69. 月の見える丘
十七歳の成人式がラジール国王の主催で開かれた。きらびやかに着飾った男女がパーティーに参加する。
アリアは仕事を早めに切り上げ、ドレスアップしてキャロラインと二人でパーティーに出かけた。
十七歳ではないスタークとカインはマリウス団長に頼み、パーティー会場の警備を申し出た。
スタークとカインはキャットウォークから全体を見回している。
「本当、職権乱用だぜ、二人とも。警備と言う名のストーカーだろ。アリア嬢とカインの婚約者も大変だな」
ペドロが背後から肩を組み、二人をからかう。青軍の副隊長だったペドロは、入団してすぐ赤軍の隊長になったスタークの補佐をするため、赤軍の副隊長になった。
「 ま…あんだけ目立つとお前らの気持ちもわかるけど。ちゃんと仕事しろよ、隊長」
そう言ってペドロは持ち場に行った。
アリアとキャロラインの周りには令嬢達が取り巻いている。男達は遠巻きにチラチラとアリアとキャロラインを見ているが、声をかける男は誰もいない。
「スタークがアリアに贈ったドレス、背中が随分と空いてるね。ストールで隠してるけど」
アリアに贈ったドレスは紺色のシックなドレスだが、背中は大胆に空いてるのに、胸元はしっかりと隠している。スタークは金色のストールもプレゼントした。
胸元にはスタークの贈った魔宝石のネックレスが光る。
「スタークって…独占欲強いよね」
カインはニヤリと笑う。
「婚約者でもないし、恋人って肩書きも名乗れないんだ。これくらいしてもいいだろ」
スタークが少し拗ねてそう言った。
「もうスタークとは、エンタングルメントも起こさないのに、アリア…なんで、かたくなに拒むんだろう。生涯独身を貫くって言ってたんだ」
「…」
「多分、何か理由があると思うんだ。アリアは…本当はスタークのこと好きなんだ」
「本当にそう思うか?」
スタークはアリアの横顔を見つめカインに尋ねた。
「…もしかして、不安なのか?」
カインはスタークの顔を見る。
「そりゃ…友人としてって毎回念を押されたらな。男として見られてないのかもって思うと不安にもなる。ただのストーカーだ」
「スタークはいつも自信満々だから、不安なんて感じないと思ってた」
カインはクスッと笑う。
「僕にはわかるよ。血はつながってないけど、ずっと見てきたからね。アリアは感情がオーラで出ちゃうから」
「ああ」
「嬉しい時は全身から嬉しいオーラが出てる。スタークと話してる時は切ないオーラが出てる。友人にそんなオーラ出さないだろ」
カインはそう言ってこちらに気付いて手を振るアリアとキャロラインに笑顔を返した。
「俺は王子様になれるかな?」
「アリアにとって、スタークは初めて会った時から王子様だよ」
カインの言葉にスタークは何か決めたように頷き、「ありがとな」と呟いた。
「僕はキャロラインを送って行くから、アリアをよろしくね」
「ああ」
スタークはそう言って持ち場に行った。
「アリア。寄り道していかない?いい場所があるんだ」
「馬車で行くの?」
「馬。今夜は満月だ。月の見える丘があるんだ」
「でも私、ドレスよ?」
「問題ないよ。一緒に乗ろう」
__どうしよう、馬だと距離が近いから…。
アリアが躊躇っているとスタークはニヤリと笑う。
「あ〜、アリアは横乗りはムリかな?バランス感覚あんまりなかったっけ?」
「失礼ね、乗れるわよ」
「落ちるかもしれないって心配?」
「騎士の私が馬から落ちるわけないでしょ?」
アリアの負けん気にスタークはクスッと笑い、アリアの身体を軽々と持ち上げて馬に横乗りさせた。
「落ちないでよ?」
「だから、落ちないわよ」
スタークはアリアの後ろに跨り、アリアを抱きこむように手綱を手にした。
「ち…近いわ、スターク」
「うん、行くよ」
二人は月明かりが照らす街なかをゆっくりと馬を歩かせる。スタークの体温が心地良く、アリアの鼓動も少しだけ収まった。
「成人式はどうだった?」
「楽しかったわ。半年ぶりにニコルや、クラスの女子達と話したし。皆、王城で働いたり、領地の視察に行ったりと忙しそうにしてる子もいたわ」
「キャロラインも忙しそうだね」
「ええ。カラパイトからも騎士のマントの受注が来たって。スタークが宣伝したんでしょ?」
「うん。カラパイトは元々魔物が多く発生するからね」
「あれ…そう言えば、男子とは全く話さなかったわ」
「ふぅん。話したい奴がいたの?」
「こないだマシューって子と勤務中にたまたま街で会ったの。お互い仕事中だったから、成人式でねって話してたのに」
「話すことがなかったんじゃないの?」
「そうね。クラスでもそんなに話してたわけじゃなかったから」
「ふぅん…」
「皆、令嬢達は騎士姿のスタークとカインのことチラチラ見てたわよ。カッコ良いって」
「ふぅん…」
