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奴隷の呪いと  作者:


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98. 長い一日

 夕方、非常事態宣言が解除された。ラスタ王国の王都でのケガ人の数は多かったが、死者の数は三人、同盟国の中では被害は最少だった。

 家族とはぐれた者は再会し、命があることをお互いに喜んだ。

 

 動ける騎士達は王城へと帰る。宮廷の治癒士達が騎士達の手当てに当たった。


「キリア!」

 血まみれのキリアを見てユリアが抱きついた。右腕に火弾を受け、ダラリとなったまま、キリアはユリアを左手で抱きしめた。

「腕が…」

「大丈夫だ、このくらい。…頑張ったな。ユリアも…」

「でも!…アリアが…」

 ユリアの手が震えていた。

「ああ…カインから報告があった」

 キリアはそう言って唇を噛んだ。

「私は…何をしたらいい?」

「できることをするんだ」

「…分かったわ」

「実家は大丈夫?」

「ええ、さっきお父様から風メールで屋敷に被害はないと連絡があったわ」

「そうか…。良かった。じゃあ…あまり無茶はしないでね。俺はまだマリウス団長の代わりに仕事がある。しばらく忙しくなると思う」

「ええ。…あなたが無事で良かった」

「…ああ。ユリアが無事を知らせてくれたから、安心して戦えた」

「アリアが…言ってくれたの。戦ってる最中に連絡できないって思ってたけど…私の安全が分かれば…あなたが心置きなく戦えるって」

「…その通りだ」

 キリアはそう呟いてまた唇を噛みしめた。

「じゃあ、また連絡する」

「ええ、気を付けて」

 キリアはユリアにキスをして治療室に行った。



「カイン!」

 キャロラインとヴィオラが孤児院に空間移動して来たカインに駆け寄った。今までに見たことない程、ボロボロだ。

「カイン様、大丈夫ですか!?」

「ああ、僕は大丈夫…。アナスタシアが魔力も回復させてくれたから…」

「アリアは?!」

 ヴィオラはいつになく焦った表情でカインの服を掴んだ。

「…王城の治癒室にいる。今、お祖父様とスタークが付いてる。城の治癒士や魔法士達が集まって治癒を施しているけど…」

「どういうことなの?!」

「まだ分からない…息はしてるんだ。でも…意識がなくて」

 ヴィオラがガクッと倒れかけ、キャロラインがそれを支えた。

「魔力も…生命力もアナスタシアが回復してくれたのに…僕もお祖父様もやってみたけど、目を覚さない」

「…」

「父上とはさっき王城で会った。父上も財務省が今から忙しくなるだろうから、中々家には帰れないと言ってた。仕事を抜け出してアリアの様子を見に来るって言ってたよ」

 ヴィオラは唇を噛みしめ、震えを堪えている。キャロラインがヴィオラをグッと抱きしめた。

「…きっと大丈夫ですわ、アリアなら」

 キャロラインの言葉にヴィオラも気をしっかり持ち、頷く。

「僕はまだ騎士達の治癒と回復をしに騎士の砦に行かなきゃならない。それに…明日の朝には僕もスタークも、同盟国の魔物退治を手伝いに他国に派遣される」

「まだ戦うの?!」

 キャロラインが不安そうな顔でカインを見た。

「大丈夫だよ、キャロライン。…同盟国はまだ魔物が暴れ回ってる。非常事態宣言はラスタ以外、まだ解除できていないんだ」

「…」

「まだ家に帰れてない避難者がいる。キャロラインは孤児院を、母上は明日、王城でアリアの側にいてくれる?」

「…分かったわ。カイン…」

 ヴィオラは不安に押しつぶされそうな気持ちをグッと飲み込み、カインの手を握った。

「きっと無事で帰って来て」

「うん。約束するよ、母上」

 カインはそう言ってヴィオラにハグをした。

「キャロライン…何時になるか分からないけど、今夜ここに帰って来ていい?」

「待ってるわ」

「じゃあ、行ってくるよ」

 カインはキャロラインにキスをしてその場からいなくなった。



 アリアの功績を称え、ラジール国王は意識のないアリアを手厚く治癒するよう、来賓用の客室を与えた。

 ラステルは水晶をベッドに横たわるアリアの額に当て、呪文を唱えた。水晶は何の反応もなく、アリアはピクリともしない。

 スタークとジェイドはラステルの顔を見た。ラステルは首を横に振る。

「ダメだ…何の反応もない」

「魔力も生命力も満タンだ。これはどういうことなんだ?」

「…意識がないんじゃない。…魂がないんだ」

 ラステルの言葉にスタークとジェイドは言葉を失った。

 ベッドに横たわるアリアはまるで眠っているかのように安らかだ。ただ、スタークが感じていた違和感が的中した。眠っているんじゃない。そのアリアの身体から、アリアが感じられなかった。

「おそらく…ネリはアリアに殺される前にアリアの魂だけを転送したんだ。ここにあるのは、アリアの器だけだ」

「アリアの魂はどこに?!」

「…わからん。魂と言うものは物理的な存在ではない。だから、場所も、次元も、時間さえも関係なく、しばりもなく移動する。肉体がない分、しばりがないんだ」

「自分の意思で戻って来ることはできるのか?」

「…本人の意思とは関係なく、身体から無理やり剥がされ、転送されたんだ。アリアの魂は…言わば迷子だ」

「…」

「じゃあアリアは…アリアはどうなる?このまま、目を覚さないまま、息だけして…一生このままなのか?」

 ジェイドはラステルに問い詰める。

「分からない。奇跡が起きない限り…」

 二人のやりとりをスタークは一言も喋らず、ただ黙って聞いていた。


 ラステルが部屋を出ていくとジェイドはスタークの肩に手を置いた。

「すみません…アリアを守れなかった」

 掠れた声でスタークがそう言った。

「…分かってるだろう、君のせいじゃない」

「俺のせいだ…俺が…ネリにトドメを刺していれば…」

「スターク、意味のない言葉を口にするな。自分を責めてもいい方には行かない。君はアリアの奴隷紋を半分請け負ってくれた。それがあの子にどれだけの強みになったか…」

「けど…守れなかった」

 スタークはそう言ってアリアの胸元に光るネックレスを触った。加護がかかった魔宝石と婚約指輪だ。

「月がないと…意味がない」

 スタークは小さく呟いた。

「…明日、同盟国に行くんだろう?」

「はい」

「…必ず無事に帰って来い。君が信じてやらなきゃ奇跡は起こらない」

「…」

 スタークはその言葉にしっかりと頷いた。 

「…マリウスの所に行ってくる。一晩アリアを頼む。」

「…」

「食事を運ばせる。明日の戦いのために食事をして少しでも休め。何があっても…戦わなきゃならない。それが…魔聖騎士のさだめだ」

「…あリがとうございます」

 ジェイドが出ていくとスタークはアリアの頬に手を当てた。人肌の温もりはあるのにアリアを感じない。

 スタークはさみしくなり、立ち上がった。バルコニーに出て王都の街を見る。

 あの日、月の見える丘からアリアと見た王都の夜景は星を散りばめたように明るかったのに、今日の出来事で街の灯りはまばらで静かだ。

 今夜は新月だ。月明かりのない暗い夜は今のスタークの心と同じだった。










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