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奴隷の呪いと  作者:


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56. デクロニール

 ジオルグのハーシックの森に入った。密偵の話によるとこの森を抜けた先に小さな町があり、その町に工場がある。

 鬱蒼とした森は薄暗く、陰気な空気が漂い、瘴気も混じっているせいか、魔物や魔獣がウロウロしている。

 

「ネリ将軍とは、ジオルグの元国王の弟と平民の間に生まれた私生児だった。王族とは認められず、平民として育ったため、内乱の時に生き延びた。王族が滅び、自兵団を率いて何度もクーデターを起こし政府を倒すが、決して自ら王の座には就かず、誰の支配下にもならない、将軍と呼ばれる男だ。属性は火、土、そして空間。瞬間的に空間を移動するが、どのくらいの距離が可能なのかはわからない。自兵団の数は三十人程度だが、その下には奴隷兵がいる。その数は戦によって増えるらしい」

「フェタニールの工場もネリが運営してるんですか?」

「ああ、ここだけの話、国際会議で奴隷制度とフェタニールの製造、使用を同盟国で禁止する法案を出した時、拒否した国が二ヵ国あったらしい。ネリの取引き国かもしれない」

「その国は戦争でも起こすつもりなんですかね?」

「同盟国に対してではなく、おそらく、属国を支配したり同盟国以外の国を侵略して領土を広げるためかもしれない」

「今回ネリはなぜカラパイト人を狙ったんだろう。奴隷は普通、魔力のない人間が多い。魔力を奪う拘束具を付けるなら、最初から魔力のない人間をさらう方簡単なはずです」

 スタークは森の中でこちらを隙あらば狙ってこようとしていた猿の様な魔獣を火弾で何気なく撃ち殺しながらマリウスに尋ねた。

「これもキケ王国の密偵が調べてくれたことなんだが、ネリはフェタニールの他にもう一つ魔薬を製造しているらしい。どう言ったものかは分からなかったが、それと関係しているのかもしれない」

「魔力がある者を使役する魔薬…ですか?」

「かもしれん。密偵が言うには製造工場の周りは魔薬中毒者がうろついていたらしい」

「中毒者にしてしまえば魔薬欲しさに言うことを聞かせることができる。それをカラパイトで試そうとしてたのか…」

 マカフィーが腹を立てながら唇を噛み締める。

「工場で働く奴隷は八十人程度らしい。その奴隷達をスタークとカインが解放したら、マカフィーと俺で工場を爆破する」

「ネリはいるんですかね?」

「工場にはいないと思うが…」

「工場を攻撃すれば、こないだみたいにまた空間移動して現れるかもしれない」

「今度は逃さない」

 スタークはそう言ってまた一匹、こちらを伺う魔獣を仕留めた。



「これは…」

 森を抜け、サンティアナの町に入り、四人は青冷めた。町人は道端に座り込んだり、寝転がったり、奇声を発しながら笑ったり、泣いたりする者もいる。目はうつろで顔色は青白い。

