上がった。
「誰のせいで俺がこんなことになったと思っているんだ! 俺はリミアリアを待っていたんだ! お前みたいなクソ女を待っていたんじゃない!」
フラワはエマオの剣幕に驚き、びくっと体を震わせた。
(何なのよ。本当のことを言っただけじゃない!)
言い返してやりたかったが、部屋の中にはまだ職員もいる。職員は若い男性だったため、フラワは自分の可愛さで彼を外に追い出せると思った。
「ねえ、エマオ様とふたりで話したいの。少し席を外してくれない?」
「出ていけ! 俺はお前と話すことなんてない! お前が俺を誘惑しなければこんなことにならなかったのに!」
「エマオ様! 馬鹿なことを言わないでください!」
(やめて! やめてよ!)
フラワは心の中で必死に叫んだが、その願いは届かなかった。
「職員、気をつけろよ。この女は体を使って男を誘惑するんだ」
「嘘をつくのはやめなさいよ!」
我慢しきれなくなったフラワの金切り声が部屋の外まで響いた。
フラワたちは気づいていないが、廊下にはリミアリアとアドルファスやナンサン、そして、エマオの件を調べている騎士たちがいた。
リミアリアたちは、廊下でフラワたちの会話を静かに聞いていたのだった。




