40. 王子様
「スターク様、カラパイト王国の第二王子がうちの学校に留学に来られると言う噂を聞いたのですが」
放課後、いつものように四人でカフェでお茶をしながらキャロラインが切り出した。スタークはやっぱり来たかと言う表情で頷いた。
「ああ、さすがに情報、早いね」
「第二王子っていくつなの? スタークは知り合い?」
カインがココアを飲みながら尋ねた。
「ああ、俺達と同じだよ。知り合いと言うか…まぁ、知り合いかな」
「? どんな人?」
「ん…ああ、」
スタークは少し歯切れが悪くなる。
「まぁ…、王子様ってかんじかな」
「ん…?スタークよりも?」
「いやいや、俺王子じゃないし。前から思ってたんだけど、カイン達の王子様って何の本のことなの?」
「何ですの? 王子様って」
キャロラインは首をかしげる。
「いや…カインもアリアも、カインの母君も、初めて会った時、皆、俺を見て言ったんだ。王子様みたいって」
「『竜騎士と聖女』って言う絵本。知らない?」
「知らない」
「私は聞いたことはあるけど、絵本は…」
スタークとキャロラインの反応にアリアとカインは顔を見合わせた。
「…あの絵本を知らないなんて」
「名作なのに。その王子様の絵がスタークに似てるんだ。竜に乗って聖女のお姫様を助ける」
「なんか、ありきたりなお話よね。結局、二人はめでたしめでたしで」
「失礼な。私は毎晩、その絵本を読んだわ、憧れて」
「お姫様に?」
「お姫様なんてなりたくないわ。竜に乗る騎士よ。ね、お兄様」
「うん。竜もかっこいいんだ」
「アリアって、女の子の皮をかぶった男の子みたいだわ」
「そうそう。お祖父様も言ってたよ。昔から僕よりわんぱくだったって。お転婆じゃないよ、わんぱくなんだ」
「失礼だわ。わんぱくって女子には使わない言葉だもの」
アリアは少し頬を膨らませてマカロンを口に入れた。
「スターク、久しぶりだな」
カラパイト王国の第二王子、ヨルン・マーロン・カラパイトは一時限目が終わると一番後ろのスタークの席まで来た。
黒髪に切れ長の黒い瞳、少しエキゾチックな美男子に周りの貴族令嬢達も浮足立つ。
「お久しぶりです、ヨルン王子。二年ぶりですね。まさか本当にラスタに来るとは」
「そんな露骨に迷惑がらなくてもいいだろう?」
スタークとカイン、さらにヨルン王子が並ぶ絵面を、女子生徒達がチラチラと見ている。
「今さらカラパイトからラスタに学びに来ることなどないでしょ」
「そんなことはないよ。ラスタの方が魔法の種類が豊富だし、魔法陣や術式も違う。そもそも、留学を勧めたのは君の師匠、ハイド・カルティネ卿だ」
「余計なことを…。どちらにせよ、俺にはあまり構わないでくださいよ。うちの第四王子が嫉妬するから」
スタークはそう言って教室の前の方でこちらを遠目で見ているピエール王子をチラッと見た。
「あれは…いや、あの方は少しばかり僕とはタイプが合わないみたいだ」
「いやいや、十分、気が合うはずですよ。特に…たらしな所が」
__うわ…スタークが毒吐いてる、、、関わると厄介な人なのかな。
カインは横で二人の会話を聞きながら自分は関係ないと言う振る舞いで席を立とうとした。
「…君がカインか? あの有名なハルク元侯爵の孫の」
「あ…おそらく」
__おそらくってなんだよ…。
スタークはカインの答えに突っ込みながら観念したように紹介した。
「彼が親友のカインです」
「カイン・クレイオス・ハルクです」
「ヨルン・マーロン・カラパイトだ。スタークから話は聞いてたよ。僕がスタークと親友になれないのはどうやら君のせいみたいだ」
「いや、単に性格の不一致でしょう」
「つれないな、本当に。まぁいい、放課後、街を案内してくれ」
「嫌です。そんなのうちの王子に頼めば護衛騎士付きで案内してくれますよ」
「護衛などいらないし、僕はスタークと回りたいんだ。カイン殿も一緒に」
「あ…はい」
__あぁ、返事しちゃった
カインはそう思いながらスタークを見た。スタークは少し落ち着かない様子でため息を吐いた。