「デクロを…デクロを持ってるんだろ?」

 一人のスターク達と同じ年頃の男が四人に声をかけてきた。

「デクロ…?」

「隠すなよ…デクロをよこせ、早く!」

 そう言ってカインの胸ぐらを掴んでこようとしたところをスタークが人差し指でその男の肩に電流を流し、気絶させた。

「に、兄ちゃん! お、お前!兄ちゃんを殺したのか!?」

 十歳くらいの子供が泣きながらスタークに殴りかかって来た。カインはその男の子の後ろ首を掴み、制する。

「殺してない。気絶させただけだ」

「デクロとはなんだ?」

 マカフィーが子供に尋ねる。子供は泣きながら口をつぐんでいる。

「教えて。この町はどうなってるの?」

 カインが優しく尋ねた時、家の中から白衣を着た六十歳くらいの女が出て来た。

「…よそ者か。お前らもフェタかデクロを買い付けにでも来たのか?」

 背筋のピンとした女は煙たそうに平民の格好をしたスターク達四人を見た。

「…よその国の軍人か、あんたら」

「なんでわかる?」

 マリウスが尋ねると女は鼻で笑う。

「んな逞しい体つきの平民なんざこの国にはいないよ。…パウロ、命があるだけありがたいと思いな。そのヤク中アニキを今のうちに縛り付けるよ」

 そう言って女は弟と二人で気絶した兄を抱えようとした。スタークとカインが手伝だおうとすると女は驚いた。

「どこに運べばいい?」

「…手伝ってくれるのかい?…じゃあ、中に」

 二人は女の家の中に兄を運んだ。

「ここは…診療所ですか?」

「…まあね。と言っても…町がこんな状態じゃ、まともな患者なんていないがね」

 女はそう言って兄をベッドにくくりつけた。

「話を聞かせてください」

「…あんたらも入りな」

 女はそう言って家の外に立っているマリウスとマカフィーも家の中に入れた。

「…何で縛りつけるんですか?」

 カインが尋ねると女は注射器を用意し、気絶している兄の腕にうった。

「こいつはデクロ中毒だ。工場の奴らから売人になれって誘われて金欲しさにやったのさ。でもデクロの恐ろしさに気付いて足を洗おうとしたら、奴らに大量のデクロを打たれた」

「デクロとは魔薬のことだな?」

「…どうやらあんたら、買い付けに来た奴らじゃなさそうだね」

「ああ」

「同盟国の軍人かい?」

「ああ」

「やっと動いたか」

「…フェタニールの工場を潰しに来た」

「!」

 マリウスの言葉に女は驚く。

「そんなこと私に言って大丈夫なのかい?」

「大丈夫だ。俺は鑑定スキルを持ってる。いい人間かどうかくらいわかる。ラスタ王国のマリウスだ。」

 マリウスはそう言って手を差し出した。女は少し安心したようにその手を握る。

「…そうか。私はミズ。この町でずっと診療所をしてる」

「マカフィーです」

「スタークです」

「カインです」

「お、俺も…パウロだ。兄ちゃんはナイル」

 ミズは気絶するナイルにゾーンを張り、その中の空気を火魔法で温める。

「さっき射ったのは解毒剤ですか?」

「ああ。薬が抜けるまで汗をかかせる。薬が切れると苦しくて凶暴化する。完全に身体から出す必要があるのさ。気絶させてくれて助かったよ」

「デクロとはどんな魔薬ですか?」

「デクロニール。フェタニールを作る工程でできる魔薬だ。一年程前に出回るようになった。射つと最初は気分が良くなり、現実逃避できる。貧しいからね、この国に残った人間は」

 そう言ってミズはそう言って汗をかき始めたナイルを見る。

「デクロを射つと最初はいいが、そのうちに量が増えていき、切れると苦しくなる。そしてまた量が増えていく。それを欲しさに工場で無償で働くやつもいれば、どうにもできず自殺する者もいる」

「デクロニールは魔力はどうなる?」

「フェタニールと違い、デクロがきいているうちは魔力量が増える。その代わり、切れると魔力も枯渇し、苦しむ」

「恐ろしいな。フェタニールと同じような液体か?」

「いや、粉だ。直接吸ったり、注射器で血液に入れたり…」

「…ネリ将軍の仕業だな?」

「将軍だけじゃない。この国の貴族、全員がグルだ。国民を奴隷化するつもりなんだろう。そうすればただで働かせられる」

「工場を破壊しても対して変わらない。大陸同盟が介入しなきゃ…」

「この国は十二年前の内乱でジオルグ国王と一緒に滅んだんだ。昔は良い国だったよ。国民思いの良い国王だった」 

 ミズはそう言ってため息を吐く。

「まずは俺達は任務を遂行する。このままでは国同士の争いの火種になりかねない」

「急ぐぞ」

「あんたら、まさかたった四人で行くつもりかい?」

「ああ、そうだが…?」

「もしネリが現れたらどうするんだい?」

「戦う」

「…言っとくがアイツは強いぞ」

「知ってます」

「奴隷達はどうなる?」

「同盟国が保護する予定だが…凶暴化していたら話は別だ。どうしたものか…」

「浄化できれば解毒が一気にできると聞いたことがある」

「浄化かぁ…魔法省にしかいない。ラステルさんなら一気に浄化できるだろうが…」

「ジオルグの元魔法師達が城に幽閉されている。その魔法士達を助ければ…」

「城には誰がいる?」

「ネリの手下達だ。城は奴らのアジトになっている」

「…作戦変更だ。工場はスタークとマカフィー、カインでやれ。俺は城にいる魔法士達を連れてくる」

「マリウス団長一人で?」

「工場が攻撃されれば、城は手薄になるはずだ」

「…じゃあ派手に壊してネリを呼ぶしかなさそうですね」

「そうしてくれるとありがたいな」

「城までは僕が私が案内するよ。パウロ、お前は工場に案内しろ」

「わかった!」

「あリがとう。よし、じゃあ後で魔法士達を工場に連れて行く」

「マリウス団長、気を付けて」

 一行は二手に別れ、出発した。





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