51. 心変わり
「アリア嬢、僕と付き合ってくれないか?」
放課後、中庭に呼び出されたアリアはクラスメイトのリズナー・フェルナンデスにそう言われた。
フェルナンデス侯爵の息子で文武両道で優秀な生徒だ。
「付き合うって…どっちの?」
「どっちって…」
「あ…いえ…なんでもないわ」
アリアはそう言って言葉を探す。
リズナーとは昔からちょこちょこ話すが、最近、剣術の授業でペアを組んだのをきっかけによく話すようになった。
「…ごめんなさい。私、恋人は作る気がなくて」
「やっぱり…ステイサム卿を待ってるって噂、本当?」
「ステイサム卿…いえ、待ってないわ。スターク様とはそう言うのではないし」
「そうなんだ…でもなんで恋人は作らないの?」
「もうすぐ私たちもあと半年で卒業でしょ?私、騎士になるの」
「うん、知ってるよ」
「騎士になる為に色々と忙しいの」
「そっか…」
「あリがとう、せっかく勇気出して言ってくれたのにごめんね」
アリアの言葉にリズナーは気まずそうに微笑んだ。
「ううん、君みたいにきれいで完璧な淑女はいないし、もしかしたら付き合えるかなって思ったから」
「…きれいでもないし、淑女でもないわ。今までどおり、接してくれる?」
「もちろんだよ」
リズナーはそう言って握手を求めた。アリアはその手を軽く握り、微笑んだ。
「また告られたの?」
教室で待っていたキャロラインがアリアの顔を覗きこんだ。
「ん、そうみたい。さ、帰ろ」
二人は歩きながらキャロラインのカフェに寄る。
「リズナーは女子から人気なのよね。文武両道で女子にもスマートだし」
「みたいね。でも…恋人を作る気はないわ。皆、私がスタークを待ってるって思ってるみたいだけど」
「違うの?」
「友人としてね。やっぱりスタークに対してそんな気持ちはないの。むこうだって三年もすれば気持ちは変わるわ」
アリアはそう言って紅茶を飲む。十六歳になったアリアなんだか大人びて見えた。
__スターク様がアリアから心変わりなんてするのかしら。
そう思いながらも無責任なことは言えない。カラパイトに行ってから二年半以上、手紙一つもよこさないのだから。
ジェイドのケガ以降、アリアの様子が少し変わった気がする。どこがと言うわけでもないが、前よりも自分の鍛錬に対してストイックになったし、食欲のない時もある。
「アリア、体調悪い?」
「全く。すこぶる元気だわ」
「でも最近、新月の魔物討伐は行ってないのでしょ?」
「ええ。月のものと重なっちゃって」
「そうなのね。周期だから仕方ないものね」
「昼間の討伐には行ってるわ。キャロラインの作った魔道具も大活躍よ」
「カイン様とアリアのお陰で、戦闘用通信道具も開発して大成功したし、キャロライン商会もかなり大きくなったわ」
「うん。でも利益、ほとんど新しい孤児院に使ってるんでしょ?」
「ええ。私やアリアは家族がいるから裕福に育てられて色んな選択肢とチャンスがあるけど、親のいない子供達はそうじゃないわ。だから、そう言う子達にもチャンスをあげたいと思ったの」
「素晴らしい投資ね」
「貴族の中には偽善者だって言う方たちもいて邪魔しようとするけど、そこはお父様に任せてるわ」
「そんなこと言う人もいるのね?」
「まぁ、成金のエルビス家はヤジは慣れてるの。偽善だろうがなんだろうが、しないよりはした方がいいのだから」
「私、キャロラインのそういう所好きだわ」
「何言ってるのよ。あなたの影響よ」
「?」
「そう言えば、来週の王城で国際会議、アリアも護衛に駆り出されたってカイン様から聞いたわ」
「そうなのよ。外国の要人が多くて、女性もいるから、女性騎士が足りないらしくて。パーティーもあるから大変そう」
「すごいじゃない」
「メアリー第二王女の護衛なの。私、あの方あまり得意ではないのよね」
「わ、わかるわ…。いつも胸元が空きすぎたドレス着てるし…パーティー中によく男の方と抜け出してるらしいわ。こないだそれを目撃したメイドがクビにされたらしいわ」
「抜け出して何してたの?」
「あ~と…アリアはそう言うのって無垢すぎるのよね。学校では少ししか習わなかったけど、あのね…」
キャロラインは周りに聞こえないように耳打ちした。
「え…?」
「それから…」
「え!? そんな!」
「さらに…」
「はぁ!? そんなとこに!?ウソでしょ? ムリでしょ? 物理的に…」
「ウソじゃないわ、だって、そうしないと私たち生まれてないもの」
「衝撃…。…それって…好き同士じゃなくてもできるの?」
「できるわよ、特に男性は。でも普通は好き同士じゃないとしないわ」
二人は顔を真っ赤にしながら内緒話をする。
「え…、じゃあ、キャロラインはもうカインとそれしたの?」
「す、ストレートに聞くのね、、ま、まだよ」
キャロラインは耳まで真っ赤だ。
「でも…メアリー様は…パーティー抜け出してどこでそんなことをするの?」
「バルコニーとか…人気のいないとこ?」
「私、護衛したらそこまで付いて行かないとダメなのかしら…」
「まぁ…隠れて?」
「み、見たくないわ、そんなの」
アリアの顔が青冷める。
「わかる…当日、メアリー様が大人しくしていてくれるのを祈るしかないわ」
「うん…やだ…一気に士気が下がったわ」
アリアはまだ顔を赤くしたまま、紅茶を飲み干した。




