53. ラキタヤ
カラパイトの王都から馬で二日かけて、ジオルグとの国境沿いの村、ラキタヤにスターク率いるカラパイトの騎士団が二十人来た。
ここを治める領主から救助の要請があり、派遣されたのだった。
村は荒れ果て、住民はいない。いるのは年寄りと病人だけだ。食糧庫は略奪され、あちらこちらに争ったあとは見える。元々二百人程度の小さな村だ。
「これは一体…たった三日で村がもぬけの殻に」
団長のマカフィーは兜を取って目を疑った。
元々副団長だったマカフィーは、あの巨大な魔物と戦い、大怪我を負ったが、回復した後、騎士団に復職して団長になった。
スタークは雨戸が閉めてある家のドアをノックした。
杖をついた五十歳くらいの男が出て来た。痩せこけ、疲労が見える。
「騎士団です。事情を聞かせていただけますか?」
「今更来ても…もう遅い。何もかも…奴らに奪われた後だ」
男は怒る気力も無いほどだった。
「すみません。でも…話は聞かせてください。町には病人と老人しかいません」
「…」
男は肩を震わせて口を開いた。
「…三日前、いきなりジオルグの賊兵が来たんだ。五十人程度…いや、それよりも少なかったはずだ。奴らは剣で皆を脅し、首に拘束具を付けた。女、子供にもだ」
「抵抗はしなかったのか?」
マカフィーが尋ねる。そもそも、カラパイト人は魔力が高く、平民でも戦闘能力がある。
「魔法が…使えなかった」
「!?」
「その前の日から、皆魔法が使えなくなっていたんだ。生活魔法ですら…」
「そんな、バカな!村人、全員!?」
「ああ。だから変に思って、領主に言ったんだ。そしたら、王都に連絡して調査してもらうと…」
「…そして翌日、ジオルグの賊兵が来たと?」
「ああ、ジオルグ語を話していた」
「疫病か?」
「いや…別に魔力以外は普通だった」
スタークはハッとしてマカフィーを見た。
「フェタニール?」
「フェタニール…聞いたことあるが、何だったかな?」
「魔薬です。飲むと即効で魔法が使えなくなります。数時間で効き目は切れるが…」
スタークはアリアが飲まされた時の事を思い出した。アリアもキャロライン達も飲まされてから五、六時間は魔力が使えなかった。
「…ここの水源はどこですか?」
スタークは家の中にある水道を見て男に尋ねた。
「…山のふもとに貯水池があり、そこから水道で各家庭に運ばれる」
「貯水池にフェタニールを入れたのかもしれない。すみません、水を見せてもらえますか?」
男はスタークに言われ、木で出来たコップに水を注いで持ってきた。
「もう三日経ってるから、痕跡が出るかわからないが…」
スタークはそう言いながら水に手をかざし、小さな魔法陣を出した。毒を検出するための呪文を唱えると、水の色がうっすらと黒くなった。
「…飲水に混入したんだろう。おそらく、大量の」
「時間が経つと効き目が切れるから拘束具を付けたんだな。首に…となると、魔力を封じる奴隷用の拘束具だろう」
「奴隷…」
スタークはヨルンの奴隷紋を思い出した。
「ジオルグは奴隷制度がある。奴隷制度を廃止する国が増えているのに、こんなことをするなんて…」
「王都が復興で大変な時を狙ったんでしょうね」
「ジオルグの王都まで二百人の人間を運ぶには二日はかかるはずだ」
「マカフィー、まだ間に合うはずです。急がなければ、奴らは背中に奴隷紋の焼印を押すはずです」
「王都には連絡する。俺達はこのまま急いで拐われた人達を追おう」
拐われた平民達を追い、騎士達は馬を走らせた。夜になり、野営を張る。
「…ジオルグと戦争になりますね」
焚き火を囲みながらスタークはマカフィーに言った。慣れない馬での遠征に若い騎士達は疲れて寝ている。
「ジオルグは今、国王も政府も存在しないんだ」
「え?」
「あの国は無法地帯だ。十年以上前にジオルグの正当な王族が滅びた後、何度も内乱が起き、国交もなくなった。今じゃ誰も統治もせず、国民は他の国に逃げたりしているんだ」
マカフィーは手元の木を焚き火に投げ入れる。
「王族はいなくても貴族がいるでしょう?」
「ああ、腐敗した貴族は奴隷を使って働かせ、他国に奴隷を売り、利益を得る者もいるそうだ」
「じゃあ、今回拐われたカラパイト人達は…」
「貴族が買うか、他国に売るか…だろう」
「ひどい話だ…。でも逆に…政府がないなら、国同士の戦争にはならないのはまだ救いがある。マカフィー、急ぎましょう。戦争にならないなら、応援はいらない」
「まさか、俺達二十人で? まだ無茶だ。こいつら皆、初陣に近い状態だぞ?」
マカフィーはそう言って休んでいる騎士達を見た。まだ皆、十代の騎士が多い。王都に残っている騎士の中には三十代のベテランもいるが、今回の遠征は二十六歳のマカフィーが一番歳上だ。
「相手は五十人程度です。正直に言うと俺とマカフィー二人でも賊兵には勝てるはずです」
「嘘つけ、お前一人でも…だろ?」
マカフィーはそう言って笑う。
「魔物の戦力は計り知れないが、人の戦力は限りがあるからな。たまにお前やカルティネ卿みたいな化け物がいる程度だ」
「ラスタにはもっといますよ、化け物級の騎士や元騎士が」
「それはすごいな」
「だから俺が安心してカラパイトに来れてるんですよ」
スタークはそう言って笑う。
「ハリスさんも魔力が上がって来たんだろう?」
「ええ。あと半年もあれば独り立ちできるでしょう」
「そしたらもう、お前はラスタに帰ってしまうのか?」
「そうですね。騎士団も形になってきたし」
「不安だなぁ、お前がいなくなると」
「カラパイトの人は元々の戦闘力が強いから大丈夫ですよ」
「まぁ、お前も早く祖国に帰りたいよな。結局三年近く帰ってないんだ」
「いい経験になりましたけどね」
「明日も早い。仮眠をとろう。お前が張ってくれた結界なら夜も安心だ」
「はい」
二人は座ったまま目を瞑った。




