プロローグ
「ラドリフ国王陛下に申し上げます」
「オリヴィア将軍か、申して見よ」
「はっ! 我が槍騎兵団はほぼ壊滅。城外に二十騎、城内に歩兵隊三十人を残す程度です。対するヴェルグ帝国は城を取り囲み、その数はざっと五百から千人です」
「そうか……お前の軍でも帝国を防げなかったか。止むを得まい、もはや残された手段は降伏をするのみだな」
がっくりと肩を落とす陛下。情けない、私がいながらこのような結末を迎えるとは。だが、このまま殺戮を繰り返す帝国に陛下や王妃様を引き渡す訳にはいかない。
「陛下、最後まで希望を捨てないでください。今ならまだ敵は城へ侵入しておりません。脱出を!」
「……オリヴィアは脱出せよというが、この戦には内通者も出ている。王城の隠し通路から脱出するのは不可能だ。帝国もそこは抑えているだろう」
内通者までいたとは。政治的な事は宰相殿に任せきりだったから知らなかった。だが、私以外の将軍たちも命を懸け、ここまで戦線を維持してきた。何とか陛下だけでも……そうだ、あそこがあった!
「陛下、この城はかつて古城があった上に作られております」
「将軍はこの事態に何を!」
「待て、宰相。オリヴィア、何か知っているのか?」
「はい。陛下がまだ王太子であった頃、乳母に現在の新城と古城について話されていたのを覚えておられますか?」
「ああ。あの時は年寄りの昔話に思っていたが」
「乳母によれば現在、城の宝物庫になっているところが以前、玉座の間であったとのこと。その隠し通路であればここにいるものですら知らない可能性があります」
乳母の言葉が気になり、独自に調査した結果だ。内通者が私のあずかり知らぬところで出た以上、帝国も知らぬはずだ。
「なるほどな。では、今から全員でそこに……」
私はそういう陛下の言葉を遮るように言葉を発する。
「ですから、陛下は王妃様やお子様、それに宰相殿を連れて脱出を!」
「オリヴィアはどうするのだ?」
「御身を守るためここに残ります。「玉座の間を守れ」との指示を!」
「オリヴィア将軍!」
「宰相殿。これが現在我が軍が取れる最善です。私がいれば必ず帝国はその後ろを狙うはずです」
「ううむ。しかし、それでは将軍が……」
「我々はこれまで多くの将兵を失ってまいりました。その御霊に残された我々は応える義務があります」
一緒に脱出をという宰相殿に断りを入れる。落城が防げぬ以上、陛下たちの脱出が最優先だ。
「本当に良いのだな、オリヴィア」
「最後まで陛下に付き従えず無念です」
「いや、私こそ不甲斐ない王で済まんな。「オリヴィア、玉座の間を守れ」」
「はっ!」
「陛下っ!」
陛下の言葉を受けた私の足元に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は私を中心に広がると、二メートルほどの高さまで上がり消え去った。
「宰相、こうなったオリヴィアを動かすことは不可能だ。我々は彼女の言う通り、今から脱出する」
「承知いたしました。オリヴィア……」
「陛下を頼みます」
宰相殿はコクンとうなずくと、陛下と共に急ぎ足で玉座の間を離れた。それからすぐに王城の門を守っていた兵士がやって来た。
「オリヴィア将軍!」
「何か?」
「城門が破られました! もう持ちません。将軍たちは今すぐ脱出を!」
「分かった。陛下の脱出を助けるため、我が槍騎兵団の全力を持って任に当たろう」
「しょ、将軍は?」
「いまさら私が逃げる訳にはいかぬ。伝令ご苦労だった。貴様は少し休め」
「は、はっ!」
そう言うと最後の情報を伝えに来た伝令は柱に身を寄せた。
「いつ見ても戦場はむごいものだ。この者もこれだけの大怪我を負いながら気力だけでここまで来るとは」
自らの使命を果たした勇敢な戦士の目を閉じ、休むように祈る。私は最後の任を果たすため控えていた近衛兵に声をかけ、治療のため下がっていた槍騎兵団を呼ぶように告げる。すぐに残りわずかとなった兵たちが駆け付けた。
「皆の者、よく聞け! 今、この城は落城寸前だ。しかし、私たちが死力を尽くせば陛下たちは落ち延びることができる。諸君らの奮起に期待する」
私の言葉を聞き、怖気づくような兵はいない。皆、これまで戦友を失いながらもここまで耐えて来た者たちだ。だが、副団長が意見を述べた。
「ここは我々が時間を稼ぎます。将軍だけでも陛下と共に!」
副団長の言葉に他の兵も敬礼で答える。何という者たちか!
