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奴隷の呪いと  作者:
6/15

6. カイン・クレイオス・ハルク

「君、そこ、どいてくれないか?」

 教室の窓際の後ろから二番目の席、カインがノートを広げようとした時、目の前に三人の生徒が立っていた。見上げると赤い髪の男子生徒が笑みを浮かべ、カインを見下ろしてる。

 現国王、ラジール国王の四番目の息子、ピエール第四王子だ。赤い髪にラジール国王と同じ青い瞳は少しだけ釣り上がっている。

 両隣にはまるで王に仕える宰相のようにケール公爵の息子とビルリー伯爵の息子が立っている。魔法初等学校に入学して二日目、なぜかカインはこの三人に絡まれてる。

 魔聖と呼ばれるジェイドの孫、カインは父のユルゲイより魔力量は多かった。ジェイドと同じく茶髪に茶色い瞳、属性は風魔法だ。5歳の時の洗礼の時、その強い魔力量でやはり魔法省のリストに名を登録された。

 王立の初等魔法学校は七歳からの五年間、魔法やそれに準ずる法律、一般教養について学ぶ。ほとんどが貴族だが、裕福な商人の子供や特別枠で奨学生の平民もまれにいる。同じルールで公平に学べるようにここでは身分差をなくしている。が、しかし、貴族の子供達の親にとっては将来のパイプを作る大事な場所である。


「そもそも、お前みたいな平民上がりがなんで先に座るんだよ?」

 ビルリー伯爵の息子がカインのノートを取り上げ、床に落とした。この手の嫌がらせを昨日は他の平民にして泣かせていた。

 カインはどうしたものか、考えながら床に落ちたノートを魔法で拾い、机の上に戻す。ビルリー伯爵の息子はまたそのノートを掴み、床に落とす。

「はぁ…」

 くだらないやり取りにカインはため息を吐きながら席を立とうとした。

 教室の後ろから入って来た一人の生徒がこのいざこざを知ってか知らずか、無言でカインの横に座る。

 金髪に紺色に近い碧い瞳、長い睫毛、整った顔立ちをしたその少年は入学式で生徒代表の挨拶をしたスターク・ヘリオス・ステイサムだった。

「…誰かと思ったらスタークじゃないか」

 ピエール第四王子はスタークにそう話しかける。従兄弟にあたる関係だが、ピエールはスタークに対し劣等感を感じていた。

 昨日、スタークが入学式で生徒代表の挨拶をするため、壇上に上がった瞬間、会場がざわついた。その気品と美しい姿に貴族令嬢達は目を見張り、頬を赤らめながら熱い視線を送る。生徒や教師、そして保護者達もその気品あるオーラに一目置いた。

 こいつがいなければ自分が生徒代表を務めていたはずだ。従兄弟であるスタークを誰もが褒める。兄達もスタークが城に遊びに来ると喜び、何やら難しい話で盛り上がる。普段そんなに遊んでくれない歳が四つ離れた第二王子もスタークが来るとチェスをしたり、鬼ごっこに加わるくらいだ。


「そんな所に座るな。平民上がりの横じゃスタークの勉強を邪魔するかもしれないぞ」

 ピエールの言葉にスタークはピエールを見あげることもなく、答えた。

「もうすぐ授業が始まる。邪魔しないでくれない?」

 スタークが、ピエール第四王子にそう言うと辺りの空気が、ピシッと氷った。

「な…、誰に向かって口を聞いてる!」

 ピエール第四王子が声を荒げた。スタークは右手の人差し指をくるっと回し、半径三メートル以内の防音魔法を施した。

「学校生活内では貴族も平民も平等に学ぶ権利がある。要するに身分差はなしだ。その校則を決めたのはラジール国王だ」

「だからなんだ!」

「国王がなぜ殿下をこの学校に入れたのかを考えた方がいい。じゃないと殿下の五年間は無駄になる」

「スターク、不敬だぞ!」

 ケール公爵の息子がスタークの肩を掴もうとした。

「!」

 ビリッと電流のようなものが指先から伝わり、ケール公爵の息子は手を引っ込めた。

「こ、攻撃魔法は学校じゃ使っちゃダメなんだぞ! 先生に…」

 少し泣きそうな顔でケール公爵の息子がそう言いかけたのをカインが遮った。

「防御魔法だ、すごいなぁ!君!今のは何の力?」

 カインがキラキラした目でスタークを見た。この雰囲気を壊すかのようなテンションに、スタークは少しびっくりしてカインの顔を見た。茶色い髪に、茶色い瞳、好奇心の塊を純粋にぶつけてくる。

