73. マンダリ
水をかけられ、スタークは意識を取り戻した。
「!」
脇腹と背中に痛みが走る。手首には重たい鉄の手錠がかけられている。
「いつまで寝てるんだ!起きろ!」
髪の毛を掴まれ、無理やり身体を起こされた。品のない顔の兵士の格好をした男二人ががスタークの顔を覗き込む。
「へぇ…奴隷のくせにキレイな顔してるじゃねぇか」
「本当だな。どうせどっかの貴族様の性奴隷か男娼だったんだろ。逃げ出したか…」
__クソ…どこだ、どこの国の兵士だ?言葉に訛りがある…
スタークは辺りを見回した。地下牢のようだ。
ネリに転送されたのは確か森の中だった。脇腹の傷を自分で治癒し、血を止めたところで意識を失った。
「高値がつきそうだな」
「何言ってんだ、サンドラ様の所にまずは連れて行こう。気に入れば褒美を貰えるぞ」
「そうだな…こんな上玉」
「よかったな、色男。サンドラ様に気に入られれば、飼って貰えるかもしれねぇぞ?」
「立て」
兵士はスタークを無理やり立たせた。スタークは不愉快な扱いに男達に雷で気絶させようとした。
「?!」
魔法が使えない。スタークは自分の首に当たる硬い首輪に気付いた。
__ヤバい。あの首輪だ。
ラキタヤの村人の首に付けられていた奴隷用の首輪を思い出した。魔力を封じ、無理に外そうと力を加えれば爆発する魔道具だ。
スタークはとりあえず男達に従った。
その部屋に入った途端、鼻を突く香の匂いでスタークは一瞬息を止めた。
「サンドラ様、これが先ほど報告しました、シューニスの森で発見した奴隷です」
兵士はそう言って手錠を鎖につなぎ、乱暴に引き回すようにスタークを女帝サンドラの前に突き出した。
齢三十代半ばのサンドラは赤い髪にグレーの瞳を持ち、妖艶な美しさを纏っていた。濃い化粧に指先には宝石を散らした金属の付け爪、胸元の開いた金色のドレスのから白い乳房が半分見えている。
玉座に座り、周りには見目の良い若い男達を六人、下着一枚で侍らせている。
ベッドの上で果てている者、また、一人の若い男娼はサンドラの左足をいやらしい手つきで擦り、舐めている。
__うわ…ヤバい、この女帝…
スタークは男娼達の虚ろな目を見て、デクロニールの中毒者を思い出した。
「へぇ…もっと近くに」
興味を示したのか、サンドラがそう指示すると兵士たちはニヤリと笑ってスタークをサンドラのすぐ目の前に跪かせた。
「…」
値踏みをするようにサンドラはスタークの顔や身体を舐めるように見る。
「これ、本当に奴隷なの?」
組んだ右足の指でスタークの顎を持ち上げ、自分の方に顔を向かせた。
「はい、問題なく奴隷です。背中を見てください、ちゃんと奴隷紋があるでしょ?」
兵士はスタークの頭を押さえつけ、腹ばいにさせて奴隷紋を見せた。
「あら…本当。誰のものだったの?こんな綺麗な奴隷を私から隠しておくなんて」
スタークの鍛えられた背中の筋肉を見てサンドラは興奮を抑えられない。
「…ジオルグから来たんじゃない?」
一番綺麗な顔をした濃い金髪に緑の瞳の男娼が、玉座に座るサンドラを後ろから抱きしめ、白い首筋にキスをしながらそう言った。
「この焼印、マンダリの奴隷紋の色と文字が違うもの」
__この金髪の男だけ正気だ。
スタークはその男の目を見て思った。
「アレンの言うとおりね。まぁ、背中も血まみれじゃない。前の飼い主がよほどひどかったのね。名前は?」
「…」
「まだ躾もされてないみたいだな」
アレンと呼ばれる男娼はそう言ってスタークの側に来た。
