90. 満月
十二月十五日、スタークは騎士の砦の執務室で書類仕事を終え、時計を見た。夕方の六時を過ぎている。今日は珍しく、書類も少なく、定時に帰れそうだ。
「終わりましたよ、マリウス団長。俺でもできる案件はこっちに回してください」
「ん、大丈夫だ、俺ももう終わるよ。先に上がれ」
マリウスはそう言って手で追い払う仕草をした。
ドアをノックし、アリアが顔を覗かせる。
「失礼します。マリウス団長、業務完了しました。終礼も終えてます」
「ああ、ご苦労さま。スタークももう仕事終わったぞ、連れて帰れば?」
マリウスの言葉にアリアはスタークを見てニコッと笑う。
「じゃあ、連れて帰りますね。スターク、家まで送って」
「ああ、いいよ。それではお先に」
「お疲れ様です、団長」
アリアは執務室から出るスタークに見えないよう、マリウスに小さく頭を下げるとマリウスはニヤリと笑って親指を立てた。
「夕食でも食べて帰る?」
スタークの誘いにアリアは首を横に振る。
「え?ううん、えっと…今日は私の好きな夕飯作ってくれるってシャナが言ってたもの。早く帰らなきゃ」
「シャナって、新しい料理人?」
「そう。色んな国を旅してたから、色んな国の料理を出してくれるの。今日はスタークも食べて行ってよ」
「突然行ったら迷惑だろう?」
「大丈夫、いつもたくさん作ってるもの」
「空間移動で帰る?」
「え? あ、いえ、馬車で帰りましょう。もうちょっと」
「?」
少し挙動不審なアリアの受け答えにスタークはピンと来る。
今日はスタークの誕生日だ。それなのに不自然なほど、アリアも含め、誰もおめでとうと言って来ない。
本当は二十歳の祝いにとラジール国王が王城でスタークの誕生日とアリアとの婚約披露パーティを開こうと提案して来たが、全力で断った。パーティなんて面倒だし、ドレス姿のアリアをあまり人目に晒したくない。
馬車でハルク邸に着くと、アリアはスタークの手を引き、玄関から中に入った。執事長のトーマスが出迎え、二人を広間に案内し、扉を開けた。
「スターク!お誕生日おめでとう!」
広間には、カインとキャロライン、ヴィオラにユルゲイ、ジェイドとピアナまでいる。そしてスタークの家族、ルイスとローズ、兄のケヴィンとルースまでいる。
予想外の勢ぞろいに、まるで豆鉄砲をくらった鳩のように驚いたスタークの顔を見て皆、満足げに笑った。
「お誕生日、おめでとう、スターク!」
アリアはそう言ってスタークにハグし、頬にキスをした。
「あ…あリがとう、みんな…わざわざ…」
「びっくりした?」
「うん」
「じゃあ、乾杯だ」
カインがそう言うと全員がシャンパンが入ったグラスを掲げた。
「スターク、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
全員が笑顔で乾杯した。生演奏の音楽がかかり、パーティは始まった。
「スターク、本当は母上も来たかったみたいだが、父上が拗ねるからって、遠慮したみたいだ。これ、父上からプレゼントだ」
ルイスがスタークに小さな箱を渡した。
「お祖父様が?」
「ああ。さすがに、あの頑固者もお前のアリア嬢への想いに折れたんじゃないか?」
スタークは祖父ヘラルドのプレゼントを開けてみる。金の小さな懐中時計が入っていた。小ぶりだが、その装飾は美しく、一目で高価なものだと分かる。
「…これは、私達家族からだ」
ルイスはそう言って小さな箱を手渡した。中身は綺麗なサファイヤのカフスボタンだった。
「あリがとう、父上、母上、兄さんたちも」
「スタークが二十歳か…。早いもんだな」
「そうね。可愛い婚約者もいることだし、早く孫の顔が見たいわ」
「気が早いよ、母上。まずはケヴィン兄さんのところ…あれ、そう言えば、イリスさんは?」
スタークがケヴィンに尋ねると、ケヴィンは照れながら言った。
「イリスも本当は来たがったんだけど、実は妊娠中なんだ。スタークにはおめでとうと伝えてくれって」
「おめでとうはこっちのセリフだよ、良かったね、ケヴィン兄さん」
「俺たち、春には伯父さんになるんだ。なんか、くすぐったいな」
ルースがスタークの肩に手を回してそう言った。
「伯父さんか…」
スタークはクスッと笑った。
「スターク、このミートパイ、私が作ったの!」
豪華な料理が並ぶ中、アリアがグチャッとしたミートパイを恥ずかしそうに指差した。
