62. 友人からのプレゼント
四月十五日、アリアの十七歳の誕生日が来た。騎士団の仕事を終え、アリアは騎士の砦からカインと二人で馬車に乗り、屋敷に向かう。
「どう?青軍の騎士とは慣れた?」
「ええ。ユーラスさんもよくしてくれるし、キリア隊長も優しいわ」
「アリアを口説いて来る奴はいない?」
「フフ、毎日同じこと聞くのね」
「そりゃ、兄として…」
「そんなんだから、キャロラインにシスコンって言われるのよ」
「シスコン…まぁ、否定はしないけど」
「心配いらないわ。私、生涯独身を貫くって決めたの」
アリアはそう言って馬車の窓から夕暮れの街並みを見つめる。
「なんで?」
「うーん、何となく」
「スタークは?」
「スタークは友人よ。…あの時はなんとなく恋だと思ったけど、やっぱり違ったわ」
アリアは笑顔でそう言って、また窓の外に目を向けた。
「…でもこの先、違う人を好きになるかもしれないじゃないか」
「ならないわ。カインはハルク侯爵を継ぐでしょ?ずっと先になるけど…私にティクルを任せて」
「…そんな先のことまで考えてるの?」
「ええ。私、やっぱり田舎の方が性に合ってるの。騎士を引退したら、ティクルでお祖父様達みたいに野菜やバラを育てたい」
「ふぅん…でも、成人したからには、社交界にデビューはしなきゃならないだろ?」
「お父様は私が嫌がる婚約はさせないって言ってくれてるわ」
「そりゃそうだよ。別にうちは政略結婚なんて必要ないからね。…まぁ僕はアリアの幸せを願ってるから」
カインはそう言ってため息を吐いた。
「楽しみだわ、今日、お母様が私の大好きな洋ナシのフランを作ってくれるって言ってたの」
「それは楽しみだね。スタークもキャロラインも仕事が終わり次第来てくれるから」
「スタークも?」
「うん。パーティーするから母上が呼べって」
「隊長になって間もないから、仕事終わりじゃ疲れてるかもしれないのに?」
「スタークが仕事くらいで疲れると思う?それに、アリアのためなら飛んでくるよ」
「…スタークにはちゃんと言ったわ。恋人にはなれないって」
「うん、知ってるよ」
「なんて言ってた?」
「アリアの気持ちを尊重するって。スタークにも色々あるからね」
「色々って?」
「うん。婚約の話が出てるんだ」
「!」
「メアリー王女だよ。メアリー王女が強く願ってるみたいで、スタークのお祖父様も乗り気みたい」
「…でもいとこになるんでしょ?」
「スタークは三男だし、王女との結婚はステイサム公爵家としても栄誉だ。スタークのお祖父様はプライドの高い野心家だからね」
カインの説明にアリアは小さく呟いた。
「メアリー王女は…好きじゃないわ」
カインも頷く。
「国際会議の護衛の時の件だろ? どこかの外交官と…報告書は読んだし、ラジール国王も知ってる。呆れてたよ。アリアが対処しなかったら、恥ずかしいスキャンダルになってたよ、きっと」
「ラジール国王も賛成してるの?」
「賛成と言うより、反対する理由はないからね。メアリー王女と結婚して子供が生まれれば、魔力量の多い子になるかもしれない。王家にとっても悪い話じゃない」
「スタークには幸せになってほしい。素敵な女性は世の中にたくさんいるのに」
「まぁ…あいつならなんとかするよ。スタークのゴールは昔から変わらないから」
「ゴールって?」
「…さ、着いたよ。足元気を付けて」
カインはそう言って先に降り、アリアに手を差し伸べた。
「誕生日おめでとう!アリア」
屋敷の大広間にはジェイドもピアナも来ていた。
「お祖父様! お祖母様も来てくださったの!?」
「当たり前よ、私の愛する孫が成人になったのだから」
「あリがとう!」
アリアはそう言って嬉しそうにピアナとジェイドの頬にキスをした。
「おめでとう、アリア」
「おめでとう」
スタークとキャロラインももう既にアリアを待ち構えていた。使用人達も全員参加する身内だけのささやかなパーティーだが、全員が笑顔で、心からアリアを祝福した。
「お母様の作った洋ナシのフラン、最高でしょ?」