「だまれ!平民上がりのくせに!」

 ケール公爵の息子が今度はカインの肩を掴もうとした。カインは見向きもせず、その手をパシッと振り払う。

「!」

 平民上がりと言われ、怒ったのかと思いきや、カインの表情はにこやかだ。

「そう言うの、やめた方がいいよ。パ…いや、父上が言ってた。身分の差で人をいじめる人間は中身が空っぽだって」

「な…!」

 物怖じせず、そう言ったカインをスタークは不思議そうな目で見る。

「あと、マ…いや、母上が、そう言う人間は女の子にもてないわよって」

 得意げな顔で追い打ちをかけるカインのセリフにスタークは思わずプッと吹き出した。ピエールもその取り巻き二人も顔を赤くして怒っている。

「こいつ…!」

「気を付けた方がいい」

 スタークは冷静にピエールを見上げた。

「王族や上位貴族は良くも悪くも目立つから、言動に気を付けた方がいい。場合によっては恥をかくことになる。なんなら、今この防音魔法を解いてもいいよ。皆の注目の的だ」 

「ぐ…! 行くぞ」

 ピエールは歯をグッと食いしばり、悔しそうな表情を浮かべながらその場を去った。スタークは呆れたようにため息を吐くと防音魔法を解除した。

「君、魔法得意なんだね!さっきのは何?防御魔法、一瞬火花が散ったよね?」

「あ、ああ…雷の魔法だけど」

「え?雷!? 聞いたことない!」

 カインの目がキラキラしている。まるで新しいおもちゃを見るような目だ。

「君は王子様なの?」

「は? いや、王子様はさっきの…もしかして君、さっきの三人が誰だか知らないのか?」

「ん、どうせ身分の高い貴族だろ?」

「いや…赤髪のがこの国の第四王子だ」

「え? じゃあ君は? 入学式の時に皆の前で挨拶してたじゃないか」

「挨拶はしたが…」

 昨日からやたらと貴族の子息達がスタークに媚を売るために挨拶してきて正直煩わしいと思っていた。親たちに仲良くなるように言われたのか、特に会話もないくせにやたらと話しかけてくる。王弟のステイサム公爵の孫と言う肩書きがスタークにとっては迷惑なだけである。

「あぁ、ごめん。ママ…いや、母上が大好きな物語の王子様に似てたんだ。僕はカイン。カイン・クレイオス・ハルク。よろしく」

 クシャッとした笑顔はまだあどけなく、他の貴族の子供達からすると少々幼い。

「ハルク…君は前ハルク侯爵の孫?」

「あ、うん」

 こんな国の英雄と謳われているハルク侯爵の孫を「平民上がり」と罵っていたのかと思うと我が従兄弟ながら恥ずかしくなる。

「僕は、スターク・ヘリオス・ステイサムだ。すまない、さっきの赤髪は第四王子だが、僕の従兄弟でもある。国の英雄の孫の君に対しとても失礼だった事を、謝らせてくれ」

 スタークの言葉にカインはキョトンとする。

「なんで? スタークが失礼だったわけじゃないよ?」

「嫌な思いをしただろう?その…」

「平民上がりと言われて? 別に。パパから言われてたんだ。絶対にそう言って、からかってくる奴がいるって。相手にするなって。あ、パパじゃない、父上だ」

 そう言い直して恥ずかしそうに笑った。

「…それに、父上も僕も『平民上がり』は別に嫌じゃない。だって、何もない所から這い上がったお祖父様をカッコいいと思ってるから」

 カインの言葉にスタークは目が覚める思いで感心する。自分とは違い、純粋で擦れてないカインが少し羨ましく思える。

「君の父上は聡明だな」

「ソウメイ?」

「賢いっていう意味だ」

「あ、うん。お祖父様も言ってた、お祖父様とは違い、勉強ができるって。でも僕はあんまり勉強も好きじゃないからなぁ」

「じゃあ何が好きなの?」

「僕はお祖父様みたいな騎士になりたい。こないだね、妹ができたんだ。お祖父様が妹を連れて田舎に引っ越ししたから、まだ会ったことはないんだけど。パ…父上は剣術も魔法も全然ダメだから、僕は騎士になって妹とママ…いや、母上と父上も守ってあげるんだ」

