49. 政略結婚
卒業式の会場は色とりどりのドレスで着飾る令嬢とタキシードの子息で賑わっていた。卒業式の式辞はピエール王子だったが、パーティーの主役はカインだった。
「お兄様って意外と人気なのよね」
会場の隅の方でキャロラインとスイーツを食べながら、アリアは言った。カインの周りには同級生の令嬢達が群がり、それを遠巻きに後輩の令嬢達が見つめている。
「まぁ…ハルク侯爵家の人間は無意識に人たらしですもの」
「スタークがいたら人気も二分されてたかもね」
「そうね。スターク様がいたら、式辞は間違いなくスターク様だったはず。連絡は取れてないの?」
「ん、取ってないわ。マリウス団長達からは少しは話は聞いたけどね。ヨルン王子のことも」
「…もし平和だったら、皆で卒業できたのに。スターク様も辛かったでしょうね」
「ええ。辛いことがあっても…連絡して来ないと言うことは、連絡してくるなってことなの」
アリアはそう言って少し寂しそうに笑った。
「カイン様はこのまま正式に騎士団に入るんでしょ?」
「もちろん」
「会えなくなるのは寂しいわ」
キャロラインの言葉にアリアも頷く。
「私は魔物討伐の助っ人に行けば会えるけど、もう前みたいに四人で学校帰りにキャロラインの店に行くこともないのかって思うと寂しいわ」
キャロラインは令嬢達に囲まれるカインの横顔を見ながらため息を吐いた。
「キャロライン商会の成功も、カイン様のお陰だわ」
「よかったわね。お父さまが認めて下さったんでしょ? 結婚しても商売を許してくれる人って条件」
「ええ。政略結婚には変わりないけど、結婚しても好きなことをやれるなら、相手はもうどうでもいいわ」
「政略結婚か。そう言えばお兄様にもそう言う話が来たってうちのお父様が言ってたわ」
「!? 誰と!?」
「聞いたけど、教えてくれなかったの」
「カイン様は受けるの!?」
「さぁ…どこかの令嬢の父親とは会ったみたいだけど。最近忙しくて話せないし、聞いてもごまかされちゃうの」
「でも、ハルク侯爵家は政略結婚なんてする必要ないじゃんじゃない?」
「私は分からないわ」
「…」
キャロラインは胸が締め付けるような痛みをぐっと飲み込んだ。
「…キャロライン?」
「なんか…ちょっと人に酔ったみたい。風に当たってくるわ。ここで待っててくれる?」
キャロラインの言葉にアリアは頷き、ぶどうジュースを渡した。
__一人になりたいのかな。
「ええ、待ってるわ。行ってらっしゃい」
アリアはキャロラインの気持ちが少し分かる気がした。
キャロラインはバルコニーで一人、空を見あげていた。 上をむいていないと、涙が落ちるからだ。
自分の気持ちは気付かないようにしていた。貴族社会の結婚で自由恋愛などほとんどない。
合理的で生産性のあることしかしないキャロラインの父親だが、娘の幸せを願ってくれているのは分かる。だから、自分はいずれ、どこかの誰かと政略結婚をするのだろう。
でもそれがカインだったら…なんて希望は持たないでいた。考えないように何度もかき消して来たはずなのに、いざカインがどこかの誰かと婚約するとなると胸が痛い。
__カイン様が卒業したら会えなくなるし、この痛みも消えるのかしら。もう今からでも会わないようにして家に帰ろうかな。
キャロラインは大きくため息を吐いて唇を噛み締めた。
「あ、ここにいたんだ、キャロライン」
「!」
アリアに一言言って帰ろうとした時だった。バルコニーのドアが開き、カインが出て来た。
「カイン様…」
「うわ…寒くない?」
そう言ってすぐさまジャケットを脱ぎ、キャロラインに渡した。
「いえ…大丈夫ですわ。帰ろうと思ってましたから」
「え?なんで?具合悪いの?」
「…いえ…全く。でも…その…」
「?まぁいいや。具合悪くないなら」
カインはそう言って突き返されたジャケットを強引にキャロラインの肩にかけた。
「…卒業…おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
「頑張って下さいね。騎士のお仕事」
「ああ」
カインは優しい笑顔で頷いた。そのいつもの笑顔にキャロラインは吹っ切れたように息を吐いた。
「カイン様のおかげですわ。私の夢を後押ししてくれたから…私の望みが一つ叶えられました」
「望みって?」
「お父様が、政略結婚でも、私が仕事を続けてもいいって言ってくれる人を探してくれると思います」
「キャロラインは相手は誰でもいいの?」
「…仕方ないですわ。カイン様だって…そう言うお話が来たのでしょう?」
「うん、アリアから聞いたの?」
「ええ。いいんですか? 政略結婚なんて…カイン様ならしなくてもいい立場でしょ?」
「まぁそうだね」
「じゃあ、断るんですの?」
「いや、受けようと思ってる」
「…私、カイン様には好きな人と結婚してほしいですわ。お互いに好きな人と」
「自分の相手は誰でもいいのに?」
カインはクスッと笑う。
「僕に来た政略結婚の話は僕にとっていい話だったよ。相手の令嬢は僕の知ってる人だったし、すごく素敵な女の子だ」
「…そうでしたのね」
「その子はちゃんと夢を実現する強い意志を持った子なんだ。好きな事に目をキラキラさせて語るし、人の喜ぶことをしてくれる」
「…素敵な人なんですね」
「ああ。美人だし。しっかり者だ。…まぁ、その令嬢がうんと言ってくれるかは分かんないけど」
「カイン様みたいに素敵な人なら絶対断りませんわ」
「そうかな?でも僕、結構、空気読めないし」
「天然なんです。でも、許せるキャラだし」
「鈍臭いし」
「でも、絶対助けてくれますわ」
「勉強は苦手だよ?」
「剣術は強いですわ」
「こう見えて結構おっちょこちょいだし」
「見たまんまですわ。でもそこが可愛いんです!」
ムキになるキャロラインにカインはプッと吹き出した。キャロラインは我に返り、顔を赤くする。
「まるで僕のこと好きみたい」
「…。空気を読んで、そんなこと言わないで下さい」
キャロラインは両手で顔を隠した。
「どうせ、政略結婚の話なんか来なくなったって告白するつもりだったんだ」
「?」
カインは片膝をつき、ポケットから指輪を出した。
「キャロライン、僕と婚約してくれる?」
「!? い、意味がわ、わからないですわ!」
キャロラインは目を丸くしてカインを見つめる。
「政略結婚の話は君の父上からの申し出だ。もちろん、僕の両親も喜んでいたよ。アリアには内緒にしてるけどね」
「な、なんで…?」
「アリアに言ったら絶対にバレちゃうだろ?嬉しいことは全身で表現する子だから」
「…」
「で? どうする?政略結婚」
カインはニヤリと笑った
「商談成立ですわ!」
キャロラインはそう言って左手を差し出した。カインは嬉しそうにその手を取り、薬指に指輪をはめた。
「アリアに、アリアに早く伝えたいわ!」
「うん。でもその前に…」
カインはそう言ってキャロラインを引き寄せ、抱きしめた。 キャロラインは真っ赤になりながら心臓がバクバク破裂しそうなのを堪えていた。




