ヴィアの成長と家族の変化
ヴィアと父親であるカータスとの関係は修復を見ることのないまま、ヴィアは八歳の誕生日を迎えていた。この歳になると完全にヴィアは両親の手を離れ、イグノー家はバッシュのために存在していた。
「はぁ、今日も食事を探さないと」
周りの子どもと違い大人びた性格をしているヴィアに対してカータスはさらに苛立ちを募らせ、この頃には度々暴力に訴えたり食事を抜いたりし始めた。そんなヴィアにも味方はおり、真っ直ぐに成長したバッシュだけが父親から庇ってくれた。
しかし、それが余計に気に食わないカータスとヴィアの間には修復できない溝が生じていた。
「食事を探すことも大事だけど、墓参りにも行かないと」
誕生日だからと言って何かが用意される訳ではないことはもう理解している。ただ、ヴィアの周囲に一つだけ変化があった。これまで村を支えていたコルツ婆が一年前に亡くなったのだ。彼女の家族は村を出ており、身辺の整理は誰もやりたがらないため、自ずとヴィアがやることとなった。
「でも、私に任されてよかった。コルツおばあさまにはお世話になったし、こうやって亡くなった後でも恩返しができるもの」
人がいなくなった家屋は早くに朽ちる。村ではすぐに家の取り壊しが始まり、主要な物は村で分けられた。こうして残された者の糧になるのだ。その後は日常に戻っていく。ただ、ヴィア一人だけは良くしてもらったこともあり、こうして月に一度は命日の日に花を供えている。
「コルツおばあさま、どうか安らかに」
墓参りを終わらせたヴィアは自分の食事を探すため川へ向かう。釣りは得意ではないけれど、ヴィアの生活に余裕はない。今日を生きるため必要なことなのだ。
「ただいま戻りました」
「遅い! どこで油を売っていたんだ?」
「きゃっ! す、すみません」
カータスはある時から騎士としてのストレスを酒とヴィアへぶつける様になっていた。酒代の一部はヴィアが採ってきた薬草を売ったお金からも出ており、ヴィアとしては本意ではなかったが、それでも一部は弟のためになると諦めていた。
「全く、誰のお陰で生きていると思っているんだ」
「あ、あなた。もう今日はそこら辺で……」
「なんだと、アデル! 俺に指図をするな。こんな黒髪を産みやがって。バッシュがいなかったら母娘共々叩き出しているところだぞ!」
「ごめんなさい」
流石に娘へ暴力を振るう夫の姿を見て制止するアデル。
しかし、家での立場は出来上がっており、もはやカータスを止められる者はいなかった。唯一可能だとすれば……。
「ただいま帰りました」
「バッシュか。今日受けていた村長の家での勉強はもういいのか?」
「はい、父上。ところでこの臭いは?」
「あっ、いやぁ。ちょっとな」
いくら傍若無人なカータスと言えど、自分の期待を込めた息子の前では幾分ましになる。今や母娘にとってバッシュは希望と言えた。
「お昼からお酒はやめてください。姉上はお酒の匂いが苦手なのです。ねぇ?」
「あっ、うん」
ヴィアは酒の匂いは平気だったが、酒の匂いはカータスが暴れる前触れなのでバッシュには好きではないと伝えていた。そうしてしばしの安息を得て、また窮屈な暮らしが始まる。
ただ、ヴィアは明日が来ることを楽しみにしていた。仲の良い姉弟は子ども部屋に戻ると二人で明日の話をする。
「姉上、明日は商人が来る日ですね。何か買いたい物はありますか?」
「特にないわ。バッシュは?」
「僕ですか? 僕は服が欲しいです! 前の服はちょっときつくて……」
この村に商人は三か月に一度しか来ない上、もう次のサイズというのが言いづらいのか少し小声で話すバッシュ。
「なら、お母さんに言って買ってもらいなさい。あなたは家を継ぐのだから当然よ」
「姉上も一緒に服を選びましょう!」
「私はいいわ。まだ着れるもの」
「だ、駄目ですよ。姉上の服はもうボロボロじゃないですか。また、村の奴らが言ってきますよ」
「こら、そんな言葉づかいをしちゃだめよ、バッシュ。それにあなたは村の人を守るのがお役目になるのよ。そんなことを言って聞かれたらどうするの?」
自身を心配してくれる弟の気遣いは嬉しいのだが、それにより村人と軋轢を生まないようヴィアは苦心していた。父親と違い、黒髪の言い伝えを聞いても姉上と慕ってくれるバッシュを何とかなだめ、服の話へと戻る。
「この服はね、私がお世話になった人から貰ったの。だから、まだまだ現役よ」
そう言って強がるヴィアだったが、今の服はコルツ婆から貰った物。一年以上も前の服を成長期の彼女が着て擦り切れない訳もない。何より普段から水仕事は彼女の仕事だ。川へ洗濯に行くのは勿論、炊事に掃除や最近では自分で食料を賄うため、釣りや薬草の採取も行い、消耗した服には穴も見受けられる。コルツ婆の家にあった針と糸で縫って着てはいるものの、流石に無理が来ていた。
「いいえ、今回は絶対に買って貰います!」
姉の苦労を知ってか今回ばかりはバッシュも両親に強く言うつもりのようだ。この純粋さで何か良くないことが起きなければいいけれど、と思いながらも弟が真っ直ぐ成長していることを喜ぶヴィアだった。




