76. マルレ
森に狩り終了の合図が鳴り響いた。生き残った者は一時間以内に森の中央にある広場に来なければならない。
貴族達は仕留めた奴隷の首と生け捕りにした奴隷を連れ、換金する。
「サンドラ様、今回の狩りで、貴族の死者が二人も出ました。負傷者は八人です。しかも、騎士が六人殺され、十一人が重傷です。金のライオンに殺られたと…」
宰相がサンドラの耳元でそう報告した。
「へぇ…あのライオンが?キレイな顔して、残酷なことするのね。で、誰かあのライオンを狩ったのかしら?」
「それが…今回、生き残った奴隷が五人もいるようで…もちろんあのライオンもその中に含まれてます。こんなに生き残りがいるのは初めてです。いつもはせいぜい、一人、二人なのに…」
「あら…不甲斐ない貴族達ね。いいわ…その五人、城に連れてきなさい。表彰してあげるわ。だって、優秀ですもの」
「はい、かしこまりました」
広間に集まった五人の奴隷達は全員、檻の馬車が用意された。
「さぁ!早く乗れ!」
スタークとレオの他に、中年女性の奴隷が二人、あとはガタイの良い顔に傷のある奴隷だった。
「全く…女の奴隷が二人も生き残るとは…」
「どうせ良い隠れ場所でも見つけてずっと隠れてたんだろ」
「運がいいな。ほら、クソババア!さっさと乗れ!」
騎士が中年女性の手を乱暴に引っ張ろうとしたが、スタークが咄嗟にその女の奴隷に手を差し伸べた。
「!…足元、気を付けて」
茶髪に茶色の瞳と薄い褐色の肌の中年の女性はスタークの手を取り、微笑んだ。
「あリがとう、ライオンさん」
「…いえ」
スタークはそう言ってレオの横に座った。もう一人の女奴隷は、黒髪で肌の色が白く、中年と言うには少し若い。最後に馬車に乗って来た大男はいやらしい目でその黒髪の女奴隷を見て隣に座った。
「へぇ…お前が金のライオンか。サンドラのペットになるんだろう? 羨ましいなぁ…あの女帝を四六時中、抱いてイカせて…それでお前もいい生活ができるんだから」
「じゃあお前がしろよ」
スタークがそう言って男を睨みつけた。その殺気に男は黙る。
「身元確認だ! 名を名乗れ!」
騎士が手配書を見ながらそう言った。
「ライオンはいい。おい、そこのガキ」
「レオ」
「茶髪の女!」
「…マルレ」
「黒髮の女!」
「テ…テレシア…」
「お前は…」
「ナジルだ」
「…確認が取れた。 クソ、騎士を六人も殺しやがって…」
そう言ってその騎士は五人を馬車から降ろし、王の間に連れて行った。
二日前__
「お前、運が良かったな。丁度明日、狩りが行われるんだ。サンドラ様の気まぐれでな。奴隷を五十人揃えろって言われたのに、囚人奴隷の数が足りなかったんだ。狩りに出される奴隷を献上すりゃ、倍の値段で買ってもらえる」
奴隷商に変化したカインは案内された城の受付で兵士に言われた。
「…明日、狩りが行われるのか?」
「ああ、なんでも、ペットの躾だとよ」
「ん?どう言う意味…だ?」
「キレイな顔をした奴隷が献上されたんだ。でも躾がなってないから、明日の狩りに出されるんだと。まぁ、躾されて男娼になるんだろう」
「男娼って?」
変化魔法で中年女性の奴隷になったアリアが思わず尋ねた。
「男娼って…そりゃ、女に奉仕するのさ。サンドラ様が満足いくまで舐め回して、突きまくるのさ」
「!?」
「まぁ、お前みたいな枯れたクソババアには関係ない話だ。さぁ、行った行った!」
兵士はカインに三十万マダーを渡し、アリアに奴隷達が押し込められている部屋に追いやった。
アリアは振り向き、カインの目を見て頷く。カインは魔法で壁に立てかけてあった槍を倒し、その兵士の頭にぶつけてやった。
「痛っ…なんだよ、急に」
__アリアをクソババアって言った仕返しだ。
カインのイタズラにアリアは笑いをこらえて奴隷達がいる部屋に入った。
アリアが入った部屋は十五人程の奴隷がいた。皆、入って来たアリアを値踏みするように見てくる。女性の奴隷は珍しいのか、アリアともう一人しかいない。
「チッ…トシマかよ」
若い女ではないことに奴隷達は舌打ちし、アリアから目を離した。
女奴隷は歳は三十代後半くらいだろうか、黒髮に黒い瞳だ。まだ奴隷紋の焼印が押されて間もないのか、赤く炎症をおこしている。膝を抱え、ずっと震えていた。
「横に座ってもいいかしら?」
「ど、どうぞ…」
「背中…痛そう。冷やさなきゃ…」
「だ、大丈夫です」
「みんなが寝静まったら冷やしてあげるわ」
「…そんな」
「狩りに出される奴隷は囚人が多いって聞いたけど、あなたも?」
