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奴隷の呪いと  作者:
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7. スターク・ヘリオス・ステイサム

「ステイサム様、良かったらお昼、ご一緒にしませんか?」

 どこかの貴族の令嬢が三人、顔を赤らめながら勇気を振り絞ってスタークに声をかけて来た。スタークは立ち止まり、申し訳なさそうに微笑む。

「ごめんね、昼休みは用事があるんだ」

 その笑顔に令嬢達は舞い上がる。

「き、気にしないで下さい! 是非また…」

「うん、あリがとう」


 毎日、毎日、正直面倒くさいと思う程女生徒から話しかけられる。令嬢達は誘ってはくるくせに、あまり会話のネタを持ち合わせておらず、会話が弾まず沈黙が気まずい。結局はスタークが気を遣う羽目になり、疲れてしまう。無愛想に断った方がいいのかなとも考えてみたが、敵を作るのは避けたい。女生徒だけではない。公爵家と仲良くしたい貴族子息の媚びを売るようなお世辞も正直面倒くさい。

 祖父のヘラルド・アルタス・ステイサム公爵はスタークに初等学校には行かなくていいと言っていた。一流の家庭教師を付ける、お前は特別なのだから、と。

 スターク・ヘリオス・ステイサムには兄が二人いる。六歳離れた長男は王立の普通の高等学校の寮に入り、学んでいる。三つ上の次男も魔法学校ではない普通の初等学校に入っている。

 祖父ヘラルドは現国王のラジールの二つ下の王弟でそれなりに魔力量も高く、剣術も強かった。だからこそ息子のルイス、そして孫の教育には熱心で自分が学んだ王宮お抱えの家庭教師を付けた。にもかかわらず、ルイスも孫二人も魔力量は平均的、頭脳は明晰だが、群を抜くほどではなかった。

 ところがスタークは違った。生まれた時からその容姿は美しく、金髪に群青色の瞳、五歳の時の洗礼時に分かる属性では四つの属性が示され、魔法省の特別枠に登録された。知能も高く、字を覚えるのも、難しい本も理解できている。それだけにヘラルドの期待は一心にスタークに集中した。

 貴族ではなく、王族らしく育てるため、乳母を雇い、なるべく父ルイスや上の二人の兄達とではなく、王族の従兄弟達と過ごさせた。甘やかされず、王族の誇りを叩きこまれた。ヘラルドからは「お前は特別だ。ルイスや兄達のようにはなるな」と言われて来た。

 ラジール国王が第四王子のピエールを魔法初等学校に通わせる決定したのでヘラルドも渋々スタークの入学を許した。

 

 スタークは教室を出て廊下の窓から建物の外を見た。先程、隣の席で授業は上の空で窓の外を見ていたカインが授業の修了を告げる鐘の音と共に目を輝かせながら外に飛び出して行った。カインは中庭で地面に這いつくばり、何かを捕まえている。

「何をしてるの?」

「あ!スターク! 良いこと思いついたんだ!」

 絶対ろくな事じゃない。ただ、カインのやることはいつも突拍子もなく、面白い。

 カインは捕まえた何かを逃げないようにスタークに見せた。

「トカゲ」

「トカゲだね…」

 カインの表情はワクワクしている。

 入学して二カ月、カインといる事が多い。カインは他の貴族子息より少し幼いが、純粋で打算がない。

 正直、宮中でピエール第四王子と二人で家庭教師に授業を習うのはうんざりしていた。レベルが違いすぎるし、幼稚すぎる。こちらは争ってもないのに剥き出しにしてくる嫉妬も煩わしい。

 だからと言って、魔法初等学校に入りたいわけでもなかった。きっともう既に知っていることばかりで、魔法に関して自分の属性に適した教師もいないだろう。あまり学ぶものはないと期待はしていなかった。

 ラジール国王がスタークにも入学を勧めたのはピエールのお守りをさせるためかとも思っていたが、そもそもピエールが自分とはつるみたがらない。それに貴族達との絡みも面倒だ。ただ、魔法学校にいる間は祖父がいない分、少しの気分転換になる。そのくらいにしか考えてなかった。

 ところがスタークの考えはある意味裏切られた。入学してすぐにピエール第四王子とその取り巻きが、平民や自分達より身分の低い生徒達をからかったり虐めているのを知り、恥ずかしくなった。その幼稚な行為を止めなければと言うより、ピエール達と一線を引かなければと言う思いで、わざと絡まれている生徒の横に座った。

 バカにされて泣きべそをかいているのかと思いきや、助けたつもりのカインは意外と気にもしていない。それどころか、ピエール達よりも上のレベルで自分の感情を処理していた。

 初めて会ったあの日から、カインは自分がいない隙に何度かピエール達から絡まれたり、意地悪をされることもある。でもあまり気にせず、逆に楽しんでこっそりイタズラをして復讐をしている。

 例えば、ケール公爵の息子の背中に風魔法で青虫を入れたりしてるのだ。慌てふためき、泣きべそをかくケール公爵の息子を見てカインとスタークは笑いをこらえている。

 それでいて素直と言うより擦れていない性格で思ったことを口にするので、時々こちらが恥ずかしくなるくらい称賛されると、スタークは素直に嬉しくなる。

 

