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奴隷の呪いと  作者:


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59. 卒業

 薄紫のドレスを身に纏い、アリアはクラスの女子達に囲まれていた。

 卒業式ではアリアが首席として答辞を述べた。裁縫の教科以外の成績は優秀で、優等生だった。アリアの本性を知っているのはキャロラインしかいない。五年間、完璧に淑女のふりをした。

 卒業式後のパーティー会場は卒業生とその関係者で華やかに彩られていた。


「アリア嬢、騎士団の入団、決まったんですってね。おめでとう」

「あリがとう」

「今日のドレス、とてもきれいだわ」

「社交界にはいつデビューされるの?」

「社交界…そうね、そのうち」

「アリア嬢、ダンスはどなたと踊られるの? 皆あなたを誘いたくてうずうずしてるわ」

「そうよ、高嶺の花と最後の思い出にって、勇気を出して誘うつもりなのよ?」

「カイン様はキャロライン嬢と踊るだろうから、皆、我こそはって鼻息荒かったもの」

 女子達の会話にアリアは笑顔でごまかす。

 制服と違い、ヴィオラが選んでくれた背中の開いたドレスはやはり落ち着かない。背中の奴隷紋は擬態の魔法で隠したが、もしも魔法が解けたらと、絹のストールを肩に掛けている。

「カイン、遅いわね。仕事を早めに切り上げて駆けつけるって言ってたわ」

 アリアはキャロラインに小声で言った。

「アリアが卒業式で答辞読むの、知らなかったって悔しがってたわよ?知ってたら仕事休んで卒業式から見に来たのにって」

「見てもしょうがないのに」

「しょうがないわよ、シスコンなんだから」

 キャロラインはそう言って笑った。


 スタークはタキシードに身を包み、パーティーの会場に現れた。

「カイン、助かったよ。タキシード、さすがに用意してなかった」

「いきなり風メールで今日帰って来るなんて知らせといて。明日だったらアウトだったぞ?」

「ああ、悪い。本当は昨日帰って来る予定だったんだ。カラパイトとの国境で魔獣が村を襲ってたみたいだ」

「アリアにはサプライズだから、びっくりするだろうな」

 カインはワクワクした表情でスタークを見た。

「スターク、珍しく緊張してる?」

「まぁ…多少。この前、お前に老けたって言われたし」

「冗談だよ。めちゃくちゃカッコ良くなってたから、意地悪で言ってみただけだ」

「カインもな。…ま、アリアは俺のこと待ってないらしいけど」

 スタークはそう言って苦笑する。

「スネてる?」

「いや。三年も音信不通なら仕方ないだろ」

「寛大だな、スタークは。僕ならスネちゃうよ」

「これから口説く時間はいくらでもあるから」

「…なるほどね。余裕あるな、モテる男は。二階から入ろう、その方が二人を見つけやすいよ」

 カイン達はそう言って会場の二階のキャットウォークから会場を見渡す。

 華やかなドレスやスーツの若者たちがにぎわう中、スタークの目にアリアの姿が目にとまった。 

 トクンッと心臓が大きく跳ねた。

 薄紫色の胸元と背中の空いたドレスを三年前よりもセクシーに着こなし、大人の女性がそこにはいた。キャロラインと話しながら見せるその笑顔は昔のままだが、大人びた顔は息を呑むほどに美しい。スタークの目にはアリアだけがカラーに映る。

