22 そうかもしれませんね
ダークワイン色の髪をシニヨンにした王妃は、四十代のはずなのだが、二十代と言われても疑わないほどに若々しくて美しい。
王妃とは何度か話をしたことがあったが、王妃の自室に通されるのは初めてだった。
部屋に入って真正面にはバルコニーに続く扉と大きな窓がある。部屋の奥にはベッドなどが置かれており、調度品は全て白で統一されていた。
庭園を見渡せるバルコニーで話そうと言われ、リミアリアはメイドに案内されてバルコニーに足を踏み入れた。
王妃が言った通り、色とりどりの花と共に青々とした木々が見え、とても綺麗な景色だった。
(さすが王城の庭だわ。手入れが行き届いているように見える。といっても毒草がないか念のために見ておきたいわね)
庭を眺めながら、リミアリアは人とは少し変わったことを考えた。
というのも、アドルファスが幼い頃、新種の毒草を口に入れてしまって大変だったと、本人の口から聞いたことを思い出したからだ。
ナニーやメイドたちが処分されそうになったことは、アドルファスにとって忘れられない出来事だった。
(もう子供じゃないし、生えている草をそのまま口にしたりしないだろうけど、何があるかわからないしね。それに王太子殿下に子供が生まれた時は、この庭で遊ぶはずよ。いつか来る日のために今から予防しておくのもいいわよね)
バルコニーにはパラソル付きの白い丸テーブルと椅子が二脚ある。
メイドがお茶を淹れている間は、庭園の話など、当たり障りのない会話になった。そして、ふたりきりになった時、王妃は苦笑してリミアリアに謝罪する。
「婚約のこと、勝手に決めてしまってごめんなさい。子爵の爵位はちゃんと授けるから、婚約が嫌なら断ってくれていいのよ」
「婚約が嫌というわけではないのです。ただ、どうして私なのかと思ったのです」
他にも年頃の令嬢はいる。自分にこだわる必要はないのではないか。
そう思ったリミアリアに、王妃は眉尻を下げる。
「元々は私たちがアドルファスに対して気遣いが足りなかったことが原因なのだけど……」
王妃は前置きしたあと、アドルファスたちが十三歳になる年に行われた誕生日パーティーのことを覚えているかとリミアリアに尋ねた。
誕生日パーティーだけは何度も出席しているので、どの時のことか、すぐにはわからなかった。
しかし、夜の中庭での話と言われて思い出した。
双子の兄と同時に開かれる誕生日パーティーはアドルファスの兄を祝う人ばかりで、アドルファスは自分がおまけのように感じていた。
アドルファスは頭では理解しようとしながらも、寂しさに耐えきれず、兵士以外いない夜の中庭のベンチで膝を抱えていた。
そんな彼を探しに来たのがリミアリアで、戻りたくないと言う彼の側から、リミアリアは離れなかった。
『兄貴を祝ってこいよ』
『もう祝ってきましたよ』
『じゃあ、パーティーを楽しんできたらいいだろ。こんな所にいる必要はない』
『会場に戻っても楽しくありません。私は王太子殿下とそんなに親しくないんです。だから今日は、アドルファス様のお誕生日を全力でお祝いするために来たんですよ』
リミアリアにとって何気ない言葉だった。
だが、アドルファスにとって、兄よりも自分を優先してくれる人に初めて出会った瞬間だった。
(あの時のアドルファス様は口をぽかんと開けたあと、すぐに顔を真っ赤にしていたっけ)
その時のことを思い出して黙り込んだリミアリアに、王妃が話しかける。
「当時はどちらかを贔屓しているつもりはなかったわ。だけど、アドルファスに言われて気がついたの」
「……そうだったのですか」
(アドルファス様との婚約は嫌じゃない。私にとって大切な人でもある。だけど、私にはどうしてもやりたいことがある。やり遂げた時に、アドルファス様に迷惑をかけてしまうかもしれない。それは嫌だ)
王妃は暗い顔をしているリミアリアに話しかける。
「余計なお世話かもしれないけれど、一応伝えておくわ。あなたがやろうとしているであろうことを、アドルファスから聞いたけれど、私たちは止めるつもりはないわ」
「アドルファス様からですか?」
アドルファスに自分の本当の目的を話したことはない。
(もしかして、私の結婚が決まった後に色々と調べたのかしら)
エマオとの結婚が決まった時、結婚を阻止しようとしてくれたアドルファスたちの手を取らなかった。
理由は過去を知られて嫌われたくないという、自分勝手な理由だった。
リミアリアの母は毒殺されたが、犯人は捕まっていない。だが、リミアリアは犯人を知っている。
犯人は実父と継母だ。
愛人を正妻にするために、ふたりはリミアリアの母を殺そうと考えた。
こんな家族を持っていると知られたら、嫌われてしまうに違いない。そう思うと怖くて仕方がなかった。
(アドルファス様はどこまで知っているのかしら)
リミアリアは大きく深呼吸してから、王妃に尋ねた。
「婚約について、アドルファス様と話をしてから決めても良いでしょうか」
「もちろんよ」
王妃は優しく微笑むと、アドルファスについて話し始める。
「普段は勝気な子なのだけど、あなたの前ではウジウジするようだし、ガツンと言ってやっていいからね」
「そ、そんな」
「いいのよ。婚約者になってほしいという言葉も言えないなんて情けないと思わない?」
「……それは、そうかもしれませんね」
「でしょう?」
リミアリアがつい本音を口にすると、王妃は不快になった様子は一切見せず、笑ってうなずいた。




