88. 予知夢
「初めまして、ユリア様。騎士団、青軍副隊長のアリア・ハルクと申します。キリア隊長に代わり、三日間私が護衛に付かせて頂きます」
アリアはユリアの前に跪き、騎士の挨拶をした。
「初めまして…キリアから、いえ、キリア隊長からあなたのお話は聞いてます、とても会いたかったんです」
ユリアはそう言ってアリアに笑顔を向けた。
「私もです。キリア隊長はユリア様の話になるとすぐに惚気るんですよ」
「あら、キリア隊長は、スターク様の惚気が酷いって言ってましたわ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
マリウスとキリア、スタークの三人は同盟国の軍事会議に出席するため、隣国のサリナス王国に出張している。
多発する魔物に対しての対策、カラパイトでの戦闘の経験からの戦略などを共有する為、大きな会議が開かれる。
ラスタに残ったカインが自分の白軍とスタークの赤軍を指揮し、青軍はアリアが指揮を執る。その中でも、ユリアの護衛は第一優先事項だった。
「ユリア様の…」
「様は付けないで下さい。あなたの方が爵位が上ですもの」
「いえ、騎士の仕事に爵位は…それにユリア様は聖女として扱うようにと…」
「だって、私、目覚めてから一年、あまり外には出してもらえず、お友達がいないんです。キリア以外、皆様、私に敬語で接してくるし、できれば…その…アリア様には…」
少し寂しそうなユリアの表情にアリアは微笑んだ。
「では…マリウス団長がいないところではアリアと呼んでください。私も、ユリアさんと呼ぶので」
「いいの?」
「キリア隊長は、眠っていた時間が長かったから、ユリアさんには沢山楽しいことを体験させてあげたいって。でも、自分は男だから何が楽しいか分からないって悩んでたわ」
「まぁ」
「私がユリアさんに女子の楽しみを教えるわ。ちなみに、今日はこれから魔法省に行かれるでしょ?」
「ええ」
「では、帰りに寄り道しましょう。キリア隊長とは行かないような所に」
アリアはそう言ってニヤリと笑った。
「ほう…珍しい組み合わせだな。ユリア嬢とアリアか」
ラステルは執務室に来た二人に紅茶とマカロンを用意する。少し緊張しているユリアとは対照的にアリアはリラックスした表情でマカロンに手を伸ばした。
「キリア隊長もスタークもマリウス団長とサリナス王国の軍事会議に行ってるんです」
「うちの魔法士達も二人行ったよ」
「各国、やはり魔物被害が増えてるんですね」
「ああ。サリナス王国には聖女がいる。魔物がその聖女を何度も襲撃していると聞いた」
「聖女って、どんなことができるんですか?」
「聖女の定義は国によって違う。多くは、瘴気を浄化したり、治癒や回復魔法能力に長けてる者が聖女と呼ばれる」
「ラスタに聖女の概念がないのは魔法を使える人が多いからですか?」
「そうだな。カインが女性だったら、間違いなく聖女と呼ばれるだろうな」
「ユリアさんの無限魔法はどう言う効果があるんですか?」
「そこなんだ。無限魔法をどのように使うかが悩みどころなんだ」
ラステルはそう言って古い本を開く。
「魔物達は無限魔法を使い、この大陸を瘴気の漂う世界にするだろう。ジゼルなら、魔法の範囲を無限にするだろうし…」
「私の無限魔法は存在しないほうがいいのでは…」
ユリアがそう言ってうつむくと、ラステルは首を横に振る。
「魔法の発現はその時代に必要なものが生まれてくる。スタークの魔聖が覚醒した時、ユリア嬢の目が覚めたと言うことは何か繋がりがあるはず。そして今、太陽と星がかつてない不穏な動きをしている。全ての出来事は偶然ではなく必然だ」