「でもこの顔と身体は気に入ったわ」
サンドラはもう一度スタークの顔を見て満足そうに笑った。
「あなた…運がいいわね。今日からあなたの仕事は私を抱くことよ。十分に楽しませてくれるかしら?」
サンドラがそう言うとアレンがスタークの身体を起こし、その逞しい身体を見てクスッと笑った。
「逞しいな。…男娼じゃなかったのか?まぁ、試してみればわかる」
「!」
アレンはそう言ってスタークの逞しい身体をいやらしい手つきで撫で、顔を近付け、胸を舐めた。
背筋がゾッとし、スタークは思わずアレンの首を手錠をはめたままホールドして絞めた。
「!?」
兵士達が慌ててスタークを取り押さえる。
「ゲホッゲホッ…ら、乱暴だな!サンドラ様、こんな奴隷、危険だよ!躾をしなきゃ!」
アレンはそう言って玉座の肘置きに掛けてあるムチを手に取った。
『バシッ…バシッ』
アレンは激昂し、思いっきりスタークの背中をムチで叩いた。
「ッ…」
背中の皮膚がめくれ、血が飛び散る。
「アレン、もういいわ。あまり血が出るとシーツが汚れるわ」
「でもこいつ! 躾しないと…そうだ、サンドラ様」
「?」
「こいつ…狩りに出そうよ」
アレンはニヤリと笑い、サンドラにそう言った。
「…いやよ、殺されたら勿体ないわ」
「でもこのままでは危険だよ?」
「それはそうだけど…」
「それが一番手っ取り早い躾だよ? 嫌でも分かるさ、奴隷がこの国でどんな存在かを。もし、死んだらそれまでさ、縁が…いや、運がなかったと言う事。逆に…運がある愛玩動物の方が君には相応しい」
アレンはスタークを見下し、笑みを浮かべた。
「それもそうね…。生き残れたら…私を抱かせてあげるわ」
__何言ってんだ、こいつら…。
「明日、狩りを行う。宰相に準備をするよう伝えなさい。黄金のライオンを狩った者は褒美を弾むわ」
サンドラはそう言ってスタークに顔を近付けた。
「勝ち残って…私を抱きに来て」
甘くいやらしい顔でスタークにキスをしようとしたがスタークは顔を背け、笑った。
「冗談だろ…トシマは好みじゃない」
「!?」
サンドラはカッとなり、金属の付け爪でスタークの左頬を引っ掻いた。 スタークの左頬から血が滴る。
「明日の狩りまで牢屋に入れときなさい!」
ヒステリックに叫び、アレンがサンドラを後ろから抱きしめ、愛撫をしながら耳元で囁いた。
「強がっていられるのも今のうちだよ…。所詮奴隷。明日の日が沈む頃には態度が変わってるさ。まぁ…生きてれば、だけどね」
兵士達はスタークをまるで物のように雑に扱い、部屋から出し、地下牢に閉じ込めた。
前に聞いたことがある。奴隷制度のある国で、狩りと称して手錠と首輪をハメられた奴隷達が、貴族の狩りの対象にされると。武器を持たない奴隷を放ち、貴族は弓矢や剣で追い詰める。生け捕りにすればその奴隷は自分のものになり、殺せば賞金が貰える。ただ、悪趣味な貴族のための余興に過ぎない。
スタークは冷たい床に座り、ため息を吐いた。
あの後、アリアとカインはネリにやられてないだろうか、ペドロとキケは無事だろうか、と心配になる。
ネリに刺された脇腹の傷は皮一枚で塞がってはいるものの、ほとんど治癒できていない。弾けた奴隷紋の痛みより、先ほどムチで肉を抉られた痛みの方が強い。
__アリアの背中…大丈夫かな。
成人式のパーティーの後、月の丘で口付けたアリアの背中の体温を思い出し、胸が熱くなる。
カインと一緒に空間移動して駆けつけ、一瞬だけアリアの顔を見た。泣きそうな顔で自分の名を叫んでいた。