文房具屋で偶然会った時以来、父ルイスとの関係も良くなった気がする。カインのお陰だ。


「巨大化の魔法をかけて、このトカゲを僕よりも大きくするんだ。そしたら、それに乗って学校に来るんだ。そうだな、馬くらい」

 おっと、そうきたか…と、スタークは面食らう。先程、授業中に先生が巨大化の魔法の話をしていた。

「あ~、ね。巨大化の魔法か」

「でもまずは僕に懐かせないとね。巨大化しても凶暴じゃ背中に乗せてもらえないもんね」

「でもね、カイン。巨大化の魔法は無機質のものにしかかけれないって先生が言ってたよ」

「え?」

「命のあるものや、植物にはかけれないんだ。植物には成長の魔法をかければ大きくなるけど、巨大化とは違うんだ」

 スタークは申し訳なさそうに説明するとカインは少ししょんぼりしてトカゲを逃がしてやった。

「でも、東のプルディルと言う国では、翼竜を飼いならして乗ってるらしいよ」

「翼竜って?」

「翼のあるドラゴン。そんなに大きくはないらしい。多分、馬くらい?」

 カインの目は再びキラキラしてくる。

「それって飛べるの?」

「ああ。ドラゴンは馬より頭いいから、仲良くなると、言う事を聞いてくれるって」

「うわ、乗ってみたい!」

「僕も」

「ラスタでも乗れればいいのに」

「でも馬車もいるし、交通が混乱しちゃうね」

「空専用にすればいい」

「今度、ラジール陛下に提案してみよう。交通の法整備もあるだろうし。例えば、騎士団専用の乗り物としてとか」

「そうか!そしたら騎士団に入れば乗れるね! スタークも騎士になるの?」

「うーん、どうかな。魔法師か騎士だろうね」

「騎士にしなよ。だって、スタークは騎士の制服、すごく似合うと思う。僕と一緒に魔物を倒しに行くんだ」

「それもいいかもな」 

 スタークはそう言って笑った。



「スターク、学校でハルク侯爵の息子とつるんでるそうだな」

 食事の時、ヘラルドは不機嫌そうな顔でスタークを見た。公爵邸の食卓にはヘラルドの妻、ナディアもいるが、その重苦しい雰囲気に小さくため息を吐く。

 三人で食事をするのは週に一回。ヘラルドは外交の仕事で家を空けることが多いが、必ず週に一度はスタークと食事をする。ヘラルドがいない時は祖母ナディアと二人だが、その時の方がよっぽど気が楽だ。

「はい」

 スタークはグラスに注いである水に手を伸ばし、答えた。

「友人は選んだ方がいい。ハルク侯爵は財務省だが、その父親は元々平民の成り上がりだ。他にも貴族はたくさんいるのになぜそことつるむ?」

 圧のある口調に待機している使用人達も息を殺し、音を立てないようピリピリしているのがわかる。

 スタークは顔色をうかがうこともなく、水を一口飲んだ。祖父が交友関係に口を出してくることは充分想定していた。

「貴族だからとか、平民上がりだからとかでつるんでるわけではありません」

 珍しくスタークが反論した。いつもなら面倒くさいやりとりはしたくないのでヘラルドの言う事を「そうですね」といって飲み込んでしまう。

「単に面白いからです」

 スタークの返事にナディアはチラリと片目でスタークの顔を見る。

「くだらない人間とつるむと堕落するぞ。お前はお前の父や兄達とは違うんだ」

 スタークはグラスをゆっくりテーブルに置く。

「くだらない人間かどうか僕の交友関係なので僕が判断します」

 七歳の子供らしからぬ言葉遣いに使用人達もナディアも内心ハラハラしている。

「…調子に乗るな、スターク。お前がこうやって最高の生活、最高の教育を受けられているのは誰のお陰だと思っている?」

「もちろん、感謝してます。お祖父様、お祖母様。父上や母上、兄上達も、あと…ステイサム家の従者の方々にも。感謝は大切ですよね。従者の方々がいるから、こうやって食事もできる」

「!」

 自分も人に感謝した方がいい、裏を返せばそんな意味だ。ヘラルドはもはや怒りを隠そうとはしない表情でスタークを威圧するように睨みつけた。

「心配なさらずともステイサム家の名を汚すような成績は残しません。逆に身分差で友人を探すような浅はかな関係づくりは学校を創った陛下の意には沿わないと思いますが」

 ヘラルドはチッと舌打ちをして席を立った。

「その言葉、忘れるなよ」

 怒りをドアにぶつけながらヘラルドが部屋から出て行った。スタークは大きく息を吐いてナディアを見た。

「…すみません、お祖母様。不愉快な思いをさせてしまって」

 ナディアがスタークを見つめるとその手は小さく震えていた。天才と言われ、大人びたスタークもやはり七歳の子供に過ぎない。

「何言ってるの? スッキリしたわ」

 ナディアはそう言って微笑む。

「え?」

「私の息子や孫はくだらない人間ではないわ。あなたは怒ってくれたんでしょ?あの頑固者に。あなたの最初の戦いはあなたの勝利よ」

「!」

 ナディアの言葉にスタークはハッとする。 父ルイスはヘラルドの思い通りの人生を歩んではいない。図書館の司書の仕事をヘラルドは恥じているが、ルイスは仕事が好きである。でもそれはヘラルドの勝ちではなく、ルイスの勝ちではないだろうか。

 ナディアはいつでも夫の教育や躾に対して口は出さない。ただ、厳しく怒られた後や罰を受けた後、ナディアは黙って紅茶を淹れてくれたり、甘い飴をくれた。

 執事長がデザートを運んで来た。執事長は昔からヘラルドに叱られて泣く息子ルイスを、歯を食いしばり見守ってきたナディアをよく知っている。ルイスやスタークの兄達はスタークのようにヘラルドに口答えすることはなかったが、立派に自分の道を歩んでいる。それはナディアの愛があるからだ。

 執事長はスタークのデザートの皿にタルトとイチゴを五つも余計に付けて出した。

「なんだか食事がいつもよりおいしく感じるわ。あなたもたくさん、召し上がりなさい」

 スタークはその言葉に微笑み、イチゴを頬張った。


 



 

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