「王子様っぽいって、どういう意味?」
カインはヨルンがいなくなると小さい声で尋ねた。
「ん…ああ、なんでも自分の思い通りになるって思ってる。別に嫌な奴ではないけど、少々面倒くさい」
スタークはそう言って教科書を広げた。
「それに、女に手が早い」
「うわ、アリアとキャロラインに会わせたくない」
「それ」
「でもヨルン王子はスタークに好意を持ってるみたいだけど?」
「あーね。ヨルン王子が誘拐された時、俺が助けたから」
「それって、騎士の称号もらった手柄?」
「ん、ま、それだけじゃないけど。カラパイトは魔物や魔獣が多いから」
__スターク、カラパイトでどれだけ活躍したんだろう…。
「とりあえず、アリア達には気を付けないと。今日は二人とは別々に行動したほうがいいかもな」
「うん、気を付けなきゃ。早速アリア達には風メールしとくよ」
カインはそう言って、鼻息を荒くした。
「ラスタ王国の女性達は可愛い子が多いな。それに積極的だ」
ヨルン王子はこちらを見ている令嬢達に笑顔で手を振り、スターク達と学校を出た。三人は馬車に乗り、街を回る。
「やはりラスタ王国の方が都会だな。それに人種が豊富だ」
「ラスタは元々多民族国家ですから。髪や瞳の色も、肌の色も様々ですよ」
「カラパイトは違うんですか?」
「カラパイトは単一民族。皆僕みたいな黒髪で瞳も黒か焦げ茶だ。だからスタークが留学した時は女生徒達が騒いで大変だったんだ。話しかけられただけで気絶する令嬢もいたな」
「まぁ、こっちでもスタークの人気は変わらないけど」
「で? いつになったら君の彼女と会わせてくれるんだ?」
「彼女なんか…」
そう言いかけて、スタークはカインの目をチラッと見る。カインは頷く。
「スタークは僕の妹と仲が良いんです。今度紹介しますが、僕の妹にはちょっかいかけないでくださいね」
カインは笑顔でそう言った。いつもほんわかしているカインはアリアの事となると相手が誰だろうとビシッと言う。
「ハハ。スタークと争うなんてバカなことはしないさ」
「そりゃそうでしょう。カイン、ヨルン王子はカラパイトにちゃんとした婚約者がいるんだ」
「はぁ〜、スターク。少しくらい羽根を伸ばさせてくれ。遊ぶくらいはいいだろう?」
「遊ぶのは自国でして下さい。学びに来たんでしょう? なんなら、久々に手合わせしますか?」
「あ〜今度でいいや。スタークの強さは嫌と言う程知ってる。それに、カイン、どうせ君も強いんだろ?」
「さぁ、カラパイトの人達からすると大したことはないかもしれません」
カインは謙虚にそう答えた。
「ヨルン王子、ここが王都での一番賑わってる場所です。店が集中してるので、大抵の物は揃いますよ」
「降りて歩こう」
ヨルンは御者に合図して馬車を止めた。
「護衛はいい」
「それはダメです」
「スターク・ステイサム卿だぞ? お前より頼りになる」
「…わかりました」
護衛は渋々とスタークに頭を下げた。三人は制服姿で街を歩く。
「任務ではないから俺は王子を守る義務はありませんよ? 護衛の方が気の毒だ」
スタークは呆れて言う。
「大丈夫さ、君は必ず守ってくれる。おお、すごい。店がたくさんある。へぇ…」
ヨルンは物珍しそうにキョロキョロしながら歩く。普段はませているが、その姿は楽しそうで、自分達となんら変わらないそれ相応の歳の少年である。
「スターク、あの店に入ろう。外のテーブルで茶が飲めるみたいだ」
道に面したテラス席でお茶をしている客を見てヨルンはスタークとカインに言った。
「う…」
スタークとカインは顔を見合わせる。よりにもよって、キャロラインの店だ。
「あちらにもっといい店がありますよ」
カインが咄嗟に反対側の少しさきの店を指差した。
「いや、あのテラス席に座りたい」
「…わかりました。じゃあ、俺が注文してきます。カインと座っててください」
「あ、こちらに」
