47. 闇夜
馬車はカラパイトの王都から離れた人気のない荒地に着いた。
「ここなら人はまず来ないな…カルティネ卿、足元気を付けて下さい」
スタークはそう言って魔法で足元を照らし、馬車から降りるカルティネに手を貸した。
「ありがとう、スターク。ハリス、魔石を」
「はい」
ハリスは木箱に入った直径三十センチはある、丸い銀色の魔石を取り出した。
「でかい魔石だな。こんなの初めて見る」
「カラパイト魔法博物館に飾られてた奴だよ。この魔石は磁力を貯めて放出できるんだ」
「合図をしたらスタークは空中からこの魔石に雷鎚を放出し続けてくれ。ハリス、魔法陣に補強を頼む」
カルティネはそう言って杖を地面に突き立てた。
金色に輝く光線が地面を走り、杖を中心に直径百メートルの巨大な魔法陣が描き上げられて行く。辺りが一気に明るくなり、光の魔法陣が完成する。
ヨルンはその大きさに見合う結界を張り、自分はその結界の外に出て周囲を見張る。
「スターク!」
「了解!」
スタークは空中から魔法陣の中心に置かれた魔石に雷鎚を放出した。ビリビリと空気が振動し、魔石の周りには火花のように小さな雷がグルグルと回り、魔石に吸収されて行く。スタークの雷鎚のパワーに大気が巻き込まれ、魔法陣の中には竜巻が起きる。
「くっ…!」
魔法陣が消えないよう、カルティネとハリスは竜巻とビリビリする空気圧に耐えながら魔法陣を守る。
「すごい魔力量だ!」
ハリスは堪えながら集中する。
重たい雲が魔法陣の上に集まる。磁気が集中し、空には雲と緑色のオーロラが見え始めた。
魔物が魔法陣の周りに発生し、中に入ろうと結界の周りにうごめく。
「雑魚が…絶対に中には入れない!」
ヨルンはそう言って何百も生まれて来る餓鬼と呼ばれる魔物を剣で切り裂き、消して行く。斬っても斬っても生まれて来る餓鬼にヨルンは痺れを切らし、一気に氷結させた。
〝ドクンッ〟
背中の奴隷紋が疼いた。ヨルンはハッとして空を見上げた。雲は魔法陣の上に集まり、空が見えるのに月が見当たらない。
〝ドクンッ〟
奴隷紋が破裂しそうな程脈打ち、ヨルンは片膝を付いた。
__しまった。今夜は新月か!?
痛みに耐え、気が遠くなる。何百体もの凍らせた餓鬼が溶けて行く。ヨルンは再び、氷魔法で凍らせようと呪文を口にした。
魔石はスタークの雷鎚により既に大量の電磁波を纏い、大気を震わせている。魔力がどんどん減っていくのを感じながらもスタークは雷を放出し続けていた。
「?」
自分が吐く息が白いことに気付き、結界の外を見た。結界の周りは白く凍りついている。
「!」
凍らせた餓鬼の屍の上に黒い人形の魔物が見えた。その先にはヨルンが片膝をつきながらその魔物に剣を向けている。
「カルティネ卿! まだですか!」
スタークは雷を放出しながら尋ねた。
「まだだ!あと少し!」
魔石の色は銀から金色に変わろうとしていた。空に棚引く緑色のオーロラの色が濃くなり、魔石に吸い込まれて行く。
__ヨルンが…!
黒い魔物がヨルンに近づき、ヨルンの背中は奴隷紋が破裂したかのように血まみれになっている。
スタークは左手で黒い魔物に火弾を撃った。黒い人形の魔物はスタークを睨み、結界を破ろうと攻撃しようとした。
「させるか!」
ヨルンは斬りかかり、氷魔法で魔物に攻撃した。
「!?」
魔物は氷魔法をまるで吸収するように浴びている。
『返してもらおう、我が力を』
頭に響く低く割れた声がし、ヨルンの身体は囚われた。
「スターク!もういい!魔法陣から離れろ!」
魔石が完全に金色に変わり、ハリスの合図にスタークは泣きそうな気もちで結界から出た。
「ヨルン!」
黒い魔物はヨルンの身体を半分包み込んでいた。まるで食事中のように。
「スターク…頼む、殺してくれ」
もうどうにもならない表情でヨルンはそう言った。
「いやだ!」
スタークは剣を抜き、魔物に斬りかかろうとするが、氷魔法で壁を作られる。
「頼む!早く…」
『ジャマスルナ…ニンゲン』
低く割れた声がスタークの頭に話しかける。ヨルンの身体がゆっくりと黒い魔物に飲み込まれていく。時折、バキバキと音を立て、ヨルンの顔が苦痛で歪む。
「ヨルンを離せ!」
スタークは焦ってその氷の壁を烈火で焼く。ヨルンは苦痛に耐え、意識を保とうとし、スタークに話しかける。
「…父上に…聞いたんだ」
「しゃべるな!助けるから!」
「なぜ…呪われた俺を殺さないのかって…」
「いいから!しゃべるな!」
魔法陣で磁力を封じ、地中深くにに魔石を埋めたカルティネとハリスが異変に気付き駆けつけた。
「ヨルン王子!?」
「カルティネ卿!ヨルンを!ヨルンを助けて!」
いつになく冷静さを失ったスタークの叫びにカルティネは息を呑み、何もできなかった。
「父上が…言ったんだ…お前を、愛してるから殺せないって…」
ヨルンの頬に涙が伝う。最後の力を振り絞るかのように、ヨルンは魔物の足を凍らせた。
「頼む…俺は…愛する国を滅ぼしたくない…魔物になりたくない」
「いやだ!」
「早く…全部食われる前に…お前の烈火なら…俺は熱くない」
「スターク…」
カルティネがスタークに頷いた。魔物は動けないまま、ヨルンの身体を吸収して行く。
「心配するな…お前には……感謝しかない…いつも…助けてくれた…だから」
「まだだ! 俺にそんなこと…」
「親友のお前になら…殺されてもいい」
そう言ってヨルンは笑った。
「…ああ、親友だよ、お前は」
スタークはその笑顔を見つめたまま、そう言うと右手をかざし、魔物に向かってありったけの魔力を込め、烈火弾を放った。
『グワァー! ヤメロ! ヤメロ! コノチカラ…シッテルゾ…アイツガ…マタジャマヲ!』
「…ありが…とう」
最後にそう聞こえた気がした。激しい烈火の中、魔物がもがき苦しみ、溶けて行く。
スタークは魔力が尽き、その場に跪いた。燃え盛る炎が天高く立ち上がり、黒い煙のような何かが逃げた。
「ハリス!アレを仕留めろ!」
カルティネの指示にハリスは慌てて空から逃げる黒い煙に攻撃をしようとしたが、その攻撃は力なく、届かなかった。
烈火は何もかも跡形もなく全てを焼き尽くした。
スタークは地面に頭を伏せて声をあげて泣き、気を失った。




