54. 初陣
ジオルグとの国境を越え、ジオルグの首都に向かう山道でラキタヤの村人達の一行を見つけた。
村人は全部で一八六人、首輪を付けられ、右足を鎖で十人単位で数珠繋ぎで繋がれている。後方は女性と子供だった。赤子を抱いている母親もいる。歩ける子供は泣きだすとムチで打たれ、歯向かうものは見せしめにリンチされる。
スターク達は夜になり、一行が野営をするのを待った。
「敵の人数は四十五人…十人の鎖でつながれた村人に対し、二、三人の見張りがついています。女子供の方には一人か、二人の見張りです。列の後方の見張りがそれぞれ拘束具の鍵を持っている」
闇属性のジョゼフが闇に紛れ、偵察して来た。スタークとマカフィーは作戦を立てる。
「村人達は十八の列に別れている。一人一列、助けるんだ。村人が人質に取られないよう、スタークがゾーンを張る。カナルとトレースはそのゾーンの中入れなかった村人を誘導して守れ。他の者は奇襲をかけ、見張りを倒して鍵を奪え。ゾーンの中に賊兵を入れるな」
「二百近くの人数が入れるゾーンなんて張れるんですか?」
カナルの質問にスタークは頷く。
「見張り以外の敵は俺とマカフィー団長が相手をする。君達は自分の任務を必ず遂行してくれ」
「はい!」
全員が返事をした。対魔物は何度か戦ったが、賊兵とは言え、初めての戦になる者ばかりだ。緊張が伝わって来る。
夜の闇に紛れ、スターク達は一行に近づいた。歩き疲れて眠る者が多く、寒空の下、地べたに並んで眠っている。その集団を二〜三人の賊兵が見張っている。
スタークが閃光弾を空高く打ち上げ、三十秒間、昼間のように明るくなった。賊兵達が空を見上げたと同時に騎士団達が動き出し、スタークは村人が一番集まる場所に大きなゾーンを張った。離れた場所にも村人達がいた為、全部で四つのゾーンを張るとすぐさまマカフィーの元に向かった。
マカフィーは六人に囲まれながら、スタークに言った。
「スターク、ここはいい。あいつらの援護を頼む」
「はい」
スタークはすぐさま剣を握り、騎士達の元に駆けつけた。日頃の訓練の成果が出て、あっけなく敵を捕縛する者もいれば、苦戦し、斬りかかれない者もいる。
「ナジャ! 攻撃しろ!やられるぞ!」
「で、でも! や、やっぱり人は…」
ナジャはそう言って賊の攻撃をかわすばかりだ。
「!」
賊が右手を前に出し、ナジャに対して火砲を撃った。スタークは咄嗟にその火砲に飛び込み、ナジャの盾になった。
「スタークさん!」
スタークの身体は烈火に包まれ、全くダメージがない。
「ナジャ、ジャマだ」
スタークはそう言って賊に烈火弾を撃ち、火だるまにした。
「グアァァ! た、助けてくれ!」
のたうち回り、泣き叫ぶ賊を背に、スタークは冷たい表情でナジャに言った。
「殺す覚悟がないなら剣を捨て、ゾーンに入っとけ。魔物だろうが人だろうが関係ない。敵は殺せ。それが仕事だ」
いつも穏やかなスタークの顔が冷酷な表情に変わっていた。ナジャはツバを飲み込み、戦場よりもスタークに恐怖を覚えた。
「殺らなきゃ殺られる。そして何一つ守れない。お前が守りたかったものはなんだ?」
その言葉にナジャの胸がトクンと痛んだ。三年前、あの魔物に家を壊され、父親がナジャを庇って踏み潰された。
「や…やります!」
ナジャは立ち上がり、剣を構えた。
スタークは他の騎士の所に駆けつける。ケガをしながらも立ち向かう騎士達をグッと堪えてギリギリまで加勢せず、見守る。今まで教えてくれたカルティネ卿の気持ちがよくわかる。
鍵を回収し、全ての賊兵を制圧したのを確認すると、スタークはゾーンを解除した。騎士達は村人の拘束具を解除し、治癒士のカナルとトレースがケガをした村人を治癒する。
マカフィーが捕らえた幹部の連中はボコボコにされてうなだれている。
「どいつが頭だ?」
マカフィーが剣を首に突き付けた。男達は一様に黙っている。
「…そんなんじゃ吐きませんよ、マカフィー」
スタークは一番屈強そうな一人を立たせ、人差し指をその男の胸に突き立てた。
「口が固いのか、頭がよっぽど怖いのか知らないが、口を割った方が楽だよ、きっと」
スタークはそう言って指先に電流を流した。ビリビリと音を立て、男の身体が痙攣する。
「ぐわぁぁぁ!!」
口から泡を吹き、電流を止めても男の身体が痙攣している。
「で? この中に頭がいるのか?」
見ていた仲間が恐怖におののく。
男は苦しそうに息を吐き、叫ぶ。
「い、いない!お、俺たちは命令されただけだ!」
「誰に?」
「そ、それは…」