この場所がカインに分かるだろうか。魔力が使えなくなった今、一度気を失った為、心繋だけで何万人といる大陸の中から自分を捜すのはほぼ無理に近い。
奴隷狩りが行われる明日、足で逃げるしかない。見つかれば終わりだ。
「…ハァ」
大きくため息を吐き、ふと人の気配に気付いた。石の壁を隔てた隣の廊で痛みに耐えるような息使いが聞こえる。まだ幼い感じがした。
「…大丈夫か?」
スタークは壁越しに話しかけた。
「い…痛い、背中が…熱くて」
小さい男の子の声だった。その言葉にスタークは身体の中が熱くなる程の怒りが込み上げてきた。きっと、奴隷の焼印を押されたのだろう。何もできない自分にも腹が立つ。
「どうしてこんな所に入れられてる?」
「オバサンに…売られた。俺の目の色や髪は貴族に喜ばれるからって」
「歳はいくつだ?」
「十歳になった…。奴隷は…十歳からしか売れない…オジサンも奴隷なの?」
「ん?オジサン…って、俺…?」
__オジサン?! ん…まぁ、十九歳でも十歳からしたらオジサンなのかな?
スタークは若干ショックを受けつつ、苦笑する。
「俺は奴隷じゃない。騎士だ」
「騎士?!オジサン、この国の人じゃないよね?」
「ん、ああ。何でわかる?」
「だって、言葉が訛ってるもん」
「え!? 俺が?!」
「大丈夫だよ、俺、笑ったりしないから」
「あ、ああ、ありがと」
なんとなく昔のカインと話している気分になる。
「君も明日は狩りに出されるのか?」
「…うん。狩りに出す方が奴隷は高く売れるんだ」
「…ふぅん」
「でもオバサンが言ってた。狩りが始まってすぐに貴族の前に出れば、殺さずに捕まえてくれるって。だから、そうしろって」
「…そうかもな、子供だし。そうするのか?」
「…しないよ」
「なんでだ?」
「…知ってるんだ。どうせ捕まったって地獄だ。あいつらは…子供が好きなんじゃない。子供を虐めるのが好きなんだ。俺の兄さんはあいつらに頭をおかしくさせられた。ずっと裸で…変なことをさせられてた」
「…兄さんはまだ生きてるのか?」
「屋敷から逃げ出して…僕に会いに来てくれた。絶対に貴族の屋敷に来るなって言いに来たんだ。そして…無理やり首輪を外して死んだんだ」
「!」
スタークは唇を噛み、かける言葉を探す。
「だから俺は…絶対に捕まらない。逃げきって自由になる。次の日の昼までに捕まらなければ自由になれるんだ」
__んなわけない。そんな夢みたいな話があるか。
スタークはそう思いながら大きくため息を吐いた。
「君は運がいいな」
「なんで?」
「俺と友達になったからだ。君を助けてやるよ」
「え?!」
「俺の名前はスタークだ。オジサンって呼ばれるのはまだ少し早いからな」
「そうなの? 俺はレオ。でもオジサン…じゃなくてスタークも捕まってるんだろ?」
「ん、まあね」
「首輪も手錠もしてるんだろ?」
「まあね」
「じゃあダメじゃん。騎士のくせに剣もないし、手錠もはめられてたら何もできないじゃん」
「ダメじゃないよ。俺は強いから」
「ほんとに〜?じゃあなんで捕まってんだよ」
「おっと…確信を突くな、君は。…そう言うところも君は俺の親友に似てる。まぁいい、明日に向けて体力を貯めておけ」
「心配で眠れないよぅ」
「心配したってしなくたって明日は来る。だから何も考えるな」
「分かった、おやすみ、スタークオジサン」
「オ…まぁ、いい、おやすみ、レオ」
二人はそう言って冷たい石畳の床の上で眠りについた。