 自分の知らないアリアを見せられているようでスタークは無意識に焦った。

「あ、いた。あそこだ。わかる?あれ」

 カインがそう言って指差すと、アリアはキャロラインに何か告げ、一人バルコニーの方へと歩いていく。

 スタークは吸い寄せれるように階段を降り、そちらに向かった。


「キャロライン嬢、卒業おめでとう、それと婚約も」

「スターク様!?あ…お帰りなさいませ…なんか…ずいぶん大人に…」

 キャロラインが驚いているとカインが慌てて駆けつけた。

「キャロライン、卒業おめでとう。びっくりした?」

「カイン様、びっくりしましたわ!」

「アリアはどこに行ったの?」

「ダンスに誘われたら面倒だからって逃げましたわ。ここじゃ何も食べれないからって、ブドウを一房隠し持ってバルコニーの方へ」

「…相変わらずだな」

 スタークはプッと笑う。その笑顔にキャロラインは安心したように微笑んだ。

「スターク様も相変わらず…みたいですね。早く行かないと、アリアを狙う殿方が追いかけて行くかもですわ」

「ああ、行ってくる」

「スターク。頑張れよ」

 カインの言葉にスタークはフッと笑顔を見せ、バルコニーの方へと早足で向かった。心臓がバクバクと音を立て、手に汗を握っている。

 カーテンをくぐり、バルコニーのドアをそっと開けると月あかりの中、アリアが右手でブドウを房ごと高く月にかざし、一番下の一粒にかじりついていた。

 ドアの開く音に気付いたのか、アリアが固まった。慌ててブドウを飲み込み、のどに詰まらせ、こちらを見れない。

「失礼、お食事中ですか?」

 スタークはわざと他人のふりをしてアリアの背中に話しかけた。

「…い、いえ、少し人の多さに酔ってしまったので空気を吸いに。あ…私にはおかまいなくパーティーをお楽しみくださいませ」

 アリアは相手の顔も見ず、出て行けと言わんばかりにそう言った。

「私も酔ってしまったのでここで少し休んでも?」

「…お好きになさって」

 アリアはため息を吐いてブドウをバルコニーの手すりに置き、一粒もいで普通に口に入れた。

「ブドウ、お好きなんですか?」

「…ええ、まぁ」

「私はイチゴが好きです」

「…そうですか。テーブルにイチゴもありましたよ。取ってこられては?」

 背を向けたアリアは一人になりたいらしく、こちらを見ようともせずにつっけんどんにそう言った。スタークは笑いをこらえる。

「ご存じですか? イチゴにチョコレートをかけたら美味しいんですよ?」

「!知ってますわ。イチゴだけじゃなくて、私はオレンジにチョコレートの組み合わせが好きで…」

「じゃあ…今度それを食べにいきませんか? キャロラインの店に」

「え?」

 アリアは驚いて思わず振り返った。そこには三年前に見た時より背が高く、たくましく、精悍な顔つきになったスタークが微笑んでいた。

「あ…」

 アリアは思わず手を伸ばし、抱きつきそうになったのをこらえようとした瞬間、スタークがアリアの手を取り、抱き寄せた。

「ただいま…アリア」

 スタークの左手をアリアの腰に回し、右手は肩に直接触れている。夜風に当たり、冷たくなった素肌にスタークの手の温かさが伝わる。

「…お帰りなさい」

 アリアはそう言ってスタークの胸に顔を埋めた。心臓の音が速く聞こえる。

「声が…声が違うわ。だから分からなかったし、まさかこんな所に来るなんて」

 アリアはそう言ってスタークの顔を見上げた。

「うん、驚かせたくて…」

 スタークはすっぽり自分の腕の中に収まるアリアの柔らかさが心地良く、胸がいっぱいになる。

__あぁ…やっぱり好きだ。

 スタークはそう噛み締め、アリアの顔を見た。

「さらに美人になったな」

「…そう言うとこ、変わってないのね」

「変わったさ。…直接、触れられる」

 そう言ってスタークはアリアの頬に手を当てた。アリアの心臓はドクンドクンと脈打ち、身体が熱くなる。

「もうグローブは必要ないのね」

 アリアがそう言うとスタークはジャケットの懐に手を入れ、アリアに貰ったグローブを出して見せた。

「ずっと持ってたよ。でも、これ見て」

 スタークはグローブと自分の手を比べた。

「小さくなった」

「スタークの手が大きくなったのよ」

「魔法が効かないから、大きくできない。だからもう、直接触るしかできない」

 そう言ってスタークはアリアの右手を握り、手の甲にキスをした。

「ダンス、踊ってくれる?」

 嬉しい気持ちと同時に、自分に突きつけられた現実がアリアの胸を締め付ける。

「…そうね。これが…ラストダンスだけど」

 アリアは少し寂しそうに微笑んだ。

「どう言う意味?」

 アリアは覚悟を決めて口を開いた。決して悟られないよう、口元に笑みを浮かべる。

「…私はスタークを友人としか思えないわ。恋にはならない」

 アリアの笑顔を見つめ、スタークは納得したように頷いた。

「それでもいいよ。さぁ、踊ろう」

 やけにあっさりと納得したスタークにアリアは少し寂しいような、安心したような気持ちでスタークに手を引かれ、バルコニーから中に入った。


 会場の中がどよめいた。いきなり現れた美しい二人に釘付けになる。


 アリアの手を包みこむスタークの手はゴツゴツして、大きい。

 スタークの体温が腰と掌から伝わり、昔と同じスタークのスーッとする香りにくらくら来そうになる。心臓の音が伝わらないように、アリアは息を整えようと必死だ。

「緊張してる?」

「してないわ」

 咄嗟に返すアリアの笑顔を見つめ、その笑顔に確信したように、スタークは愛おしくてアリアを引き寄せた。

 鍛えられたしなやかな腰のくびれと胸の膨らみに、スタークの心臓もうるさい。

 スタークはまるで周りに自分の物だと見せつけるようにアリアを抱え込む。

「ち、近いわ、スターク」

 顔が赤い。

「ダンスでも俺の方が圧倒的かな?」

「そんなわけないでしょ?」

「ステップが〇.二秒遅いよ?」

「お、お腹が空いてるからよ」

「ブドウ丸ごと一房じゃ足りない?」

「スタークが驚かせるから一粒丸ごと飲み込んで苦しかったのよ?」

「あんな所でブドウをにかじりつく淑女は君くらいだよ」

 スタークは先程のアリアを思い出し、プッと笑う。そのスタークの笑顔にアリアのいつもの笑顔が出た。

 二人は華麗に踊り、会場の主役を奪った。






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