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焚火で始まる信頼関係

火は、小さく、だが安定(あんてい)して燃えていた。

川辺の石を寄せ、風下に枝を組んだだけの簡素(かんそ)なものだ。


それでも、闇に対する心理的(しんりてき)防壁(ぼうへき)としては十分だった。

朝凪直人は、火を背にして座り、森の奥を見つめていた。

暗くなったからといって、何も見えなくなるわけじゃない。


月光(げっこう)が木々の隙間から差し込み、影の輪郭(りんかく)をぼんやりと浮かび上がらせる。


――静かすぎる。

さっきまで聞こえていた虫の音が、ほとんど消えていた。

これは良くない兆候(ちょうこう)だ。


「……来るか」


直人は獣から回収した牙にそっと手を置く。

もう一本、薪用の短めの枝も足元に投擲(とうてき)用としておいた。


逃げない。だが、無理に戦う気もない。

選択肢(せんたくし)は、常に複数持っておく。

それが今の状況では一番大切なことだ。


そのとき。

川下の方で、水音がした。


ちゃぷ――

小さく、しかし明確(めいかく)な音。


獣じゃない。

四足なら、もっと雑音が出る。


「……人、か?」


自分の声が、思ったより低く出た。


直人は立ち上がらない。

火のそばから動かず、あえて存在を示す。


相手は一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)し、それから小さく頷いた。

そこからさらに近づくように促し、火の光によってその輪郭がぼうっと映し出された。


背は高すぎず低すぎず、体つきは細身だが貧弱ではない。

茶色の髪は肩より少し下まで伸びていて、それを後ろで一つに(むす)っている。

(ととの)った顔立ちで、緊張を浮かべながらも、どこか人当たりのよさを感じさせた。


だからこそ今は警戒(けいかい)しなければならない。


「武器は?」


男は一瞬だけ肩を強張らせ、それから両手をゆっくりと上げた。


「腰に短剣が一本。……投げたほうがいいかな?」


正直な答えだ。

直人は、視線を相手の腰に走らせる。

確かに、ある。


直人は観察(かんさつ)する。

服は革製。

簡素だが、動きやすそうな作り。

旅装(りょそう)に近い。


「火ぐらいなら使ってもいい。距離は取ってもらう」


男は、少し驚いたように目を瞬かせ、そして小さく頷いた。

二人は、火を挟んで腰を下ろした。

距離は、互いに一歩で踏み込めるが、即座(そくざ)に反応できる程度。


夜は、長かった。

交わす言葉は最小限。

互いの素性には踏み込まず、森の音と火の具合、交代(こうたい)の見張りだけを確認する。


森に、朝が満ちていく。


夜の間、輪郭を曖昧(あいまい)にしていた闇が、少しずつ後退(こうたい)し、木々の幹や葉脈がはっきりとした形を取り戻していく。

川面は薄く霧を(まと)い、そこへ差し込む朝日が、揺れる光の筋を描いていた。


火は、まだ消えていない。

小さく、だが(ねば)るように()き続けている。


朝凪直人は、焚き火のそばにしゃがみ込み、残った炭を足で整えながら、夜を越えた事実を()みしめていた。

この世界に来てから、朝を迎えられたことを。


(……妙だな)

安心している自分に、少しだけ違和感(いわかん)を覚える。

だが、それを否定する気にはなれなかった。


少し離れた場所で、男が川の水で顔を洗っていた。

夜の緊張が抜けたせいか、その動きは昨夜よりも幾分(いくぶん)か柔らかい。


直人は、何気なく口を開く。


「……見張り、助かった」


それだけの言葉だった。

だが、男は水を拭いながら、驚いたように振り返った。


「……そうか?」


「ああ。俺一人だったら、たぶん火、消えてたしな」


それは、直人なりの信頼(しんらい)の表現だった。


男は一瞬、言葉を探すように口を開きかけ、

そして、少し照れたように笑った。


「……久しぶりだな、そういうの」


何が、とは言わない。

だが、直人には何となく分かった。


二人で簡単な朝食を取る。

昨日の獣から取った肉はすでに底をついていたが、男が気を配り自分が持っていた干し肉を少し分けてくれた。


「分けるんだな」


直人が言う。


「独りなら、全部食ってる」


男は肩をすくめる。


「腹が減ってる顔をしてるやつの前で、独り占めはできない」


「甘い」


「……はは」


だが、その声には、もう昨夜のような緊張はない。


歩き出す前、直人は火を丁寧に消した。

炭を川に沈め、痕跡(こんせき)を残さない。


「用心深いな」


「まあ、やるに越したことはないからな。よっしゃ、行くか」


パッパと(すす)を落とし立ち上がった直人は男に手差し出して自己紹介をした。


「機会がなかったからな。俺はナオトだ」


「ああ、僕はビスタ・エヴァンだ。名乗ってよかったのか? まだよく知らないのに」


こればかりは直感(ちょっかん)だ。

ここからどうなるかなんか関係ない。ただ名乗っておこうと思った。


森を歩く間、二人は自然と役割を分けていた。

直人が前に出る時もあれば、ビスタが先を行くこともある。

合図も言葉もないが、互いの動きを邪魔しない距離感(きょりかん)ができていた。


その途中。

ビスタが、足を止める。


「……ここ、通らない方がいい」


理由は言わない。

だが、直人は足を止めた。


「痕跡?」


「いや……気配だ」


直人は頷いた。

(同じだ)

言葉にせずとも、同じ“違和感”を感じ取っている。


地の利があるビスタと感覚に任せればある程度はなんとかなる。

そのまま森を抜けようと足を進ませていた時……


空気が、重くなる。

森の音が、不自然に途切れる。

直人が口を開こうとした、その瞬間。


「――ビスタ・エヴァン」


感情(かんじょう)のない声。

前方から、黒ずくめの人影(ひとかげ)が数人現れる。


「帰還命令だ」


ビスタの体が、ぴたりと止まった。

直人は、即座(そくざ)に理解する。

(……逃げ場がない)


それでも、足を引こうとした。

だが、黒ずくめの一人が、直人へと刃を向ける。


「目撃者は不要だ」


その瞬間。

ビスタが、一歩前に出た。


「回収は僕だけだろ」


手を出すなと言わんばかりの行動だが、黒ずくめの男たちには効いている感じがしない。

黒ずくめの足が、半歩、前に出る。

刃の角度がわずかに変わる。

直人は、牙を握る手に力を込めた。


「なあ」


直人が口を開いた。

黒ずくめの視線が、一斉にこちらへ向く。


「お前ら勝手に俺の処遇(しょぐう)決めようとしてるけど、俺の意思はどうなってんの?」


「黙れ」


短い制止(せいし)

だが、直人は止まらない。


「こいつが帰るのは勝手だ。だが、俺を消す理由は薄い。ここでやり合えば、音も血も残る」


選択肢(せんたくし)は、いくつもある。


逃げるか。

切り抜けるか。

それとも――ここで潰すか。


直人は、静かに息を吐いた。

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