95. 月の丘の戦い
「スターク、アリア!」
ユリアを連れ、空間移動してきたラステルは二人の無事を確認し、安堵した。
「ユリアさん。よろしくお願いします」
「絶対に成功させましょう」
こんな状況に怯えているかと思いきや、ユリアの表情は闘志にみなぎっていた。
キリアとお揃いの指輪とピアス、それにはキリアの加護がかかっている。
ユリアはアリアの描いた魔法陣の中心に両手を重ね、呪文を唱えた。
ユリアの手から金色の魔法陣が拡がりはじめ、アリアの描いた魔法陣と重なって行く。
二つの魔法陣が重なった時、その魔法陣は光の柱になり、月をめがけて一直線に立ち上がる。
アリアは呪文を唱え続け、魔力を放つ。ラステルもその光の柱に補強の魔力を注いだ。
太い光の柱が月に届くと、ユリアも呪文を唱えた。まるで何かの儀式のようにアリアとユリアの呪文が重なり、光の柱はゆっくりと月に吸収されていく。
「いいぞ、その調子だ」
ラステルがそう叫び、ユリアの全身が光を帯びた。
月がゆっくりとした速度で上がっていく。
ユリアが呪文を唱え終わると身体から光が消えた。魔力が尽きたユリアはラステルに支えられ、やりきった表情でアリアを見た。
アリアは頷く。
「後は任せて下さい」
アリアは柱に魔力を注ぎ続ける。
__ドクンッ
アリアとスタークの背中の奴隷紋が疼いた。
__来たか。
スタークは神経を研ぎ澄ませた。このタイミングで来ることは予想していた。
「スターク、任せるわ」
「ああ。任せてくれ。…ラステルさん、ユリアさんと王城に戻って下さい!」
「しかし…いや…分かった」
自分とユリアがいたら足手まといになる。ラステルはアリアの肩に手を置き、できる限りの加護を与えた。
「アリア…また女子会しましょう」
ユリアはそう言ってアリアに笑った。ユリアの笑顔にアリアは癒される。
「ええ、楽しみにしてる。…ラステルさん、合図したら、気の魔法を解除して下さい」
「分かった。アリア、スターク、必ず無事に帰って来い」
ラステルはそう言ってユリアを連れ、その場からいなくなった。
あたりは霧が立ち込め、視界が悪くなる。
【カキンッ】
スタークは気配を察知し、剣で攻撃を受け止めた。
突如現れたネリにスタークは間髪入れずに立ち向かう。ネリは瞬間移動をするが、スタークはその動きを全て読んでいる。
「くっ…!」
容赦ないスタークの攻撃にネリは地面に叩き付けられた。力の差は歴然だ。スタークは凄まじい数の烈火弾をネリに撃ち込み、とどめを刺そうと、起き上がろうとするネリの心臓をめがけ突進した。
【ドーンッ】
空間の歪みから大きな魔物が現れた。
「!」
カラパイトに現れたのと同じ大きさだった。人型の黒い魔物は城程の大きさで、火を吹く。
「クソッ…」
スタークはダメージを受けているネリの身体を魔法陣で拘束し、シールドに閉じ込めた。ただトドメを刺すだけではまたジゼルに逃げられてしまう。
アリアはネックレスの加護で、ある程度護られてはいるが、魔物がでかすぎる。スタークは魔物がアリアに近づかないよう、気を引くように烈火弾を撃った。
魔物は森の木を焼き払うかのように口から炎を吐き、スタークを攻撃する。
『カイン!こっちに来れるか!?』
スタークはリアンでカインに叫んだ。
『すぐ行く!』
アテネ広場をキリアに任せ、カインがすぐに空間移動して来た。
「何これ…デカい!!」
「…カラパイトの時と大きさは同じだが、様子が違うんだ。あの時は魔物はただ闇雲に暴れるだけだったが…こいつは明らかに俺を狙って来る」
「?」
「おそらく…ジゼルがこいつを操ってる。さっきのネリからはジゼルを感じられなかった」
「こいつの中にジゼルが?」
「いや…まだ他にいる。奴は絶対にアリアを狙ってるはずだ。俺はこの魔物を引きつける。だからカインはアリアを頼む」
「こんなデカいの、スターク一人じゃ無理だ!」
「一人じゃない。アナがいる。ジゼルは宿主が死ぬ寸前、気体になって逃げていく。だから、とどめを刺す前にシールドに閉じ込めろ。ゾーンじゃなく、シールドだ」
スタークはそう言ってアナスタシアに飛び乗った。
「俺は大丈夫だ、こう見えても魔聖騎士だから」
スタークはそう言って心配するカインに笑った。
「分かってる…分かってるけど…」
__この魔物を一人で倒して、魔力を使い果たしてしまうのが心配なんだ。
カインは不安をぐっと飲み込むしかない。アリアは月に集中している。
「スターク…約束は守れよ」
「ああ。カインもな」
スタークはそう言ってアナスタシに乗り、巨大な魔物を引き付けるよう、攻撃し始めた。
カインは風魔法で自分の気配を消し、アリアを見張っていた。瘴気を含む濃い霧の中に少年がいた。こちらに気付かず、アリアに近付こうとしている。霧の中に黒い魔法陣が浮かび上がり、アリアに向けてそれを飛ばそうとしていた。