「私は…違います。お金の為に…」
「?」
「三人の子供がいます。下の子が生まれつき病弱で…医者や治癒しに診てもらうお金もなかったんです。この奴隷の募集を見て…」
「…あなたがいなくてはダメでしょう?」
「…もうどうすることもできなくて。三十万マダーあれば…治癒士にも診てもらえるし、しばらくはあの子達の食事代にはなります」
「…ご主人は?」
「二年前に他界しました。分かってるんです…三十万マダーでも、その場しのぎだってことは…。でも…私があの子達にできることはこれくらいしかないんです」
女はそう言って微笑んだ。その強くて悲しそうな笑みにアリアの胸が締め付けられた。
「明日、狩りが始まったら、貴族の前に飛び出します。もし…良い貴族の方なら、たまに子供達に会わせてもらえるかもしれない」
「…良い貴族はこんな人間狩りなんかしないわ」
「…」
黒髪の女奴隷は込み上げる涙をグッと堪えていた。
「…でも良かったわね。あなた、運がいいわ」
「?」
「私が守ってあげる」
「?」
「マルレよ。よろしく」
「…テレシアです」
「子供達の元に必ず帰してあげる。だから、諦めないで」
アリアの強い芯のある瞳になぜか納得し、テレシアは頷いた。
「テレシア、もう出てきて大丈夫よ」
狩りが始まって間もなく、アリアは大柄な騎士を二人倒し、騎士の剣とマントを二つ手に入れた。
「マルレさん、あなたは一体…」
「騎士なの。この首輪は壊れてるから魔力も使える」
「なぜこんな所に?」
「…恋人を助けに」
「!?こんな危険をおかしてまで!?」
「大事な人の為にここにいるのは、あなたも同じでしょ?絶対に目的を果たすわよ」
「ええ」
一時間に十分間の首輪から鳴る音もアリアの防音魔法で音を消し、二人はそれほど貴族や騎士達に遭遇することはなかった。
たまに出会うことがあったが、アリアは魔法で一瞬で相手を倒してしまった。
「本当、マルレさんは強いのね」
夜、焚き火の前でテレシアはアリアに焼き魚を手渡しながら笑った。
「この国の騎士は思ったより弱いわ」
「フフ…それに、まさか川で魚まで捕るなんて」
「まぁ…小さい頃はお転婆だったのよ。よく魚を獲って料理してもらったわ」
「マルレさんはどこの国から来たの?大陸語がとても流暢だわ。この国の言葉は少し訛りがあるから」
「ラスタ王国よ。私はラスタの騎士なの」
「その歳で騎士なのですか?」
「あ…ごめんなさい。この姿は仮りの姿。本当は十七歳なんだけど、お兄様が心配するから、変化魔法で歳を誤魔化してるの」
「驚かされてばかりだわ…。マルレさんは貴族なのですね?」
「あ、ええ」
「私は本当に幸運ですね」
「私もテレシアさんに会えて良かったわ。一人で野宿は退屈だし、教えてもらわなかったら、さっきの美味しそうな毒きのこも食べちゃうとこだったわ」
「もし食べても大丈夫ですよ。私が解毒しますから」
「え?」
「私、光属性で解毒魔法が得意なんです。攻撃魔法ができないから、私の首輪には魔力制御の力は備わってません」
「…じゃあ、もし、オニキスって人を助けたら、解毒してもらえる?」
「オニキス様?」
「知ってるの?」
「この国でオニキス様を知らない人はいません。サンドラ様の腹違いの弟です。魔力が高く、優しい王子でした。私達の街で炊き出しをしたり、奴隷制度をやめるよう、前王に進言したと。身体が弱く、結局王位はサンドラ様に…」
「へぇ…噂では城の塔に幽閉されてるとか…。身体が弱いのはサンドラの毒のせいじゃないかしら…」
「あり得ますね。もし私の力がお役に立てられるなら…」
「…恋人を助けるなら、サンドラを倒すしかないわ。でも、私達は国を侵略したり、滅ぼすつもりはないの。ちゃんとした王がいれば…」
「オニキス様なら…」
「この狂った貴族達は反対するはずよ。味方がいないと…」
「…まともな貴族達は皆、デクロニールと言う薬で狂わされてしまいました」
「…デクロニールの中毒なら、浄化で治るわ。オニキスが王になり、大陸同盟に入れば国を立て直すことが可能かも」
「本当にそんなこと…サンドラ様を倒すことなど本当にできるのか…」
「やるしかないでしょ。私は目的のためなら手段を選ばないわ。奴隷にだってなれる」
「強いですね…本当に」
「その為にはたくさん食べないとね。テレシアさんも食べて」
「あリがとうございます」
「美味しい…スタークも、ちゃんと食べてるかしら…」
アリアはそう呟いて三日月が照らす夜空を見上げた。