「私が眠りについていた時に見た夢も関係してくるのでしょうか?」
「夢を見ていたんですか?」
「ええ。予言めいた夢だったのに、その内容があまり思い出せないの。」
「うちの魔法師が精神魔法で夢の記憶をたどってみたが、記憶に鍵がかかっていたらしい。だが、もう一人精神魔法を使える者が現れたんだ」
「精神魔法…もしかして、スタークが言ってたわ。レオ?」
「そうだ。アリアも知り合いだったな。スタークの連れて来たマンダリの子だよ。魔法士のウィルソンがみてるんだが、中々の使い手らしい」
「じゃあ今からレオに会えるのかしら…」
「ああ。瞑想室にいるよ。アリアも行くかい?」
「ええ、会いたいわ。このマカロン、レオに持って行っていい?」
「ああ、もちろん」
「レオ! 久しぶり」
瞑想室のドアをノックし、アリアは椅子に座っているレオに声をかけた。
「あ!アリアさん!」
アリアの顔を見た瞬間、レオは顔を赤くして嬉しそうに笑った。レオのふと見せた笑顔にアリアは一瞬、ドキッとした。
__?
自分でも分からない感情にアリアは一瞬戸惑ったが、レオの元気そうな姿に安心した。
「なんか、二ヶ月前にマンダリで会った時より、大きくなった気がするわ」
「スタークさんにも言われたよ、それ」
「キャロラインからも聞いてるわ。毎朝、ちゃんとジョギングしてるって」
「そうなんだ。腹筋も腕立て伏せもやってるし、カインさんにもらった木剣で毎日素振りもしてるよ」
「えらいわ。来月の孤児院への剣の稽古は私の青軍が行くの。楽しみだわ」
「レオ、騎士じゃなくても魔法士になってもいいんだよ?」
ラステルの勧誘にウィルソンとアリアが苦笑する。
「初めまして…、魔法士のウィルソンです。ラステル長官からアリアさん達の話はよく聞いてます」
「アリア・ハルクです」
「ユリア様、ごきげんよう。今日は私ではなく、こちらのレオがユリア様の記憶をたどります」
「レオです」
レオが少し緊張して頭を下げた。
「ユリアです、よろしくお願いしますね」
「私は席を外した方がよろしいかしら?」
アリアがウィルソンに尋ねるとウィルソンはニコリと笑った。
「大丈夫ですよ。あなたがいた方がレオもリラックスできるみたいだし」
レオとユリアが向かい合って座り、レオはユリアの手を握った。
「さあ、レオ。意識を集中して。視てほしいのはユリアさんが長く眠っていた時の夢だ」
レオが目を瞑ると金色の淡い光が身体からにじみだし、ユリアを包んでいく。ユリアはゆっくりと目を閉じた。
「何が視える?」
ウィルソンが尋ねるとレオは目を閉じたまま語りだした。
「暗い…真っ暗な空間だ。ここはどこ…?大きな丸い物が浮かんでるんだ。すごく大きい…山よりも、その丸いのが沢山ある」
「…?」
「一つだけ火の塊みたいな一番大きい丸があって…表面が炎が躍るように燃えている」
レオの言葉にラステルはピンと来たようにレオに言った。
「レオ、そこは宇宙だよ。丸いのは星、そして燃え盛る炎の丸は太陽だ」
「うちゅうって…どこにあるの?」
「宇宙とは空の果てだ。我らが住んでいるこの星の外だよ」
「…宇宙。星…そうか。あの青い星に小さなまる…星がくっついてる」
「それは我らが住む星だ。青いのは海…小さな星は月だ」
「これが…俺達の住む星…綺麗だな」
レオは嬉しそうに微笑んだ。
「ユリアさんにも見えてるの?」
「ええ…宇宙…そうだわ。私が見た夢…」
「太陽の炎がすごく激しく燃えているよ。…なんか黒い大きな星が俺達の星に近づいて来てるんだ。…月が飲み込まれた。!?」
レオの身体がビクンとなり、ユリアの身体も震えだした。
「ユリアさん?」
「レオ!?」
二人の様子がおかしい。
「ウィルソン、中断だ」
「はい! レオ、もういい、戻ってこい!」
「…」
「レオ!」
ウィルソンはレオの手をギュッと握った。レオはハッとして目を開け、意識を取り戻したようにウィルソンの顔を見た。
「ユリアさん、大丈夫?」
「え、ええ」
少し血の気の引いたユリアにアリアは背中を撫でた。
「大丈夫か?二人とも…」
「…大丈夫です」
「うん…びっくりしたけど…大丈夫」
「お茶を淹れるわ」
「ああ、それなら私が…」
ラステルはそう言って部屋の隅に置いてあるテーブルセットで紅茶を淹れた。
「…落ち着いたかい?」
紅茶を飲みながらラステルの問いに二人は頷いた。
「何が見えたんだ?」
「…黒い大きな星が僕達の星に近づいてきたんだ。月を包み込んで…」
「…」
「月を吐き出したんだ。月は僕達の星に落ちていって…」
「月が落ちた?」
「僕達の星に墜落した」
「!」
「月が落ちた後…黒い影が地上を覆って広がって行ったわ」
ユリアはそう言ってハンカチを握りしめた。
「これはただの夢の可能性が…」
ウィルソンがそう発言するとラステルは渋い顔をした。
「太陽フレアの異常な活動、それによる磁場の変動、ただの夢であることを祈りたいが、そうとは思えん。ユリア嬢、この夢は一度だけ見たのですか?」
「いえ、何度も…見ました」
「もしこれが予知夢なら…ユリアさんの力はこの夢に関係してくるのでは?」
アリアはそう言ってラステルを見た。
「月が落ちて来るのは月の重力が無くなるからだわ。私の力で月の重力を変えれば」
「!」
「どう言う意味ですか?重力を変えるって…」
ウィルソンが尋ねるとラステルが答えた。
「アリアの属性に重力魔法がある。だが月の重力を変えるのはさすがに…!?」
ラステルとアリア、ウィルソンは同時にハッと気が付き、ユリアの顔を見た。
「そのための無限魔法!」
「なんて奇跡だ!」
「光が見えてきたぞ!」
興奮するアリアとラステルとウィルソンを見てレオは恐る恐るアリアに尋ねた。
「…じゃあ、この星は助かるの?」
「ええ。大丈夫よ。私達が必ず守るわ」
「でも私、何をどうすればいいのか…」
「それはラステルさんの得意分野でしょ?私はとにかく、重力魔法の鍛錬をするわ」
「そうだな…魔法陣、魔石…どうしたら効率良くユリア嬢の無限魔法をアリアに送れるのかを計算してみよう。ユリア嬢もこれから忙しくなるぞ?」
「嬉しい…! 家に籠ってばかりで護衛までいるのが心苦しかったんです!私でも人のお役に立てるなら!」
「役に立つどころの話ではない。君たちが世界を救うんだから」
ラステルはそう言って微笑んだ。