「君のお祖父様も厳しい?」

「剣術の稽古の時は厳しいけど、終わったら必ず褒めてハグしてくれる。スタークの父上は厳しいの?」

「いや…父上は厳しくない」

「何の仕事をしているの?」

「…」

 スタークは一瞬躊躇う。祖父のステイサム公は父の仕事を良く思っていない。

「…王宮図書館の司書だよ」

「シショ?」

「図書館の本を管理するんだ」

「管理…すごいね!本をたくさん読んでるんだね!」

「別に本を読むのが仕事じゃない。どこに何の本があるかとかを管理してるんだ」

「もっとすごいじゃないか! 僕は本を読むのが嫌いだけど、パ…父上が言うんだ。本は知識の先生だって。自分がまだ知らないことを先人が教えてくれるんだって。君の父上はたくさんあるその先生を管理してるんだろ?」

 スタークはカインの言葉に胸の奥にある曇った窓ガラスがクリアになっていく感じがした。

「…そうだね、僕の父上もすごいんだ」

 そう呟いて、初めて口にする自分の言葉にスタークは少し嬉しくなり、微笑んだ。その笑顔にカインは少し驚いてノートでスタークの顔を隠した。

「な、何!?」

「スタークの笑顔、すごくカッコいい。その笑顔を見たら女の子が皆、君のこと好きになっちゃう」

 恥ずかしげもなくそんな事を言うカインにスタークは少し顔を赤くした。



「あ!スターク!」

 宮廷の近くの文房具屋でカインはスタークを見つけ、嬉しそうに近寄って来た。

「あ、カイン。こんなとこで会うなんて。買い物?君、一人かい?」

 スタークは父親のルイスと文房具屋に来ている。カインの周りに大人はいない。

「うん、父上の羽ペンを壊してしまったから、こっそり買いに来たんだ」

 いたずらっぽく笑い答えるカインにスタークはピンと来る。

「何かイタズラしてたんだろ?」

「まぁ、イタズラじゃなくて、実験だよ。羽ペンの羽を使って鳥のように紙飛行機が飛べないかなと思って」

「へぇ、それは興味深いね」

「でも、風の量を間違えて羽がバラバラになっちゃったんだ。父上の書斎は鳥が喧嘩したみたいに散らかってしまって。羽ペンの羽を50本、全部ダメにしちゃった」

「結構すごい量だね…」

 カインの話にスタークは散らかった部屋を想像して笑う。

「スタークは? あ、スタークの父上?」

 カインはルイスに気付き、元気よく頭を下げた。

「初めまして、カイン・クレイオス・ハルクです。」

 その自己紹介にルイスは微笑んだ。その笑顔はスタークと似て品がある。

「初めまして。ルイスだ。スタークから聞いてるよ。面白い子がいるって。ユルゲイ・マス・ハルク侯爵とは宮中でたまにすれ違うんだ。君は父上に似てるんだね」

「そうかな? 母上は僕の方がイケメンだって言ってるけど」

 カインの言葉にスタークとルイスは笑う。

「スタークも父上に似てるんだね」

 カインの言葉にルイスは少し申し訳なさそうに笑う。

「そんなことはないよ。スタークは私に似ては困る」

 自己肯定感の低いルイスの言葉にスタークは言葉を探そうとするが、見つからない。

「なんで? スタークは父上のこと、すごいんだって、言ってたよ?」

「いや、それはない」

「図書館の司書をしてるって。だからスタークも本が好きなんだよね?」

 カインの言葉にルイスは驚いてスタークを見る。スタークは照れくさいのを隠そうと焦っているようだ。自分の息子なのにあまり見たことのない表情にルイスは嬉しくてつい微笑んだ。ルイスは腰を落とし、目線をカインの高さに合わせる。

「カイン、スタークと友達になってくれてあリがとう。これからもよろしく頼む」

「友達じゃないよ」

「え?」

 ルイスとスタークは驚いてカインの顔を見る。カインは少し照れくさそうに言った。

「スタークとは親友なんだ」

 その言葉にルイスは微笑み、スタークとルイスの頭を愛おしそうに撫でた。










 

 

 

 

 



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