「これだから、モテる男は。そこは照れたりしないの?」
「別に。慣れてるからね。それに、好きでもない子に見られてもあんまり嬉しくない」
「そんなもんかしら」
「アリアはどうなんだよ。男達はアリアを見てたよ?」
「ないない」
「アリアって、自覚ないから困るんだ。本当は誰にも見せたくないんだけど」
「…心配いらないわ。私、誰とも付き合う気ないもの」
「ふぅん…掴まって。少し飛ばすよ」
スタークはそう言って馬を走らせた。アリアはスタークのジャケットの襟をぐっと掴んでしがみつく。
風は心地良く、白い月が追いかけてくる。馬は坂を登り、王都の街が一望できる丘の上まで来た。
「着いたよ」
スタークはアリアを抱えて馬を降りる。
「うわぁ…!」
さっきまで二人を追いかけてきていた白い大きな月は二人を正面から照らし、街の光は星のように小さい。
スタークは芝生の上に座り、アリアのキラキラとした喜ぶ顔を見て思わず微笑む。
「良かったわ、寄り道して」
「ああ、そうだね」
アリアはスタークから三十センチ程離れて座る。
「アリア…どうして誰とも付き合う気がないの?」
スタークはアリアを見た。月明かりに照らされた夜空の色の瞳がまるで心を見透かすようにこちらを見ている。アリアはドキッとして目をそらす。
「…なんか…あんまり興味ないし。スタークとも友達の方がきっと楽しいわ」
「ふぅん…アリアはキスしたことある?」
「あ、あるわけないでしょ!?口と口でしょ?そんなの好きな人とじゃないと…」
「そっか」
スタークは微笑む。
「な、何よ。…そう言うスタークこそ、キスなんてしたことあるんでしょ?」
アリアはドキドキしながらな尋ねる。
「あるよ」
スタークの答えにアリアは胸の奥がズキンと痛む。
「…」
何故かわからないが、泣きそうな気分になる。
「誰とか聞かないの?」
「き…聞かないわ。だって…スターク、モテるから沢山の人としてるんでしょ」
「失礼だな。一人だけだよ」
「…そう」
アリアはその胸の痛みをこらえようと大きくため息を吐いた。
「その人のこと…好きなの?」
「うん。好きだよ」
「…メアリー王女?」
「メアリー?まさか」
スタークはフッと笑う。
「…ならいいわ。スタークが好きになった人なら」
「…でもその子は覚えてないんだ、自分から俺にキスしてきたのに」
「そんなひどいことある?」
「だろ? まぁ…酔ってたし」
「スタークが?」
「いや、その子が」
「そうなの? でも好きならいいじゃない。きっとその子もスタークのこと好きなんじゃない?」
「うん、多分」
ズキンと胸を叩く痛みをこらえる。
「…スタークが幸せなら…いいや」
アリアはそう言って唇を噛み締めて笑っで見せた。スタークはその寂しそうな笑顔に胸が締め付けられ、思わずアリアの手首を掴み、自分の方に引き寄せた。
「!?」
スタークの瞳には泣きそうな自分が映っている。アリアは右手で自分の顔を隠した。
「…アリアは俺のことどう思ってる?」
「…友人よ、言ってるでしょ」
「じゃあなんで…泣きそうな顔してるの?」
「してない」
「してる」
「泣いてなんか…」
「…お願い、アリア。君の気持ちが知りたい…本当の気持ちを見せて」
胸が痛い。その痛みにアリアの胸が熱くなり、目に涙が溜まった。
「やめてよ…スターク…。今さら…本当の気持ちなんて…スタークが幸せなら、それで…それでいいから」
アリアは大粒の涙を流しながらそう言った。
「…好きよ」
「じゃあ…俺を幸せにして」
スタークはそう言ってアリアにキスした。アリアは唇の感触に驚く。初めてじゃない気がした。胸の鼓動とスタークの温もりが唇から全部伝わってくる。胸が温かくなり、心地良い唇の感触に頭が真っ白になった。
唇を外し、スタークは愛おしそうにアリアを見つめて言った。
「…君がキスしてきたんだ。酔っ払って」
「…ウソ…でも…夢で…見た気がする」
「夢じゃない。オレにキスして…これがキスよって笑った」
アリアは記憶を取り戻した。
「…したかも」
「…のんきなもんだ。俺はあれからずっとアリアの唇の感触が忘れられなくて苦しんだのに」
スタークはそう言って笑った。アリアは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「アリアは酔ったら誰にでもキスする?」
「するわけないでしょ」
「だよね。…良かった」
スタークはそう言ってアリアを抱き寄せた。
「…心配いらない。奴隷紋のことは知ってるから」
スタークはアリアの耳元でそう言った。
「!」
「…一人で苦しまないで。アリアの痛みなら…俺も知りたい」
「…ほら、そう言う事…言うから嫌なの」
「知ってる」
「お祖父様も…きっとカインだってこの呪いを知ったら、絶対に奴隷紋を自分に移して私を助けようとする。だから…知られたくなかったの」
