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奴隷の呪いと  作者:


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86. ダリア

「フィル様、ダリア様がまたいなくなってしまって…」

 ナターシャが困った表情で剣術の稽古が終わったばかりのフィルにそう言った。

「フィル様はまだ稽古中だから待ってましょうと言ったのですが…」

 侍女たちが声を張り上げ、ダリアを探している。

「分かった、僕も探すよ」

 城の庭は草が生い茂る場所もある。侍女や騎士達が必死にダリアを探すが見つからない。

 フィルは城の中にある東の林に足を踏み入れた。前にダリアとこの林の奥の泉で水を飲んだ。

 フィルの腰の高さもある草をかき分け、小さな泉を目指した。

「ダリア!」

 小さな泉の横でシクシクと鳴いているダリアを見つけた。

「にいに!」

「ダリア、ケガしてるじゃないか!」

 こけて擦りむいたのか、右の膝から血が少しだけ出ている。フィルはダリアに駆け寄り、抱き上げた。

「どうしてこんな所に来たの?危ないじゃないか」

「にいににおみじゅをあげたかったの。けんのけいこ、のどかわくから…」

 ダリアは泣きながらティーカップをフィルに差し出した。

「…あリがとう、ダリア。喉が渇いてたんだ」

 フィルはそう言ってティーカップで泉の水をすくい、ゴクゴクと飲み干した。

「美味しい、あリがとう、ダリア。さあ…皆が探してたよ。戻ろうか」

 フィルはダリアを抱えたまま歩き出した。

「うん。にいに、なんでわたしがここにいるの分かったの?」

「…ダリアは僕の宝物だよ。宝物を捜すのは得意なんだ。迷子になっても必ず僕が見つけてあげるよ」

「うん」

 ダリアは嬉しそうにフィルの頬に自分の頬を擦り付けた。


「ミズリア、ダリアがケガしてるんだ」

 宮廷内のミズリアの執務室にノックして入って来たのはジオルグの王太子、フィルだった。

 銀色の髪に緑色の瞳、十一歳のフィル・プロメテウス・ジオルグはまだ四歳の妹、ダリアを抱えている。

 ダリアの膝は擦りむけ、血がついているが、当の本人は泣きもせず、笑いながらフィルの頬をその小さな手でペシペシと叩く。

「フィル殿下、ダリア様はケロッとしてますよ?」

「でも血が出てる」

「はいはい、わかりましたよ」

 必死なフィルの表情にミズリアはなだめるようにそう言うとダリアを抱き上げ、診察用のベッドに座らせた。

「消毒しますね。ダリア様、痛いですか?」

 ミズリアがダリアの顔を見るとダリアは濃いハチミツ色の瞳を細めて笑う。

「ううん、いたくない」

「フフ、ダリア様はお強いですね」

「傷が残ったら大変だ、ミズリア、治癒魔法使って」

「わかりました。少しじっとしておいてくださいね、ダリア様」

 ミズリアはそう言ってダリアの膝に手をかざした。治癒師ではなく、医師なので治癒魔法はあまり得意ではない。が、この程度のかすり傷ならなんとか治せる。

「うぁ…なんかあたたかい」

 ダリアはにっこりと笑ってミズリアを見た。その笑顔にミズリアもフィルも釣られて笑顔になった。

「ありがと、ミズ…リ」

「ミズでいいですよ。…フィル殿下はダリア様を本当に大事になさってますね」

 ミズリアの言葉にフィルは少し恥ずかしそうにダリアを抱き上げた。

「ダリアは僕の宝物だもの」

「あらあら、これじゃあダリア様がいつかご結婚される時は大変ですね。よっぽど素敵な王子さまじゃないと」

「けっこんってなあに?」

「ま、まだダリアはそんなの知らなくていいんだよ」

「?」

 ミズリアはクスッと笑い、フィルの銀色のクリクリした髪を撫でた。

「フィル殿下にも素敵なお姫様が現れるといいですね。婚約の話が来ていると聞きましたよ?」

「僕もまだ…ダリアがいれば別に」

「フィル殿下、宝物と言うものは一つじゃなくてもいいんですよ。宝物が増えていくことは素晴らしいことですから。全ての出会いは偶然、必然、必用なのですから」

「…うん。でも宝物が増えても、僕の一番の宝物はダリアだ」

 フィルはそう言ってダリアを見て笑った。



__十二年前 ジオルグ

 日が沈みかけているのに月の姿はどこにも見当たらない。

 夕食の席に着こうと王宮の食事の間の扉を開けた瞬間、フィルと、ダリアを抱き抱えたナターシャは目を疑った。

 騎士達は血を流して倒れ、生臭い血の匂いが立ち込めていた。

 叔父のカルデナスは食事の間に神経毒の香を焚き、護衛騎士を麻痺させた。カルデナスは自分の兵士たちを従え、護衛騎士を殺して行った。

 その剣は容赦なく、今まさにフィルの両親、ジオルグ王とその后ロベリア妃にに剣を突き刺している。

「逃げろ…!フィル!逃げろ!ダリアを連れて!」

 ジオルグ王はカルデナスに剣で胸を刺されながらも必死に叫んだ。ロベリア妃はもう既に息絶えていた。

「父上!母上!」

「来るな! 早く逃げろ!」

 カルデナスが追えないよう、ジオルグ王はカルデナスの身体を炎で包んだ。

 

