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奴隷の呪いと  作者:


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66/103

66. キリア

 キリアは公爵令嬢のアンと夜会を抜け出し、会場の庭園のガゼボで抱き合っていた。

「キリア様、私、今夜は帰りたくないわ」

 アンは乱れたドレスを着直し、蕩けた顔でキリアを見つめた。

 「あー、残念だけど明日も早くから仕事なんだ」

 キリアも服装を整えながらアンの手にキスをする。

「そうなのですか?残念ですわ…では、今度はいつ…お父様がぜひキリア様をお家にご招待しろと…」

「いや…僕には婚約者がいると最初に伝えたはずだが…」

「ええ、でも私、キリア様を好きになってしまったのです」

「お互い遊びだと割り切ってたはずだけど?」

「でも、あなたの婚約者、いつ目覚めるのか分からないのでしょう?」

「…」

「私の方がキリア様にふさわしいわ。同じ公爵家ですし、身体の相性も…」

「…」

「もし目覚めるのがあと十年、いえ、もっとかかるかもしれないわ。あなたが婚約者につきあうなんてかわいそうだわ」

 アンの言葉にキリアは苦笑する。

「あリがとう。まぁ、でも、もう少し待ってみるよ。君はもっといい男を見つけなよ」

「!」

 アンはプライドが傷ついたのか、怒りを隠さず、キリアに扇子を投げつけた。

「そうやって余裕ぶって…あなたなんか一生待ちぼうけよ」

 そう言ってキリアを置いて出て行った。

 キリアは大きくため息を吐き、ベンチに置いてあるワインを飲んだ。

「なんだ…キリア、お前か」

 そう言って現れたのはスタークの上の兄のケヴィンだった。

「やぁ、ケヴィン」

「さっきアン令嬢が泣きながらあっちに行ったけど…」

 キリアとケヴィンは同級生だ。

「まぁ、最近はアン令嬢の男遊びも収まったかと思ったら、キリアが原因か」

「お互い遊びだよ。飲むか?」

 キリアはそう言ってワイングラスを見せた。

「ああ」

 ケヴィンはキリアの横に座る。微笑んだ顔はやはりスタークに似ている。ケヴィンはワインを一口飲む。

「カラパイトでお前の弟と結構仲良くなったよ」

「ああ、スタークね。元気だったか? あいつはストイックだから、留学しても、今回のカラパイト派遣も自分からは連絡一つよこさない」

「ああ、元気だったよ。愚痴一つ言わず、大人以上の仕事をこなしてる」

「天才だよ、我が弟とは思えないくらい」

「俺もスタークと仕事してたら、どっちが歳上か分からなくなる」

 キリアの言葉にケヴィンはワインを飲みながら、微笑む。

「昔からだよ、あいつは。自分には厳しく、完璧だ。人よりちょっと良いぐらいじゃ我慢できない、圧倒的じゃないとダメなんだ」

「人には優しいのにな」

「ああ。決して人を見下さないし、隙を見せない。まぁ…スタークが取り乱すのはアリア嬢が絡んでいる時だけだ」

「ああ、アリア嬢ね。かなり一途だな」

「ああ。初めて会った時、エンタングルメントを起こしてお互いに大怪我をしたらしい。スタークと同じ魔力量の子供に会うのも、ケガを負わせたのも、自分が負うのも初めてだったから、かなり驚いたみたいだ」

「初恋か」

「お前もだろ?ユリア嬢とは」

「ん、けど、スタークみたいに一途じゃないよ」

「知ってる。けど、スタークの方が幸せそうだ」

「お前たち兄弟は確信をつくな」

 キリアはそう言って苦笑する。

「ユリアが目覚めなかったらどうしようかと思うと、ユリアの代わりに他の女を抱いてしまう。目覚めて俺を選ばなかったら…そんなことばかり考えて。抱いても気は晴れないし、満たされない」

「往生際が悪いなぁ」

「だろ?」

「スタークは信じてるんだ」

「アリア嬢を?」

「いや、自分を。アリア嬢が自分を好きかは関係ない。好きになってもらう為に誰よりも努力するんだ。圧倒的に」

「強いな…」

「どうせ代わりを抱いても満たされず、罪悪感しか残らないなら、信じて待ってみる方が楽なんじゃないか?」

 ケヴィンの言葉にキリアはガツンと頭を殴られた気分になった。なぜか気持ちがスッキリする。

「…さすが、妻帯者の余裕のアドバイスだな」

 キリアの言葉にケヴィンは笑う。ケヴィンは去年、結婚したばかりだ。

「だろ? うちは夫婦円満だ。俺の両親みたいに」 

「そうか、うちは両親が仮面夫婦だったからな」

「お前はちゃんと恋をしてるじゃないか。ユリア嬢が早く目覚めるのを祈ってるよ」

「ああ、あリがとう」



【ユリアが目覚めました。キリア殿の気持ちがもうないのなら、来ないで下さい】

 任務中、キリアの元に風メールが来た。ユリアの父からだった。

 マリウスとカインは同盟国の極秘任務でジオルグに行っている。街は平和で特に何かあるわけではないが、自分は青隊の隊長でカインの白隊も今は任されて、いまはまだ勤務中だ。