「あんな大量のフェタニールはどこで手に入れた? そもそも、二百人分の魔力封じの拘束具を賊が手に入れれるとは思えない」
スタークはそう言って指先に電流を再び流した。
「ぐわぁぁぁ!!」
男は気絶し、マカフィーが男の顔に水魔法で水を浴びせ、意識を呼び戻す。よっぽど苦しいのか、屈強な男がガタガタと震え、恐怖で言葉が出ない。
「…別に君達が口を割ってもいいんだよ。順番を待つよりその方が早い」
スタークはそう言って人差し指を違う男の額に当てた。
「わ、わかった!ネリ将軍だ!フェタニールもジオルグの工場で…」
そう男が叫んだ瞬間、背後にものすごい魔力を感じ、スタークはマカフィーと自分にだけ防御幕を張った。
『ドーンッ!』
爆発と共に捕らえた賊の身体が木っ端微塵に飛び散り、スタークが振り向くと空中に二メートルはある銀髪の男が浮いていた。
「マカフィー、騎士全員で防御幕を張って皆を守ってください」
スタークの言葉にマカフィーは従うしかない。目の前に浮いている銀髪の男はマカフィーの魔力量をはるかに超えている。
「一人で大丈夫か?」
「…大丈夫ですよ」
そうは言ったものの、スタークの額には汗がにじむ。足手まといにならないよう、マカフィーはすぐさま村人の方に飛んだ。
「俺の商売をよくも邪魔してくれたな?」
「…商売なら自国で全て賄ってくれ。お前がネリ将軍か?」
「チッ、口の軽い奴らだ。…カラパイトの王子様ではなさそうだな。髪色が違う」
「…村ごと襲うとは、カラパイトと戦争するつもりか?」
スタークはそう言って烈火弾を浴びせた。それと同時に剣で斬りかかりに行くがそこにはネリ将軍の姿はない。
「!?」
突然、スタークの背後に現れ、スタークに斬りかかる。スタークはそれを避け、空中で二人は剣で戦う。
「くっ…!」
お互いに譲らない打ち合いにマカフィー達は防御幕の中から息を呑んだ観ている。スタークが破れれば、終わりだ。
剣術はスタークが上だが、力はネリの方が強い。スタークは剣に雷の電流を流した。
「グア!」
ネリが剣を地上に落とすと同時にスタークに火弾を浴びせる。スタークは火弾を烈火の壁で吸収し、跳ね返した。
「!」
またもやその場所にネリはいない。
「瞬間移動か!?」
ネリはニヤリと笑い、再びスタークの背後をとると、スタークの肩に触れ、爆発をさせようとした。スタークは咄嗟に自分の身体に電流を流し、ネリは感電して離れる。触れた右手に雷紋が走る。
「クソ!雷か!」
お互いに魔法で攻撃し、辺りはその光で明るくなる。
信じられない戦いぶりにマカフィー達は目が離せない。
スタークはネリに向かって大きな火砲を打った。また再びネリの姿がなくなると同時にスタークは振り向きざまに雷鎚を何発も自分の背後に落とした。
「!?」
ネリの肩に一発が命中し、右肩がダラリとなった。スタークは更に烈火砲を打ち、ネリを仕留めようとしたが、ネリは危険を察知し、その場からふと消えた。
「チッ…逃がしたか!」
一気に暗闇が広がり、ネリ将軍の魔力は微塵も感じられなくなった。
「…スターク!」
騎士達は空中から降りてきたスタークを取り囲んだ。珍しく肩で息をし、身体のあちこちから身がにじんでいる。そして右目の下もバックリ割れ、血が流れていた。
「カナル!トレース!治癒を!」
マカフィーがそう叫ぶとスタークは首を横に振った。
「大丈夫だ、全部かすり傷だ。村人を優先してくれ」
「だめだ。止血だけでもお前が先だ。また奴が戻って来たらお前しか太刀打ちできん」
そう言っでマカフィー自ら自分の魔力をスタークに分ける。巨大なゾーンをいくつも作り、ネリとの戦いでかなりの魔力を消費していた。
「まだ俺に働かす気ですか?」
スタークが笑って尋ねるとマカフィーは苦笑した。
「ばれたか」
「…皆ちゃんと戦って任務を遂行した。しっかり褒めてやってください」
「ああ、そうするよ」
「あ、スタークさん、動かないでください!」
治癒士のカナルがそう言ってスタークの額の傷に手をかざす。
「俺の妹、スタークさんのファンなんです。顔に傷なんか残したら、妹にボコボコにされます」
「あリがとう。村人の中に重傷者は?」
「一人足の骨が折れてました。あとは打撲、擦り傷です」
「そうか」
スタークは少し安心したように息を吐き、辺りを見渡した。
「マカフィー、残りの賊兵からフェタニールの工場を聞き出してください。これはカラパイトだけの問題じゃない。大陸同盟国で会議にあげる案件だ」
「ああ、そうだな。お前は少し休め。結界は村人も含め、皆で張る」
「…ああ、少し疲れた」
スタークはそう言うと木に寄りかかり、目を閉じた。