カインは店の中が見えない一番端のテラス席にヨルンと座る。スタークは店内にアリア達がいたら鉢合わせしないようにと伝えるため、中に注文しに行く。
「いらっしゃいませ、ステイサム様。今日は
お嬢様達は別で?」
店長のワクスが笑顔で迎える。
「ああ、外のテラス席で三名だが…もしキャロライン嬢達が来たら、外のテラス席には顔を見せないよう念を押してもらえる?」
「かしこまりました」
「紅茶を三つ、あとはスイーツを見繕って出して下さい」
「かしこまりました、すぐにお持ちします」
スタークが席に戻るとすぐに紅茶とスイーツにパフェが出て来た。
「おぉ! ラスタのスイーツはきれいだな」
「この店の食べ物は全部美味しいですよ」
三人は話をしながらお茶をした。
「王子、そろそろ馬車に戻りましょうか」
そう言ってスタークが立ち上がった時だった。
「あら、スターク、お兄様、来てたの?」
「あ…」
カインとスタークは固まった。アリアとキャロラインがいつもとは違う方向から歩いて来た。
「キャロラインと買い物してきたの」
カインは立ち上がってアリアをヨルンに見せないように足掻くが、ヨルンは察知し、立ち上がり、二人の前に出て、ひざまずいて頭を下げた。
「美しいレディ達、初めまして。ヨルン・マーロン・カラパイトと申します」
「カラパイト…王子様!?」
キャロラインが驚いてそう言うとヨルンはふと顔を見上げ、キャロラインの手を取り、手の甲にキスをした。
「君がカイン殿の妹君?」
「い、いえ、私は…キャロライン・マーキュリー・エルビスと申します」
キャロラインは緊張した声で答えた。ヨルンは立ち上がり、アリアの方を見て手を取ろうとした。
スタークがパシッとヨルンの手首を掴む。
「ヨルン王子、この女性がカインの妹です」
そう説明され、ヨルンはアリアの顔を見て固まった。
「…ダリア…?」
その反応にアリアはにっこりと笑ってカーテシーをして挨拶した。
「ダじゃなくて、アですわ。アリア・セレネ・ハルクと申します。お会いできて光栄ですわ」
よそ行きのアリアの挨拶にキャロラインは苦笑する。
銀色のふわふわした髪に白い肌、長いまつ毛に濃いハチミツ色の瞳。息を呑むような美しさに目を奪われながらも、ヨルンはその面影に見覚えがあった。
「君は…ジオルグの…」
「?」
驚き、困惑しているヨルンの顔を見ながらアリアは微笑んだ。
「このお店のパフェは美味しかったでしょう?」
「あ、ああ…」
明らかに動揺しているのは自分だけである。
スタークはヨルンの表情を見つめながらアリアに言った。
「王子をお送りしたら迎えに来るよ」
「ええ。ヨルン王子、ここは彼女のお店ですの。またいらしてくださいね」
「あ、ああ」
ヨルンは動揺したままスターク達と店を出た。
__いるわけがない。けど…あの瞳、あの髪、あの笑顔。ダリアに似ている。
ヨルンは一言も喋らず、スターク達に見送られ、馬車に乗った。
遠い記憶の中にあるダリアと言う幼い姫の笑顔。一度しか会ったことがなかったが、鮮明に覚えている。
ヨルンが六歳の時、自分の婚約者だと言われ、ジオルグの王城で初めて会った。
初めての馬車での長旅に疲れていたのに、その柔らかい笑顔にヨルンの胸はトクンと跳ねた。
婚約者と言う意味も分からず、紹介された姫の小さな手を取り、大人の真似をしてその手にキスをした。姫はびっくりして父親の後ろに隠れていた。その後、王城の中庭で一緒に黄色い花を摘んだ。
一年後、婚約は消滅した。何も聞かされなかったヨルンは、婚約者のあの姫はどうしたのかと乳母に聞いたが、乳母は婚約はなくなったとだけ伝えてきた。
十歳の時、新しい婚約者が決まった。
ダリアと言う姫はジオルグの内乱により殺されたことを初めて知った。
一度会っただけ。それでもヨルンの心にはあの姫の笑顔は焼きついていた。
__ダリアと言っても彼女は何の反応もなかった。きっと、他人の空似だろう。
ヨルンはそう思いながらオレンジ色に染まった街並みを窓から眺めていた。