アリアは口いっぱいに頬張りながらキャロラインとスタークに自慢する。
「本当に美味しい!今度作り方を教えていただきたいわ」
「え、キャロライン、料理できるの?」
「できないわよ。でも、カイン様が喜ぶなら練習するわ」
「うわ、マジで嬉しい!」
カインは笑顔でキャロラインの手にキスをするとキャロラインは真っ赤になる。
「ちょっとぉ、今日は私が主役よ?いちゃつくのは二人きりの時にして」
「そうそう、主役はアリアだった。はい、これ、僕とキャロラインからのプレゼント」
二人はそう言って大きな箱を渡した。
「わぉ!あリがとう、何かしら…開けていい?」
「もちろん」
箱の中には革のロングブーツが入っていた。
「わぁ…素敵! これって、騎士の制服にピッタリだわ!」
「でしょ?私がデザインしたの」
「革は僕が狩った、ファイヤードラゴンの革だから、火にも強いし、丈夫なんだ」
「あリがとう! 早速明日から履いていくわ」
「俺からはこれ」
スタークはそう言って小さな長細い宝石箱をアリアに渡した。
「恋人なら指輪を渡せたけど、友人だからネックレスにした」
アリアに断らせない為にわざとスタークがそう言った。スタークの含みのあるセリフにキャロラインはクスッと笑う。
「あリがとう、見ていい?」
「どうぞ」
箱を開けると中には金の鎖に濃い群青色の宝石が一粒付いたシンプルだが美しい輝きを放つネックレスが入っていた。
「わぁ…キレイ…」
アリアの目がキラキラしている。
月に照らされた夜空の色だ。
「私、この色、大好きだわ」
アリアはそう言って、ハッとして顔を赤くした。スタークの瞳と同じ色だ。
「普段でもつけれるようにシンプルなものにしたんだけど。」
「カッコ良いわ。あれ…ねぇ、これって…宝石?」
アリアはその魅力的な石の輝きに首をかしげた。
「よく気付いたね。これは魔宝石と言って、魔石の結晶なんだ。魔力が安定する。お守り代わりに」
「これ、すごく高そうだけど…」
「そうでもないよ、俺、金持ちだから」
スタークはそう言ってニヤリと笑う。
「良かったわね、アリア。これなら騎士の制服の下に付けてても邪魔にならないわ」
「お守り代わりにならずっと付けとかなきゃ」
キャロラインとカインがそう言うとアリアは嬉しそうにネックレスを手に取った。
「付けてあげるよ。髪、上げて」
スタークはそう言ってネックレスを手にアリアの後ろに立った。アリアは髪を両手で上げ、スタークはネックレスをつけてやった。
「似合ってるよ、アリア」
「ほんと、白い肌にピッタリだわ」
カインとキャロラインの言葉にアリアは頬を赤くして喜んだ。
「あリがとう、スターク」
「どう致しまして。成人おめでとう。でも成人になったからって、絶対、俺とカインがいない所で酒は飲まないこと」
スタークの言葉にアリアは頷く。
「あら、何かあったの?」
「うん、騎士団の歓迎会で、飲みすぎて記憶なくなっちゃった。酒場にいたと思ったら、自分の部屋のベッドで眠ってたわ。スタークが送ってくれたらしいけど、全く覚えてないし」
「重かったよ、とても」
「そこは羽みたいに軽かったって言うべきでしょ?」
そう言って皆で笑った。
「アリア様、大旦那様達がお呼びですよ」
メイド長のベルが呼びに来た。アリアはネックレスをし、カイン達からのプレゼントを握りしめ、ジェイド達の方へと行った。
「何が友達として…だよ。あんな高価なもの」
カインはニヤッと笑ってスタークをからかう。
「本当ですわ。あのレベルの魔宝石なら、庶民の家が余裕で買えますもの。それにあの色…」
「あの色、大好きだって。スタークって昔から独占欲強いよね。ちなみに、かけたのは守護魔法?」
「ああ。それと万が一アリアに何かあったら、俺にも伝わるように」
スタークはそう言って左手首を見せた。アリアにプレゼントした魔宝石と同じものをブレスレットにして身に付けている。
「すごいね、それで友達としてって言い切る所、腹黒い」
「本当ですわ。アリアが宝石に詳しくなくて良かったですわね」
「ああ。全くだ」
スタークはそう言って笑った。