「それはできぬ。私はすでに陛下と宣誓を交わした。副団長は薄々この意味が分かっているだろう」
「オリヴィア将軍、何故そのようなことを?」
「我々が軍人だからだ。お前たちに苦労をかける私のけじめでもある」
「分かりました。その将軍の決意を無駄にしないため、戦友たちのためにも必ずここを死守しましょう!」
僅か三十人ほどの軍勢は決意を固め、帝国への迎撃準備を急ぐ。
「ここからは四つの小隊に分ける。二小隊は五人ずつに分かれ、左右の上部から遠距離戦を仕掛けろ。他の二小隊は半々に分かれ、私と共にここを死守する。行くぞ!」
「「おおーーっ!」」
皆、疲れているが士気は最高潮。後は陛下たちが逃げられるまで時間を稼げるかが勝負だ。
「いたぞー! 王国軍だ!!」
「来たぞ! 帝国兵を誘い込みまずは先遣隊を撃滅する!」
「はっ!」
こちらを確認した先遣隊を誘き寄せて撃破する。しかし、こちらの位置が伝わり、次々と帝国兵が雪崩れ込んできた。
「ここが正念場だ。頼んだぞ!」
「はっ!」
部下たちに指示を下しながら私も戦場へと突撃を繰り返す。それから三十分後……。
「はぁはぁはぁ。誰かまだ残っているか?」
「わ、私は健在です」
「副団長か……他には?」
「俺も」
「私も何とか」
この激しい戦いの中でもいまだ数人は息があるようだ。しかし、ほとんどはすでにその場で横たわっている。皆、誰もが酷い傷を負っていた。
敵も思わぬ反撃にうろたえ、一時撤退している今がチャンスだ。
「勇敢なる兵士たちに黄泉の旅路への加護を。副団長、これだけの時間が稼げればここはもういいだろう。お前たちも落ち延びよ」
「しかし、それでは団長が!」
「いや、ここから先は陛下たちの力に成るものが一人でも必要だ。私の代わりに頼んだぞ」
「ですが、脱出路の確保は?」
副団長と共に生き残った兵士が疑問を呈する。この状況の中でも冷静な判断を失わない良い兵だ。
「案ずるな。陛下たちの使った脱出路は入るとすぐに右へ行ける。そこからは別出口へ繋がっているから目くらましにもなる」
絶対に合流しろと隠し通路の場所を教える。一瞬ためらった副団長たちは覚悟を決め、玉座の間を去る前に一度だけ振り返った。
「必ず、必ず陛下たちに合流してまいります」
「うむ、後のことは頼んだ」
私が彼らを送り出してすぐに再び攻撃をするため、帝国軍がやって来た。
「ふっ、さしもの槍騎兵団団長の部隊と言えどここまでだな」
「何を言うか! 私がいる限り槍騎兵団は不滅だ!」
「哀れだな。〝大騎士〟の称号を持つオリヴィア将軍らしくない」
「そう言うのであれば私に力を見せつけることだな」
「ここまで言える者がいるとはな。ならば、我が帝国軍の力を示させてもらおう!」
(皆の者、陛下を頼んだぞ。陛下、王妃様……できればもっと平和な時代にお仕えしたかった)
「へ、陛下! 王城に火が!!」
「ああっ、オリヴィア。どうして貴方が……」
「王妃よ、泣くな。我らに泣いている暇はない。オリヴィアの最後の忠義、生かさねばあいつの思いを無駄にするのだ」
「陛下、分かりました。すぐにここを去りましょう」
こうして歴史に名を残さぬ小国は滅びの時を迎え、三百年の月日が流れた……。