【短編小説】ふとんで眠ろう
外廊下の蛍光灯がチカチカした。
コンクリートの床から這い上がる寒さでサンダルのキティちゃんまでもが震え出した頃、鉄柵の向こうを近所に住んでいるお兄さん(名前は知らない)が通りかかった。
お兄さんはわたしを見ると、飲みさしの甘い缶コーヒーをわたしに向けて「やるよ」と言った。
お兄さんが着ているジャージの袖は赤黒く汚れていて、缶コーヒーを持つ手は震えていた。
知ってるけど知らない人だから、すぐにはその缶コーヒーに手を伸ばせない。
わたしはいらないと言うかわりに、
「お母さんの新しい彼氏は遅いけど、もうすぐ終わるから」と言った。
するとお兄さんは「そっか」と言って残りを飲み切って空き缶を落とした。
こん、と小さな音が鳴るその音を誰かに聞かれるんじゃないかと不安になった。
そんなわたしをよそに、お兄さんは煙草に火をつけて「お前んとこのも終わりにしてやるよ。これで何か買ってきな」と言い、わたしにポケットから出した500円玉を押し付けるとどこかに行ってしまった。
大人がわたしにお金をくれると言うことは、きっとここにいるなと言うことなんだなと思って、素直に団地の入り口にある自動販売機に向かった。
真っ暗な中でもぼんやりと光る自動販売機が綺麗だった。ブーンと言う音も生きているみたいでいいし、たまにからだを震わせるみたいにガタガタと揺れるのも好きだった。
迷わずに暖かいココアを買った。
かじかんだ手には熱すぎるくらいで、おでこや首筋などに当ててその熱さを喜んだ。
こんな所をお母さんに見られたらと思うと怖いけれど……。
これを飲みながらお兄さんを待ってお釣りを渡そうと、部屋の前に戻ったらドアが半開きになっていた。
もう終わったんだろうか?
いつもはまだまだ時間がかかるのに。
「おかあさん……?」
恐る恐る中を覗くと、部屋の真ん中でお母さんと新しい彼氏が真っ赤な人形になっていて、さっきのお兄さんが台所で煙草を吸っていた。
「な?終わりになったろ?」
お兄さんも、さっきより赤くなっいた。
わたしはどう答えて良いか分からなかった。
「なんか食うもん、ある?」
お兄さんが聞いた。
わたしは冷蔵庫を開けて、いつもお母さんが買ってくるスーパーで安くなっていたコロッケとかを電子レンジに入れた。
電子レンジが黄色い光を出しながら、ビィーンと鳴る。
わたしとお兄さんは、なんとなくそれを見ていた。
煙草を吸っているお兄さんは、電子レンジの音がうるさいと言ってわたしを殴ったりしない。
お母さんと彼氏は起きない。
なら今夜はお風呂に入って、布団で眠ろう。きっと暖かいから。




