分かりやすい? 死ななきゃね
獣が完全に動かなくなってからも、朝凪直人はしばらく距離を保っていた。
倒れた巨体は、もう息をしていない。
胸の上下もなく、赤かった目は濁っている。
それでも――
念のため、という判断を切るのが遅れなかった。
「……よし」
短く息を吐く。
棍棒代わりの枝を下ろし、ようやく肩の力を抜いた。
心臓はまだ早鐘を打っている。
だが、恐怖よりも先に来たのは、奇妙な高揚感だった。
勝った。
生き残った。
しかも、一方的に押し切られたわけじゃない。
「……俺、案外やれるな」
口に出してから、少しだけ苦笑する。
自信過剰だとは思う。
でも、ここで自分を過小評価するのは、もっと悪い選択だ。
直人は、獣の死体に近づいた。
近くで見ると、やはり異様だった。
狼に似た骨格だが、筋肉の付き方が違う。
牙の根元には淡く光る線が走り、毛皮は黒一色ではなく、角度によって色が変わる。
「……完全に、別モンだな」
その瞬間
戦闘中に感じていた圧迫感とは違う。
しかし確かな“流れ”が胸の奥から溢れ出した。
試すように、獣の毛皮に触れる。
――ぴりっ。
指先に微かな刺激。
同時に、断片的な理解が頭に流れ込んだ。
食用可。
毒性なし。
皮は防具向き。
骨と牙は加工次第で武器になる。
「わお……鑑定みたいな? 情報量、最低限だな」
数値も説明もない。
だが、生きるには十分すぎる。
直人は、はっとして周囲を見回した。
静かだ。
森は、先ほどまでの張り詰めた気配を失っている。
「……これは、たぶん」
鑑定というよりは危機感知能力、感覚が鋭くなったって感じだ。
――悪くない。
むしろ、好都合だとすら思った。
全部決められているより、
自分で選んで、外して、修正できる方が性に合う。
直人は周囲を見渡し、短く頷いた。
「ここに長居はしない」
血の匂いは、いずれ他の獣を呼ぶ。
さっき感じた“流れ”も、今は穏やかだが、いつまでも続く保証はない。
まずやるべきことは――整理だ。
直人は枝を拾い、獣の腹を慎重に裂いた。
力任せではなく、最小限の動きで。
中身を確認し、使えそうな部位だけを切り分ける。
皮は丸ごと剥がす時間がない。
牙と、比較的細い骨だけを確保する。
「全部は無理だな」
欲張ると、動けなくなる。
今は生き延びるための最低限でいい。
直人は死体を一瞥し、背を向ける。
少し歩くと、空気が変わった。
湿り気を含み、土の匂いが強くなる。
――水が近い。
確信に近い感覚に従い、藪を抜ける。
小さな川だった。
流れは緩やかで、水は澄んでいる。
しゃがみ込み、手ですくう。
匂いを嗅ぐ。
飲める。
そう“分かる”。
一口、口に含む。
冷たさが、喉から胸へ落ちていく。
「……生き返る」
直人は、その場に腰を下ろした。
今日一日で、あまりにも多くのことが起きた。
だが、不思議と頭は冴えている。
周囲を見渡す。
川は視界が開けている。
背後に高木。
左右は浅瀬。
「……ここなら、奇襲されにくい」
完全な安全はない。
だが、相対的にマシ。
火を起こすか迷う。
匂いと光は、敵を呼ぶから。
だが、夜の森で火なしは自殺行為だ。
直人は、覚悟を決めた。
枝を折り、乾いた葉を集める。
石同士を打ち、火花を散らす。
何度も失敗する。
指が痛む。
それでも――諦めない。
諦めたらここで死ぬ。
ようやく、火がついた。
小さいが、確かに燃えている。
「やっとついた」
ぼうっと燃え上がる火を見ながら直人は確実に地球じゃないこの世界についてより深く考える。
ここは、試される世界だ。
説明はない。
代わりに、選択の結果だけが即座に返ってくる。
直人は、口の端をわずかに上げた。
「分かりやすいじゃん」
気に入っていただけたら幸いです。
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