 ナターシャは呆然とするフィルの手を引き、走り出した。

 城の中は瘴気が立ち込め、黒い見たことのない魔物がウヨウヨとしていた。騎士達は倒れ、死体に魔物が群がっている。

「フィル様!こちらです!」

 侍女のナターシャは五歳になったダリアを抱き抱え、フィルと共に中庭に抜ける廊下を走った。 フィルは防御膜を張りながら剣で襲いかかる魔物たちを切り裂く。


「早く城の外に…!?」

 魔物が中庭に出る通路を塞いでいる。ナターシャはダリアを抱えたまま、フィルを見た。

「こっちだ!」

 フィルはそう言って厨房の扉を開けた。使用人二人が魔物に襲われて息絶えていた。

「ナターシャ、ダリアを連れて逃げるんだ!」

「フィル様!」

「カルデナスは魔物に取り憑かれてる! きっと僕らを根絶やしにするつもりだ!」

「フィル様も一緒に!」

「僕の魔法なら、ダリアとナターシャの存在をカルデナスの記憶から消せる。二人で逃げるんだ!」

「ダメです!そんなこと!」

「ナターシャ!これは命令だ!」

 フィルはナターシャの手首をぐっと握り、強く言った。いつも穏やかなフィルではなく、覚悟した顔だった。

「こわい!ねぇ!パパは!?ママはどうなったの!?」

 ダリアは泣きながらフィルにしがみついた。

「やだ!にいにといっしょいる!」

「ダリア…」

 泣きじゃくるダリアの顔を見てフィルは胸が張り裂けそうに痛んだ。

「ダリア、泣かないで。大丈夫…君は僕の宝物だから、きっと幸せになるんだ」

「やだ!にいにといっしょ!」

「お願い…ダリア、言う事を聞いて。泣かないで…お願いだから」

「やなの!にいにと…」

 泣きじゃくるダリアの額に手をかざし、フィルは呪文を唱えた。心閉の魔法でダリアの悲しみの感情を封じた。

「これでもう悲しくないよ。だからもう泣かないで」

 フィルの魔法でダリアの涙が止まった。悲しい感情がまるで何かの殻で包まれたようになくなっていく。

「ダリア…幸せになって」

「いやだ…にいにも…」

「…いつか、また会える気がする。必ず…会いに行くよ。だから…」

 フィルはそう言ってダリアの額にキスをした。

「…愛してるよ、僕の宝物」

 そう言って再びダリアの額に手をかざし、意識を奪った。

「ナターシャ、ダリアを頼む。カルデナスから二人の存在を消すから…とにかく逃げて。僕が生きてる限り、防御膜は消えない。だからできるだけ遠くに…絶対に捕まらないで」

「フィル様…」

「僕にはこれしかできない。だから…」

 フィルはそう言ってナターシャに宝石の付いたブローチを渡した。

「早く行って!」

「はい!」

 ナターシャは歯を食いしばり、ダリアを抱いてその場から逃げた。


『フィル。なぜ逃げる?』

 頭の中に響く二重に割れた声がし、厨房のドアが開いた。

 服が焼け、全身黒焦げになったカルデナスがフィルを見てニヤリと笑った。

『あぁ…フィル。ダリアをどこへやった? 俺の可愛い姪を…』

「どうして…」

 そう問おうとしてフィルはやめた。相手はもう既に魔物に取り憑かれている。


 カルデナスは甥のフィルに対してたまに会うと嫌味を言ってきた。

「王族で精神魔法が使えてもあまり意味がないな。歴代の王は皆、攻撃魔法が強かったのに」

 子供ながらに叔父であるカルデナスの嫉妬は薄々感じていた。笑っているのに、その瞳の奥はジトッとした蔑むような目。


『ダリアを逃がしたか?バカだなぁ、どうせすぐ見つける。可哀想に…攻撃魔法が使えれば、俺を倒してダリアを守れたのになぁ?』

 カルデナスはそう言って血まみれになった剣を振り、血を飛ばしてニヤリと笑った。

「ダリアは守る」

『守れないさ…お前は何一つ守れないんだ!死ね!己の無力さを呪うんだな!』

 カルデナスがフィルを殺そうと踏み込んだ時、床に描いたフィルの魔法陣がカルデナスの身体を包みこんだ。

【ドーンッ】

「?!」

 魔法陣が爆発を起こし、カルデナスの身体が吹き飛んだ。

『くっ…!小ざかしい真似を!この程度の攻撃じゃ俺は死なない』

「!」

 カルデナスの剣がフィルの心臓を貫いた。

『ファハハハハハ! 殺してやった!俺以外の王族は全て根絶やしにした!俺だけが王だ!俺だけが王だ!』

 魔物に取り憑かれたカルデナスの声が城に響いた。

 フィルはほくそ笑み、息を引き取った。



 






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