46. 磁場
「磁場が変わったんだ。魔物の発生が止まらない。磁場を王都から離れた場所に移す、それしかない」
ハイド・カルティネ卿がカラパイトの地図を広げ、カラパイトの魔法士、ハリス・ラフィルとマリウスに言った。
カラパイトの騎士団の団長と副団長が戦闘不能の為、マリウスが指揮を執ることになった。
スタークとヨルンもカルティネの部屋に呼ばれていた。
「カラパイトの騎士団はもはや機能してない。他国の騎士に頼るのは心苦しいが、今はそれしか方法がない。申し訳ない」
カルティネ卿は全身包帯を巻いた状態でマリウスに頭を下げた。
「頭を上げてください。ラスタとカラパイトは友好国。スタークがこれ程までに力をつけたのもカルティネ卿が惜しみなく教えを与えてくれたからです」
「できればこんなことにまだ十五の子供達を巻き込みたくはなかった」
「…カルティネ卿が十五の時、同じ状況ならきっと僕らのように戦っていたはずです」
スタークはそう言って苦笑した。
「で、どうやって磁場を移動させるのですか?」
「スタークの雷魔法で電磁波を発生させ、魔石に集める。それを地中に沈め、魔法陣で封印する」
「魔法陣は私が…」
「いや、ハリス。君だけでは無理だ。私も一緒に行う」
「師匠、そんな身体では無理です。まだ魔力も半分以下しか回復できてない。もう少しで死ぬところだったんですよ」
「弟子だけにさせるわけには行かない。ただ魔物に気付かれたら邪魔をされる。今いる魔物達を決して王都から出さないように、マリウス殿達は街を守ってください」
「わかりました」
「僕はスターク達と一緒に行く。術の最中に魔物が襲って来たら邪魔される。僕が結界を張るよ」
ヨルンがそう言うとカルティネ卿は頷いた。
「早い方がいい。今夜決行だ」
「はい」
瞬間移動の装置は使えない。カルティネ卿が負傷しているので、移動は馬車にした。スタークとヨルンは二人、御者台に乗り、キャビンにカルティネ卿とハリスを乗せて王都から離れた。
どんよりとした雲が空を覆い、夕方なのに辺りはもう暗かった。ジメっとした湿気の多い空気が身体に纏わりつき、今にも雨が降りそうだった。
魔物に崩された道や民家には人気はなく、馬の蹄が石畳の道に鳴り響く。
「雨が降りそうだな」
「ああ」
「カルティネ卿、大丈夫かな。起き上がるのもキツイだろうに」
「ああ。これが終わったらしっかり休んでもらうよ。魔物さえ発生しなきゃ、終わりが見えるからな」
スタークはそう言ってヨルンを見た。顔色が悪い気がした。
「ヨルン、疲れてるんじゃないか?」
「いや。大丈夫だよ。お前ほど働いてないから」
ヨルンはそう言って笑って見せた。話題を変えようとヨルンは水筒の水を飲み、スタークに渡す。
「…六歳の時、ジオルグの姫と婚約したんだ」
「ん? ジオルグ、ああ、ジオルグね」
「政略結婚ってやつなのか、まだ六歳の子供だぜ? 何も分からないまま、馬車で二日かけて会いに行ったんだ」
「大変だな。王子は」
「馬車で何度も具合が悪くなって、ジオルグの城に着いた時には俺は完全に不機嫌だったんだ」
「二日はきついだろうな、さすがに。その歳じゃ、移動装置も使えないし」
「ああ。でも、ジオルグの姫君を見た瞬間、俺はそんなの忘れてしまった」
「へぇ…可愛かったのか?」
「ああ、天使みたいだった」
ヨルンの言葉にスタークはアリアと初めて会った時のことを思い出した。
「気に入られたくて、大人がしてる挨拶を姫にしたんだ。跪いて手にキスを」
「六歳で? ませてるな」
「ああ、やり過ぎた。姫君はドン引きして泣きながら王太子の後ろに隠れたよ」
ヨルンの話にスタークはクスッと笑った。
「そのあと、機嫌をとるためにお土産を渡したり、中庭で黄色い花を一緒に摘んで遊んだんだ」
「お前が花摘みなんて似合わないな」
「それ。雑草の花を摘んで渡したらそれじゃダメだって怒られて」
「六歳で初恋? ませてるな、やっぱり」
「まぁな」
「で、どうなったんだ?」
「ああ。一年後、ジオルグはクーデターが起き、王族は皆殺されたんだ」
「!」
「それを知ったのは十歳の時だったけどな」
「気の毒だな、そんな小さな姫君まで」
「ああ。その姫君とアリア嬢が似てたんだ」
「!」
「六歳の頃の記憶なんて曖昧だから、そんなはずはないんだけどな。ラスタ王国は多民族国家だもんな。ハチミツ色の瞳も、銀髪の人もいたし。でも、もしかしたらと思ってアリア嬢にカマかけてみたんだ」
「! どうだったんだ?」
「全く動揺することもなかったよ。お前と同じ…姫君のことを『気の毒に』って言ってた」
スタークはヨルンと踊っていた時のアリアの表情を思い出した。
「その姫君は幸せですねって。死んでも俺みたいな素敵な王子様に思われて、って言ってくれたよ」
__アリアらしいな。
「ヤキモチ焼かないのか?」
ヨルンはニヤリと笑い、スタークな顔を覗きこんだ。
「別に。お前は女たらしで、素敵な王子様じゃないって言っとくよ」
「ハハ、余裕ないな、スターク。ま、安心しろ。こんな素敵な王子様と踊ったのに、彼女が素で笑ったのはお前の話をした時だけだったよ」
「…」
スタークは照れた顔を隠すように水筒の水を飲んだ。




