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奴隷の呪いと  作者:
8/15

8. 魔力もつれ

「ねぇ、お願い! スターク、僕と一緒にティクルに行ってくれ!」

 明日から進級前の約二週間の長期休暇に入る。カインは朝、学校に着くなりスタークに手を合わせた。

「ティクルに?」

 ハルク侯爵領のティクルには馬車で丸一日かかる。

「うん、やっとね、初めて妹に会えるんだ! 去年の秋に父上と母上は会いに行けたけど、僕は学校だったから。今回、父上が連れて行ってくれるって約束したのに、なんか仕事が入って父上は行けないんだ」

「ああ…カナド伯爵の領地ですごい金額の脱税があったって新聞に載ってたね。その処理があるんだろう」

「僕にはわかんないけど。でも、父上が行けなくなったから、母上と二人で行くことになったんだけど、僕と母上だけじゃ心配だって、父上が言うんだ」

「心配?」

「途中、うちの領地じゃない場所を通るんだけど、魔物や盗賊が出るかもしれないって」

「護衛騎士をつければ?」

「母上が、長旅なのに知らない人と長時間は嫌だって言うんだ。だから、スタークがいれば魔物だってやっつけられるだろ?」

「いや、それは…」

「だって、こないだ野外授業の時、森から降りてきた猪みたいな魔物、やっつけたじゃないか」

 四ヶ月前、野外授業で魔法の実習をしていた時、大きな猪型の魔物が二体、生徒達の前に現れた。教師は一人だったため、恐怖で泣き叫ぶ一年生達を安全に避難させるのに精一杯だったが、スタークは二十メートル先にいた魔物を一体は烈火の魔法で焼き切り、もう一体は雷を放ち、感電させ、退治した。

 それはスタークにとっては初めての魔物と対峙する実戦であり、自分の魔法を具現化する実験でもあった。低学年では攻撃魔法をまだ教えないため、教師は戸惑ったが校長に報告し、けが人を一人も出すことはなかったので表彰された。


「母上もスタークがいるなら安心だって」

「いや…八歳の子供に頼るの?普通…」

 カインの家にはしょっちゅう遊びに行ってるのでカインの家族とは仲が良い。母親のヴィオラはスタークをお気に入りで、遊びに行くとスタークの大好きなフルーツのタルトを用意してくれている。

 その信頼が少し嬉しいが、祖父のヘラルドの許可が下りるかが心配だ。


「…それに…ちょっと…じゃなくて、かなり緊張するんだ」

「え、何?」

「妹に初めて会うの…かなり緊張する。妹なんて初めてだし…スタークはよく令嬢達に話しかけられてもちゃんと相手ができるだろ?」

 カインはスタークの手を握り、目を見つめる。

「そんなものかな…?僕も妹はいないから分からないけど」

「母上が言ってた。アリアはかなり可愛いって。でも、かなりお転婆で、お祖父様から魔法や剣術まで習ってるんだって」

「元ハルク侯爵が?」

 スタークの目の色が変わった。国の英雄、魔聖、ラスタの守護竜と呼ばれるジェイド・アレース・ハルクには前からぜひ会ってみたかった。

「いつから何日間行く予定なの?」

「来週頭から六日間の予定だよ」

「僕が行っても…元ハルク侯爵は嫌じゃないかな?」

「お祖父様が僕の親友に会いたくないわけないだろ? それに君のことはしょっちゅう手紙に書いてるんだ。いつか連れておいでって返事に書いてあったし」

「ほんと?」

 スタークの目がキラキラ輝く。

「…あ、でもスタークの方がお兄ちゃんならよかったのにってアリアに思われたらどうしよう…」

「そんなこと思うわけないだろ?」

「そうなかぁ。でも、スタークと行きたいな」

「…今週中に来週の勉強も済ませて、お祖母様にお願いしてみるよ」

「ありがと!」

 カインは嬉しそうに笑った。


 馬車に揺られ、カインはスタークの肩に寄りかかり口をあけて間抜けな顔で眠っている。スタークは気にせず、本を読んでいる。二人の向かい側に座ったヴィオラがカインの寝顔を見てクスッと笑った。