「させるか!」
カインがすごい威力で霧を吹き飛ばし、魔法陣を破壊した。
『小賢しい! 邪魔するな!』
割れるような声が頭に直接聞こえ、少年はカインに闇魔法で攻撃してきた。
「邪魔してるのはそっちだ!」
カインは少年の攻撃をかわしながら、応戦する。
アリアは背中の奴隷紋の疼きに耐えながら月に集中した。ゆっくりではあるが、確実に月は地上から離れて行っている。
見たこともない巨大な魔物の出現も、カインが背後でジゼルと戦っているのもすべて状況は分かる。
__早く…元の位置に!
気持ちが焦る。アリアは目を閉じ、祈るように口を開いた。
「我が守護神セレナの御名におき、我に力を貸し給え。あなたの大地、月がこの星を照らし、安寧を与える位置に戻し給え」
アリアはそう言ってさらに魔力を注ぎ込んだ。アリアの身体から魔力がどんどんなくなっていく。
【ギュイン】
光の柱から放たれる光が強くなり、明らかに速度が上がった。
「焦るな!アリア!ゆっくりでいい!」
魔物の攻撃をかわしながらスタークが叫んだ。
「大丈夫!私はできる!」
自分に言い聞かせるように叫び、アリアは魔力を注ぎ込んだ。
空間の歪みが少しずつ閉じていく。
カインは少年に火弾を浴びせるが、その身体はすぐ霧になり、実体を掴めない。そうかと思うと霧が自分の身体を纏わりついて、身動きが取れなくなる。
『死ね、雑魚め!』
少年はカインの身体を霧で包み、爆発しようとした。
【ドンッ】
爆発音がしたが、カインはマントで身を包み防御した。
「…キャロラインのマント、マジ優秀…」
カインはそう呟き、少年に火砲を放った。少年がまた霧に紛れようとした瞬間、風魔法で辺りの霧を一掃した。
「!」
灰色の気体になった少年が霧に紛れることができず、またすぐ少年の姿に戻る。
「そこだ!」
カインはすかさず少年の身体に火弾を撃ち込み、ゾーンを張って閉じ込めた。
「カイン! 避けろ!」
スタークが叫び、振り返ると巨大な魔物が少年を閉じ込めたゾーンをカインごと踏み潰しに来た。
「!」
ゾーンが破壊され、灰色の気体が魔物の体内に入って行った。少年の死体だけが地面に転がっている。
『皆殺しにしてやる』
魔物の身体から聞こえるジゼルの声にスタークとカインは剣を構えた。
「アナ、アリアを守って」
スタークの言葉をアナスタシアは理解したようにアリアの側に行く。
二人は総攻撃するが、霧の属性を加えた魔物はすぐに霧に紛れ、中々実体にダメージが与えられない。
__ドクンッドクンッ
スタークの背中の奴隷紋が疼く。今にも破裂しそうな痛みに歯を食いしばる。
「カイン、ゾーンで魔物を閉じ込めれるか?」
「…できるけど、これだけ大きいとすぐに破られるかも」
「それでいい!一瞬でいい、実体を固定して、ゾーンを破った瞬間に雷鎚を落とす。まずはこいつを倒さないと…」
「分かった」
スタークは空中に魔法陣を出した。魔法陣は空に舞い上がり、広がると、どんよりとした雲から雷電を集める。気をそらすようにスタークは魔物に攻撃を加えた。
「…僕に任せろ!」
カインはそう叫んで魔法陣を出した。その魔法陣を大きくし、魔物にぶちかました。魔物はその攻撃をかわそうと霧に紛れようとしたした瞬間、カインは先ほどのように大量の風で霧を吹き飛ばした。
「ゾーン!」
カインはグレーの気体を巨大なゾーンで閉じ込めた。
『!』
魔物はすぐさま実体に戻り、ゾーンを壊そうと暴れ出した。
スタークはさらに地面に巨大な魔法陣を描き、リアンでカインに言った。
『カイン!アリアの側で防御膜を張ってくれ』
「スターク!魔力の使いすぎだ!」
『こいつは一気に殺らないと倒せない!』
「じゃあ僕と二人で…」
『アリアを守れ。頼んだぞ』
スタークは右手で自分のピアスを触り、そう言ってカインの目を見た。
「!…分かってる!」
空に浮かんだ魔法陣と地面に描かれた魔法陣、二つともスタークの最大限の魔力を要するはずだ。
カインはアリアとアナスタシアの側に行き、防御膜を張った。
魔物が暴れ、火を吹いてゾーンを破った瞬間、スタークは両手を上げ、空に放った魔法陣を魔物にぶつけた。
【バリバリバリ…】
雲から集めた眩いばかりの雷電がスタークの放つ雷鎚と共に魔物に落ちた。
【ドーンッ!!】
地響きと共に魔物の身体を雷鎚が貫いた。
防御膜の外は大気に電流が流れ、森の木や草花は発火し始めた。
それと同時に地面に描かれた魔法陣が発動し、魔物をガラスのようなシールドに封じ込め、烈火が燃え盛る。
魔物が断末魔の叫びを上げ、もがき苦しんでいる。スタークは魔物を焼き尽くすまで魔力を送り込んでいた。