「ちょっとグチャッとしてるけど…完璧に作ったら、私が作ったって思わないでしょ?」
「アリアお嬢様、昨日の夜中二時までかかって作ったんですよ?」
シェフのシャナがそう言うと、アリアは顔を赤くした。
「夜中二時までかかってこのレベルは恥ずかしいから、言わないでよ」
「そんなことないよ、食べていい?」
「もちろん」
アリアはミートパイを切り、スタークに取り分けた。スタークはパクリと一口食べる。
「…めちゃくちゃ美味しい。あリがとう、アリア」
スタークの笑顔にアリアも笑顔になる。
「お兄様、服に食べこぼさないでね?」
「いつまでも子供じゃないんだから…っと、危ない」
カインはミートパイの中身を落としそうになり、キャロラインが皿でキャッチした。
「子供とか大人とか関係なく、カイン様はおっちょこちょいなんだから、気を付けて」
キャロラインの言葉に皆、笑う。
「スターク、これ、僕とキャロラインからのプレゼント。アリアとお揃いのブーツ」
「うわ、マジ嬉しい。あリがとう、カイン、キャロライン」
「スターク、おめでとう。私からは、これだ」
ジェイドは古くてゴツい銀の指輪を渡した。指輪の内側には小さく魔法陣が彫られてあり、手にとった瞬間、その指輪がただの指輪ではないことに気付く。
「この指輪は普段から身に付けておいてくれ。君の魔力を少しずつ蓄積する。最後の最後、魔力が枯渇した時に役に立つ。君の意思とは関係なく、君に役に立ってくれるはずだ」
「そんな貴重な物、いいんですか?」
「魔聖騎士に相応しい指輪だ。君に渡せることを光栄に思う」
ジェイドから指輪を受け取るとスタークはそれを右手の中指に付けた。
「スターク、これ」
パーティも終わり、アリアはテラスにスタークと二人きりになり、小さな箱を差し出した。
澄み切った冬の夜空を大きな満月が明るく照らしている。
月明かりにアリアの銀の髪はキラキラと輝き、少し酔った頬と唇はほのかにピンク色で艶っぽい。濃いハチミツ色の瞳がスタークを見つめる。まるで月の女神が舞い降りたように見えた。
白い息を吐きながら笑顔で差し出したプレゼントをスタークはアリアの手ごと掴み、愛おしそうに口付けた。
「あリがとう、開けていい?」
「ええ…気に入るといいいけど…」
アリアは少しドキドキしながら、箱を開けたスタークの表情を伺った。
琥珀のピアスだ。濃いハチミツ色のピアスはアリアの瞳の色と同じだった。スタークはそのピアスを見て、アリアの瞳を見た。
「アリアの瞳の色だ」
スタークは嬉しそうに思わず微笑んだ。
「なんか…ちょっと自分の瞳の色を身に付けさせるのはどうかと思ったんだけど…」
アリアは少し恥ずかしそうに笑う。
「それ、俺に言ってる?」
スタークは笑いながらアリアのネックレスを右手で触る。
「私は…嬉しかったから。このネックレス。あの時は、まだ友達として貰ったけど…」
スタークはクスッと笑う。
「…バカだな。友達にこんなの贈る男なんていないよ。これは俺のマーキングだよ。」
「…スタークって平気で嘘つくのね」
「うん。アリアを手に入れるためならね。…このピアス、めちゃくちゃ嬉しい」
スタークはピアスを手に取る。
「穴開けなきゃダメだけど、大丈夫?」
「ん、問題ない」
スタークはそう言って魔法で自分の耳にピアスを通した。
「似合う?」
「ん、ちょっと恥ずかしいけど、似合う」
「あリがとう」
スタークはそう言ってアリアを抱き寄せ、キスをした。
「…アリア、目を閉じて」
「?」
スタークはアリアの指に指輪を付けた。
「!」
アリアが目を開けると、左の薬指に大粒のダイヤモンドの入った品のある金の指輪がはめてある。月明かりに照らされ、ダイヤモンドがキラキラと輝いている。
「遅くなったけど、婚約指輪。これで君はもう逃げれないよ?」
スタークはそう言って笑った。
「あリがとう、素敵…!でもこれ…高そう。スターク誕生日なのに私がこんな高価な指輪をもらうなんてあべこべだわ」
アリアは満面の笑みでそう言って、自分の左手をじっと見つめている。
「カインにまた言われてしまうな。アリアにマーキングしすぎだって。俺はアリアのストーカーだから」
「うん。ずっとストーカーしてて」
アリアはそう言ってスタークの首に手を回し、背伸びをしてキスをした。
__この幸せがいつまでも続けばいいのに…。
口に出さない二人の気持ちが体温から伝わった。