「本当にあなたが来てくれて助かったわ。前回来た時、馬車に乗ってる時間が長すぎて大変だったのよ。まさか魔法でこんな時短ができるなんて」

「馬に強化魔法をかけただけですよ。馬の負担も少なくなるし、二倍は早く着きます」

「でもそれだけじゃないでしょ? この乗り心地。全然振動が来ないもの」

「キャビンを少しだけ風魔法で浮かせてるんです。」

「そんなの誰に習ったの?」

 ヴィオラは目を丸くしてスタークを見つめる。

「習ったわけじゃないんですけど、母が実家の領地に帰る時、馬車の振動が腰に来るって言ってたので、試しにやってみたんです。その時はまだ五歳くらいだったから、僕の魔法では長い時間は耐えきれなくて」

「あなたって本当に天才なのね。カインは魔法、イタズラにしか使わないのに」

「でも、カインはうちのクラスの中でも、魔力量は大きい方ですよ」

「そこはその子のお祖父様に似たのでしょうね。私とユルゲイなんて魔法なんて生活魔法くらいですもの」

「僕の両親も兄達も魔力量は少ないですよ。でもその代わり、それぞれ特殊な能力があります」

「そうなの?」

「父は記憶力がすごくて、上の兄は植物や農作物に詳しく、下の兄は天気を予報してくれます」

「そうなのね」

「カインの父上も、もしかして数字に強いとかって能力がありませんか?」

「確かに…難しい計算も頭の中でしてしまうもの」

「人には必ず得意不得意があるものですよ」

「やだ、スタークったら、ほんとにカインと同じ年? じゃあ、私にもあるかしら?」

 ヴィオラの質問にスタークはニコリと笑い、ヴィオラの横にある籠を指差した。

「お菓子を作る能力」

 その笑顔にヴィオラはキュンとし、籠を膝の上に置いた。

「もう! あなたって本当に罪よね。その間抜けな寝顔の息子が起きてから一緒に食べようと思ってたけど、先に食べちゃいましょ」

 ヴィオラはそう言って籠の中からスタークにイチゴのタルトを出して手渡した。



 普通なら夕方に着くはずの馬車がスタークのお陰で、昼過ぎにティクルの公爵邸に着いた。馬車が到着すると知らせを受け、ジェイドとピアナが外まで出迎えに来た。

「まぁ! 一年ぶりかしら! カインが大きくなってるわ! いらっしゃい」

 ピアナがカインを抱きしめる。スタークはジェイドと目が合うと珍しく緊張した表情で深々と頭を下げた。

「はじめまして、スターク・ヘリオス・ステイサムです」

「ほう…」

 ジェイドはスタークの姿を見て興味深そうに目を見張り、すぐに笑顔を見せた。

「ジェイドだ、よく来たね。カインの手紙で知ってるよ」

 その笑顔にスタークは少しホッとする。自分の祖父、ヘラルドがジェイドに対して確執があるのをスタークは気にしていた。

「いらっしゃい。ピアナよ」

 スタークは微笑むピアナの右手を取り、軽く跪いて貴族の挨拶をした。手にキスをするのは大人がすることで、子供はまだしない。

 カインはキョロキョロとしてまた見ぬ妹を探す。

「お祖母様、あの…その…僕の妹は?」

 カインがそう尋ねると玄関の横に植えてある大きな楓の木がガサゴソと音を立てた。

「え!?」

 全員が上を見上げるとアリアが十メートル上の太い枝の上にしゃがみ、一メートル間隔にある枝を伝いながら地上に降りてくる。

「ひぃ…! あ、アリア!?」

 ヴィオラが真っ青になってオロオロとし、ジェイドとピアナは「またか…」と言う表情で苦笑している。カインもスタークも目を丸くして器用に降りてくる少女に釘付けだ。落ちないようにヴィオラが下で手を広げるが、三メートルくらいの高さになったので、アリアは身軽にストンとカインとスタークの前に舞い降りた。

 銀髪のふわっとした長い髪に、くるっとした濃い蜂蜜色の瞳、白い肌に頬と唇が健康的にピンクでその美しさにカインもスタークも一瞬見惚れている。水色のワンピースは木の葉が付いている。

