12 アドルファスの訪問 ②
即答に驚いたフラワは、現実を受け入れられず、何度も目を瞬かせ、少し間を空けてから問いかける。
「あ、あの、今、なんとおっしゃいました?」
「断ると言った。俺は別にフラワ嬢と話をしにきたわけじゃない。リミアリアの件と、イランデス伯爵に聞きたいことがあって来たんだ」
「そ、そうです! フラワ! お前は余計なことを言うな! アドルファス殿下、申し訳ございません。事情を説明いたします!」
不機嫌そうなアドルファスを見たエマオは、慌ててメイドに叫ぶ。
「アドルファス殿下を応接室にご案内しろ!」
「……承知いたしました」
エントランスホールには数人のメイドがいたが、全てフラワが連れてきていたメイドだった。
なぜ私が? と言わんばかりに、メイドは一瞬表情を歪めたが、すぐに笑顔でうなずき、アドルファスや彼と共にやって来ていた侯爵令息たちを連れて歩きだした。
応接室は南側の一階の奥にある。アドルファスが応接室に入ったことを確認し、エマオはフラワに叫んだ。
「アドルファス殿下の顔を見たか? お前など全く相手にしていないじゃないか!」
「まだ、警戒しているだけだと思います! 絶対に落としてみせますから信じてください!」
「絶対だな?」
「絶対です!」
戦地にフラワがやってきて、リミアリアが浮気をしていると聞いた時は、裏切られたというショックでリミアリアを殺してやろうと思った。
だが、自分の身を捧げてまで妹を必死にかばおうとするフラワに心を打たれて、リミアリアを許し、フラワと結婚するという気持ちが固まったのだ。
今のフラワの様子があの時の彼女の姿と重なり、エマオはなぜか嫌な予感がした。
(何なんだ、この胸騒ぎは?)
「エマオ様、行きましょう」
情けない表情で立ち尽くしていたエマオを、フラワが笑顔で促した。
「フラワ」
「……何でしょうか」
先に歩き出していたフラワは名を呼ばれて立ち止まり、眉根を寄せて振り返った。
「お前は嘘をついたりしていないだろうな?」
「……どういうことですか?」
小首を傾げて聞き返すフラワに、エマオは怒りをぶつける。
「お前はリミアリアが側近や使用人たちと浮気をして、仕事はしていないと言っていた。だが、帳簿や書類の控えを確認すると、ほとんどがリミアリアの字だった!」
「それがどうしたんですか?」
「……それがどうしただと?」
聞き返したエマオに、フラワは微笑んだ。
「仕事をしながら浮気をしていたってことでしょう?」
「お前は仕事をしていないと言ったじゃないか!」
フラワは大きなため息を吐き、不機嫌そうな表情で尋ねる。
「エマオ様は何をおっしゃりたいんです? リミアリアが浮気をしていたことに変わりはないでしょう?」
「そうじゃなかったら?」
フラワはまるで見下しているかのような冷たい目を、エマオに向けた。
「今さら、何を言っても遅いですし、私を責めないでいただきたいですわ。リミアリアを捨てたのはあなたです。それに私はエマオ様のために自分の身を捧げるつもりなんですよ。今はリミアリアのことより、健気な私のことを考えてくださいませ」
「だ、だが……」
「……私を信じてくださらないんですか?」
胸の前に手を当て、目を滲ませているフラワを見て、エマオの胸には愛しいという感情よりも、不安感が広がっていく。
(本当にリミアリアは浮気をしていたのだろうか。もし、違っていたら、俺はアドルファス殿下の信頼を失うのか?)
戦場にいた頃は欲求不満だったこともあり、フラワの誘惑に勝てなかった。
姉が妹を裏切る可能性があるなんて思ってもいなかった。
(そうだ。もし、リミアリアが浮気をしていなかったのなら、俺はフラワに騙された被害者だ。悪いのはフラワだとアドルファス殿下に伝えよう)
エマオは自分自身を勇気づけると、アドルファスが待つ応接室に向かった。
******
フラワとアドルファスは初対面ではないし、何度か話をしたことはあった。
アドルファスは気難しいところがあり、仲の良い人としか話をしない。彼はフラワがリミアリアの姉だから相手をしていただけなのだが、フラワは自分に気があるのだと勘違いしていた。
(リミアリアのものは私のものよ)
フラワはリミアリアと血が繋がっていないことになっているが、実際は違う。
彼女はリミアリア腹違いの姉であり、父は同じだった。
本当のことを言ってしまうと、フラワは愛人が産んだ子になってしまうため、弟と共に母の連れ子扱いになったのだ。
フラワたちは、この事実をリミアリアは知らないと思っている。
フラワにしてみれば、自分が誰の血を引く子であろうが、どうでも良かった。ただ、他人から愛人の子と呼ばれることは、馬鹿にされている気がして無性に腹が立った。
自分はリミアリアよりも早く生まれている。
本来なら自分のものになるものが、リミアリアのものになっていることが気に入らなかった。
(たとえ、アドルファス殿下がリミアリアのことを気にしていたとしても、外見も性格も彼女より私のほうがいい。アドルファス殿下は馬鹿じゃないはずだから、私と少し話をすればわかってくださるはず)
化粧直しをして、意気揚々と応接室に入ったフラワだったが、アドルファスの反応は予想と全く違っていた。彼女を一瞥しただけで、全く相手にする様子はない。
(私のアピールが足りないということね。親しくなれば態度も変わるはずだわ)
応接室の中には黒のふたり掛けのソファが向かい合うように置かれている。部屋の奥にはレンガで造られた暖炉があるが、今は温かい季節のため火はついていない。
片方のソファにはすでにアドルファスと、彼の付き人であるカビルも座っている。
侯爵令息である紺色の髪に緑色の瞳を持つカビルは、引き締まった体型をしており整った顔立ちではある。しかし、少し垂れ気味の目が、フラワは気に入らなかった。
(まだ彼がリミアリアと仲が良いかはわからないし、もう少し様子を見ましょうか。仲が良かったら、彼も手を付けてもいいかもね)
とりあえずカビルのことは無視して、フラワが笑顔でアドルファスに話しかけようとすると、先にアドルファスが口を開いた。
「彼女を出ていかせろ」
「「……はい?」」
聞き返す声が、隣に座ったエマオと重なった。
「俺はフラワ嬢に用はない。だから、彼女がこの場にいる必要はない」
「ちょ、ちょっとお待ちください! 私はアドルファス殿下とお話したいのです! どうか、少しだけお話しさせていただけませんか?」
「断る」
アドルファスに懇願したフラワだったが、先程と同じように躊躇なく断られてしまった。
エマオが小さく舌打ちし、フラワに命令する。
「フラワ、アドルファス殿下の希望だ。部屋から出ていけ」
「え、で、でも!」
「いいから出ていけ! この役立たずが!」
憤怒の表情で叫んだエマオに恐怖を覚えたフラワは、アドルファスを涙目で見つめたあと、すごすごと部屋から出ていくしかなかった。




