61. ネリ将軍
ネリは空間間移動でジオルグの首都にある屋敷に飛んだ。あと〇.一秒でも遅ければ、体全体がスタークの攻撃で灰になってたはずだ。右腕と肺がえぐれて無くなっている。その状態で空間移動をしたため、魔力も生命力も尽きようとしていた。
誰もいない寝室の床に転がり、這いつくばることさえもできない。背中の奴隷紋が血に染まっている。
『無様な姿だな。ネリ将軍』
意識朦朧とするネリの頭の中に割れた魔物の声がする。
『あの時、大人しく我に力を返せば良かったものを』
死を目の前にしてネリの頭は冷静だった。その声の主が誰だかわかる。幼い頃、自分の中に入ってこようとした魔物だ。
『カラパイトの王子にしろ…お前にしろ、奴隷紋の呪いの苦痛に耐え、我に飲み込まれるのを拒むから死ぬのだ』
「なぜ自分より弱い者に飲み込まれ従わなければならない?」
『その力は我のものだ』
「死に損ないの魔法士が…」
『今はお前が死に損ないだ』
「…違いねぇ」
ネリはそう呟いて笑った。
『我を受け入れろ。そうすればお前をこんな目に合わせた男に復讐ができる』
「フッ…俺に魔物になれと?お前に使役されるのはごめんだ」
『お前はお前を拒絶したジオルグに復讐したかったのだろう?だから王にはならず、この国が衰退するよう、幾度も戦いを繰り返した。金と権力で貴族を堕落させ、魔薬で民を生きる屍にし、もう復讐は果たしたと?』
「復讐? 俺は生きたいように生きただけだ」
『それがお前の復讐だ。王族の血が流れながらも、認められず、奴隷の烙印を押された恨み…可哀想な男よ』
「その可愛そうな俺が国を滅ぼしたんだ。王族は皆死に、国は破壊され…俺に石を投げた奴らは全員薬漬けで苦しみながら死んでいった。十分だ」
『本当に王族が滅びたと?』
「…何?」
『お前が羨んだ王族の姫はまだ生きている』
「…姫だと?」
ネリの頭に小さい頃の光景がフラッシュバックした。
ネリが七歳の時、ジオルグ国王の第一王女が生まれた。国をあげ、生誕祭が行われ、街はきらびやかに彩られた。街中が王女の誕生を祝い、お披露目のパレードが行われた。
白馬に引かれた馬車には国王と王妃、そしてネリと同じくらいの王子が絹の初ぐるみに包んだ赤子を抱いていた。まるで宝物を抱くように。全てがキラキラと輝き、国中が笑顔で祝福していた。
隣にいた母は見たことのない恐ろしい形相でその馬車を睨んでいた。
娼婦だった母は国王の弟、カルデナスと逢瀬を重ね、ネリが生まれた。母はきっと母子共に城に招かれると期待していた。しかし、その夢は簡単に裏切られた。何度も城に押しかけ、カルデナスに面会を申し込んだがいつも門前払いだった。
やがてネリが成長するにつれ、母は黒魔術にのめり込んで行った。母の憎しみは、一度も顔を見せない王弟にではなく、きらびやかな王室に向けられた。
王女の生誕のパレードの日、母は王女の乗る馬車に魔石を投げた。魔石は馬車に命中したかのように思われたが、魔石は馬車全体を守るシールドに当たり、パレードを見ていた観客にけが人が出た。母はその場で取り押さえられ、牢獄に入れられた。
牢獄の中で母は呪いをかけた。自分の命と引き換えに。
魔物討伐に行ったカルデナスはネリの母の呪いにより、魔物に支配され、城に帰った。狂気に満ちた剣で、兄である国王、后、自分の両親、自分に反対する王族、貴族は全て殺し、城は血の惨劇の舞台となった。
カルデナスは王座に就き、貴族達は贅の限りを尽くした。
母の死を告げらたのはカルデナスが王座に就いた次の日だった。これからの国の展望を憂い、国民達は殺気立ち、カルデナスの子であると吹聴していた母のせいでネリは袋叩きに遭った。傷ついたネリを待っていたのは奴隷商だった。
ジオルグの国王は奴隷制度を廃止しようとしていたが、それを阻止するのは奴隷商売を資金にしていた貴族だった。
鎖をはめられ、動けなくなったネリはうつ伏せに固定された。暖炉には赤々と炎が燃え盛り、太った奴隷商が奴隷紋の焼印を時間をかけて熱していた。奴隷商はネリの恐怖におののく顔を見てニヤリと笑い、「大丈夫だ、すぐ済む」と言ってその燃える鉄の焼印をネリの背中に押し当てた。
「ぐぁぁぁぁ!!」
熱さで意識が遠のきそうになった瞬間、空気が振動し、爆発が起こった。一瞬で小屋は吹き飛ばされ、全ての物が木っ端微塵に破壊された瞬間、ネリの身体は空間に飲み込まれ、城に移動した。
昼間から玉座に座り、酒を飲み、裸の女を侍らせているカルデナスが目の前にいた。初めて見る父親は自分と同じ銀髪に緑色の瞳だった。
背中の火傷がドクンドクンと脈打ち、痛む。突然の訪問者にカルデナスは驚き、剣を探した。
ネリが玉座に立て掛けてあった剣を見るとその瞬間、自分の身体がそこに移動した。ネリは無意識に剣を手に取り、玉座から這いつくばるように逃げ出すカルデナスの背中を思い切り突き刺した。
女達が悲鳴をあげ、逃げ出すのをよそにネリは這いつくばるカルデナスの背中から剣を抜き、馬乗りになって何度も刺した。
動かなくなったカルデナスの首には魔物が取り憑いた黒い痣のような痕があった。
『我が力に目覚まし者よ、我と共にこの地を支配しよう。その苦しみ、怒り、憎しみを糧にこの地に復讐しないか?』
割れた不快な声が頭の中にそう語りかけて来た。
「…うるさい、黙れ」
ネリはそう言ってその場を離れた。
ネリはあのパレードを思い出す。キラキラと輝くあの光景はまるで絵画のように焼きついている。自分と同じ銀髪の少年が愛おしそうに宝物を見つめる笑顔を。
「…面白い。まだあの宝物が生きているとは」
ネリはそう言って不適な笑みを浮かべた。
「魔物よ…好きにするがいい。契約してやろう。この身体を元に戻せ。宝物を手にかけ、お前の望みも叶えてやる」
『…契約成立だ、ネリ。我が名はジゼル。あぁ…、久しぶりに人間の実体が持てる』
割れた声がそう言うと部屋の隅に漂っていたどす黒い何かがネリの身体に吸い込まれて行った。