「もう、アリア! せめて初対面くらいは大人しくしなさいって言ったでしょ?」

 ピアナがワンピースの木の葉を手で払いながらそう言うとヴィオラが思わず笑い出す。アリアは唖然としている二人を見上げニコリと笑った。

「初めまして、アリアよ。…で、どちらが私のお兄様?」

 まるで天使に話しかけらてるかのように驚いているカインはハッとして前に出た。

「あ、ぼ、僕だよ。カインだ」

「カインお兄様ね!」

 アリアは嬉しそうに右手を出した。カインは貴族の挨拶ではなく、恥ずかしくて握手をした。

「で…こちらの…うわぁ。王子様みたい」

 アリアは少し驚いてスタークを見上げた。その言葉にスタークは少し戸惑いながら苦笑する。カインもヴィオラも初めて会った時、同じ事を言った。

 一体この家族はどの王子様のことを言っているのか…スタークは少し疑問に思いながら軽く跪き、右手を差し出した。

「カインの友達の、スターク・ヘリオス・ステイサムです。初めまして」

 金髪に群青色の瞳、カインより少し背が高く、その微笑みにアリアは貴族の挨拶で右手をスタークの掌に乗せた。

『パーーン!!』

「!!」

 何かが破裂した様な音と物凄い光が二人の手から放たれ、何かが爆発した。

「キャア!」

 爆風でアリアの身体とスタークとカインが3メートル程後ろに吹き飛ばされた。何が起きたのか誰もわからず、ジェイドは驚いてアリアを見た。

「うわぁ〜ん!」

 アリアの右手が肩まで赤く焼けただれている。まるで雷に撃たれたように電紋が腕に張り巡らされている。

「アリア!」

 ジェイドはアリアを抱きかかえ、スタークを見た。衝撃に反応して咄嗟にか反射的にか防御膜を張ったスタークは、身体を起こしながらも驚いた顔でアリアの焼けただれた腕を見て呆然としている。カインは真っ青な顔でスタークの腕を見た。

「スターク! 腕が!」

 スタークの右腕は火傷ではなく、だらりとして見るからに折れている。

「エンタングルメント(魔法もつれ)か!」

 スタークはそう叫び、アリアの腕に治癒魔法をかけた。水魔法で右手を包み、冷やしながら治癒をかける。赤みが引いていき、電紋がみるみる消えて行く。アリアは焼き焦げたドレスの袖を見て泣きじゃくっている。ジェイドはアリアをピアナに渡し、スタークの側に駆けよった。

「大丈夫か?」

 スタークは右肩に左手を添えながら心配そうに泣きじゃくるアリアを見つめている。ジェイドはスタークのダラリとなった右腕の様子を見ながら驚く。すごい圧力がかかったのか、肩が外れ、手首と指の骨が何本か折れている。