「…どうかしたのか? キリア」

 騎士の砦の廊下でタウロスがキリアに声をかけた。

「あ、いや…」

「…腹でも痛いのか?」

「いや…痛くない」

「風メール? 身内に何かあったのか?」

「いや…その」

 こんなに取り乱しているキリアは見たことがない。

「どうした、落ち着け」

「ユリアが…婚約者が…目覚めたんだ。十二年ぶりに…」

「マジか!? 何してる!すぐに行け!」

「いや…しかし、今はまだ勤務中だ」

「バカか!別に今は戦いの最中でも何でもない!」

「でも…」

「…ははぁん、お前、ビビってんだろ!?」

 タウロスがニヤリと笑った。

「騎士団一の色男が情ねぇな」

「だって、十二年ぶりだぞ?! どんな顔して会っていいのか…」

「待ってたんだろ? ずっと。知らねぇぞ?目覚めたばかりの眠り姫が違う王子にかっさらわれても」

「! タウロス、あとは頼む!」

「ああ、任せとけ!」

 キリアは急いで騎士の砦を出て行った。




 ユリアはベッドに座ったまま、窓の外を見ていた。三時間前に目が覚めてから屋敷は大騒ぎだった。医者と魔法省からの魔法士が急いで呼ばれ、一通りの検診が終わるとやっとスープを口にできた。

 眠っていたとは言え、身長も髪も伸びる。十二歳だった少女は十二年もの間眠り続け、二十四歳になっていた。

 身体の状態はとても良い。両親や兄妹が泣いて喜び、ユリアもちゃんと記憶があった。それだけに何も口にしなかった。自分の婚約者がどうなったかを。

 


「ユリア、お客様よ」

 ユリアは部屋に入って来た母親とその隣にいる男に目を向けた。

 キリアは大人になったユリアを見て足を止める。カラパイトに行っていた半年以外は、十二年間、月に一度は花束を持って眠っているユリアを見舞いに来ていた。だから、成長過程は見ていて、想像はしていた。

 しかし、目の前にいるユリアは自分が想像していた以上に目がくりっとして、頬と唇は赤みが指して可愛かった。

「…誰、その人」

 ユリアが口を開いた言葉にキリアは固まる。不安がよぎる。十二歳のユリアからしたら、二十七のキリアはおじさんだ。

 ユリアは次の瞬間、両手を広げ満面の笑みを見せた。

「…なんて、冗談よ。キリア。おはよう」

「!?」

 キリアは嬉しくて持っていた花束を放り出し、ベッドの上のユリアに抱きついた。

「おはよう、ユリア」

 初めて抱きしめるユリアは石鹸のいい香りがした。柔らかくてふわふわしていた。ユリアはまるで子供をあやすかのようにキリアの背中を撫でた。たくましく、大人の背中だった。ユリアはキリアの目を見る。涙が溜まっている。

「…あリがとう、待っていてくれて」

「待ちくたびれてオジサンになった」

「大丈夫よ、オジサンでもイケメンだわ。それに私もオバサンだもの」

「二人とも…二十七歳も二十四歳も若者よ。そんなこと言ってたら、私はお婆さんと呼ばれちゃうわ」

 ユリアの母が涙を流しながらキリアが放り出した花束をユリアに渡した。

「二人でごゆっくり。邪魔者は消えるわ」

 そう言ってユリアの母は部屋を出て行った。

 ユリアは花束に顔を近づけた。

「…毎月、あなたが来るのを楽しみにしてたの。来なかったらどうしよう、これで最後かもって思うと不安だったわ。でもあなたは必ず来てくれた。カラパイトにいる時も花だけは送ってくれたもの」

「眠ってたのに分かるの?」

「ええ。夢を見たり…暗闇の中にいたり、鳥の声が聞こえたり…あなたが私に色々話してくれたり。花の香りもちゃんとしたわ」

「マジか…」

「ええ。あなたが眠ってる私にキスしたのも」

「! ご、ごめん」

「なんで謝るの?…嬉しかったわ」

 そう言ってユリアは目を瞑った。キリアはドキドキしながら優しくキスをする。

「…ヤバい。年甲斐もなく…」

 キリアは顔を真っ赤にしながらユリアの手を握る。

「好きだよ、ユリア」

「私もよ、キリア」

 キリアはもう一度ユリアにキスをした。胸がふわふわと温かくなり、初めて満たされた気持ちになった。






 


 

 


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