スタークに抱かれながら掠れた声でアリアはそう言った。二人の鼓動が一つになる。
「うん。…ヨルンの背中にも呪いの奴隷紋があったんだ」
「!」
「…ジゼルがヨルンを飲み込む寸前に…俺がヨルンを殺したんだ」
「…」
「…もし、俺に奴隷紋があって、ジゼルに飲み込まれそうになったら、アリアは俺を殺せる?」
「…」
「俺はアリアを殺せない」
「…」
「だから…奴隷紋を俺にくれないか?」
「…いやよ、そんなの…」
「お願い…もう俺は…大事なものをこの手で壊したくないんだ」
スタークの身体も声も震えていた。その痛みが伝わって来る。
「せめて半分でいい、アリアの痛みをちょうだい」
「半分…?」
「二人なら…痛みも半分だ」
「できるの?」
「本当は…アリアを眠らせてこっそり転写するつもりだったけど」
「そんなことしたら私…スタークを一生許さない」
「だったら、二人で半分こしよう。気絶する程の痛みも、きっと半分なら耐えられる」
「…」
「もし逆の立場なら…アリアもそうするよ。だって…俺はそれが嬉しいから」
スタークの言葉がすんなりと心に入って来た。確かに、もしスタークが苦しんでいたら代わってあげたい。
「…アリア、擬態の魔法を解除して」
「…分かった」
アリアはスタークのマントを脱ぎ、ドレスを着たまま、背中をスタークに見せた。人差し指に息を吹きかけ、擬態の魔法を解く。
白く美しい背中に禍々しい紫色の奴隷紋が浮かび上がる。ヨルンの奴隷紋と同じものだった。
「…醜いでしょ?スタークには見せたくなかったし…スタークに移すのも…ヒャン!?」
スタークはアリアの背中を手で触れ、その背中にキスした。熱い吐息と唇の感触が伝わり、アリアは変な声を上げ、顔を真っ赤にした。
「く、くすぐったいわ、スターク!」
「ごめん、つい」
スタークはいたずらっぽい笑顔でそう言うと右掌を上に向け、光る魔法陣を描いた。アリアの背中をすっぽり覆う大きさまで広げ、それをアリアの背中に当てた。
呪文を唱えるとアリアの背中から黒い煙が浮かび上がり、スタークのかざしだ右手に吸い込まれて行く。
「…ッ」
身体の中に入ってくる鉛のように重い違和感をこらえ、スタークは息を整えた。
「終わったよ」
アリアの奴隷紋が少し薄くなった。
ジェイドから奴隷紋を転写したあの日からアリアの身体に入っていた重いものが軽くなった気がした。
「…身体が、楽になった」
「まぁ、半分だけどね。…見て、アリアとお揃いになったかな?」
スタークはそう言ってジャケットとシャツを脱いで背中を出した。
逞しい背中には無数の傷と、大きな薄紫の奴隷紋がしっかりと刻まれている。
アリアはその背中に手を当て、唇を当てた。スタークの背中がビクッと跳ねた。
「!?」
「フフ、くすぐったいでしょ? お揃いになっちゃったわ」
いたずらっぽい笑顔にスタークはアリアを抱きしめ、キスをした。
「ん…」
「アリア、口開けて」
スタークはむさぼるように深いキスをするとアリアは頭の中が真っ白になり、その心地よさに蕩けた。
「はぁ…」
唇を外すと、真っ赤に蕩けたアリアの顔を見てスタークは胸がいっぱいで幸せを噛み締めた。
「ったく。アリア、イタズラしたら痛い目にあうよ?」
「…だって。スタークが先にしたのよ」
「俺はイタズラじゃなくて…。ふぅ…送ってくよ。理性が持たない」
「…うん」
本当はもう少し一緒にいたいと思った。スタークの触れる手や唇が気持ちよくてもっと繋がりたいと思った。
スタークは再びアリアにマントを着せ、馬に乗せた。帰りはお互い、口数も少なかったが胸が温かく、幸せだった。
「…着いちゃった」
ハルク邸に着くとスタークはそう言ってアリアを馬から降ろした。
「アリア、足元気を付けて」
「あリがとう」
アリアはそう言ってスタークを見上げた。
「…スタークって、なんでも見透かしちゃうのね」
「アリアは嘘が下手だからね」
「そんなことないわ」
「…週末に、アリアのご両親に婚約の申し込みに来ていいかな?」
「…あ、メアリー王女との政略結婚は?」
「あーね、そんなの最初から受ける気なかったし、陛下に直接断ったよ」
「大丈夫なの?お祖父様が…」
「心配いらない。心配なのはアリアだよ」
「?」
「酔っ払ってないよな? 今日のことも忘れないでくれよ?」
「もう、今日は一滴も飲んでないわ」
「良かった。…アリア、愛してる」
「…うん、ありがとう。私も…スタークのこと…愛してる」
顔を真っ赤にして照れているアリアが可愛くてスタークは思わず抱きしめた。
「はぁ…帰したくなくなるから、もう行って」
「うん。でも…やっぱりもう一回キスして」
「…はぁ…」
スタークは理性と戦いながらアリアにキスをした。