「咄嗟に防御魔法を張ったのか? 正解だな、もしそうでなければ骨が粉砕されていた」

「アリアは…アリアは大丈夫ですか?」

 スタークの声が震えている。自分が人を傷つけたことにかなりショックを受けているようだ。

「大丈夫だ、それより、君の治療をしよう」

「き、傷は残りませんか? 女の子なのに…」

 スタークの言葉にジェイドはしゃがみ、スタークの目を合わせた。

「大丈夫だよ。私がちゃんと直したから。君はカインと騎士になるんだろう?剣が持てないと騎士にはなれないよ」

「カイン、ピアナとアリアを部屋に連れて行ってくれないか?」

「う、うん」

 カインはピアナに抱きかかえられているアリアの背中をさすり、付き添って屋敷に入った。

 ジェイドがスタークの右腕に治癒魔法をかける。腕の内部の骨をイメージしながら丁寧に折れた個所を治していく。

「…よし、あとは自分の治癒力で明日には元に戻るだろう。 さぁ、中に入ろう」

 ジェイドはヴィオラとスタークを屋敷の中に招き入れた。

 アリアを寝かしつけ、カインとピアナが応接間に来た。

「アリアは少し興奮気味だったから、寝かせて来たわ。あなたは少しは落ち着いたかしら」

 ピアナは紅茶を飲んでいるスタークの肩に手を置いた。

「はい…すみません」

「謝る必要はない。スタークのせいじゃないよ」

 ジェイドはそう言って書斎から持って来た古い魔法書をパラパラとめくる。

「あれは何だったのですか?」

 ヴィオラも内心はかなり動揺していたのだが、子供達の手前、落ち着いて見せている。 

「あぁ、多分、エンタングルメント、『魔力もつれ』と言われる現象だ」

「何?、それ」

 カインはメイドが持って来たクッキーに手を伸ばし、スタークに一枚渡し、もう一枚はほうばった。

「相性と言うものが魔法属性にはある。例えば、火と水、お互いがその効力を消そうとする。スターク、君の属性は四つあるんだったよね? それは何?」

「風、土、烈火、雷です」

「烈火と雷って何?聞いたことないよ?」

 カインは驚いてスタークを見る。

「火よりも強い火だ。雷も烈火も珍しく、古代魔法と言われ、今その力を持つ者は珍しい」

 ジェイドはそう説明しながら本をめくる。

「アリアも、四つの属性持ちだ。風、水、気、重力。スタークと同様、気と重力は古代魔法の力だ。恐らく、アリアの腕に負った傷は雷。スタークの腕を折ったのは重力。この二つの相性が悪かったのだろう」

「でも、火属性と水属性の人が相性悪くても、あんな爆発みたいにはならないよ?」

「エンタングルメントは相性だけじゃない。相性の悪い互いの魔力量が全く等しい時に起こる」

「全く等しい?」

「そう、全く等しい」

 ジェイドは本を閉じ、スタークを見た。

「魔力量は人によって違うだろう?例えば、火と水、どちらかの魔力量が少しでも上回ればエンタングルメントは起こさない。相性の悪い属性を持つ二人の魔力量が全く同じなんて確率は1%くらいだろうな」

「あら、凄いわね、こんな偶然が重なるなんて。でも触れなければ大丈夫なんでしょ?」

「ああ、直接触れなければ問題ない」

「…」

 スタークは黙ったまま紅茶を飲んだ。

「魔力量がお互い高かったからあれだけの衝撃になったんだろう。私も初めて見た」

「でも、お祖父様がいて良かった。治癒魔法も大事だね」

「ああ。でも、治癒魔法は得意不得意があるからな。経験値も必要だ。」

「スターク、もう気にすることないわよ。とにかく大丈夫だったんだから。せっかく来たんだから、切り替えて楽しみましょう」

 明らかに落ち込むスタークにヴィオラが微笑んだ。

「あリがとうございます」

 スタークはそう言って微笑んだ。



 夕食の時間、アリアが食卓についた。あれだけ泣きじゃくってのが恥ずかしいのか、少し拗ねた顔をしている。スタークと目が合うとアリアはキッと睨みつけた。

「…さっきはごめん」

 スタークがそう言うとアリアは悔しそうな表情でプイと横を向いた。

「…」

「アリア、さっきのはスタークが悪いわけじゃないのよ。アリアの力とスタークの力がぶつかっただけで、あなたを攻撃したわけじゃないのよ」

「そうだよ、スタークだって腕の骨が折れたんだ。わざとじゃないよ」

 カインの言葉にアリアは唇をぐっと噛む。

「アリア、スタークは謝ったわ。あなたは謝らないの? 器の大きさまで負けちゃうわよ?」

 ピアナはからかうようにそう言うとアリアはしゅんとしてスタークを見た。

「…許すわ。私もごめんなさい」

「あ、いや、僕は男だから…大丈夫だよ」

 その言葉にアリアは再び噛み付く。

「私だって大丈夫だもん! 私は女でも、ティムにもカストルにも負けないわ。」

「誰?」

「アリアの友達よ。いつも一緒に遊んだり、ティムはアリアと一緒にジェイドに剣術も習ってるの」

 ピアナの説明にカインとスタークは顔を見合わせた。

「お祖父様、僕とスタークにも剣術を教えて下さい」

「お願いします!」

 ジェイドは二人を見てニヤリと笑う。

「ああ。四日間みっちりと仕込んでやろう。都会のお坊ちゃん達に私の稽古は厳しいぞ?」

「ありがとうございます」

「だったら二人共たくさん食べなきゃね。お野菜はジェイドが作ってるのよ」

「はい!いただきます!」

 二人は元気よく返事をした。











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