37. キャロライン・マーキュリー・エルビス
日曜日の昼、キャロラインは父親の持ってきた縁談の相手と顔合わせをしに来た。
相手はカーサス公爵の三男、キャロラインよりも歳は二つ歳上。近隣のサノエ王国に留学している、折り紙付きの御曹司だ。
キャロラインは紅茶を飲みながら相手の男を見た。着ている服は上等だ。宝石が散りばめられたブレザーに、質の良いシルクのスカーフをしている。
「君は魔法学校に通ってるんだってね。僕はピエール第四王子とは小さい頃から仲がいいんだよ」
「あら、そうなんですの?ではスターク様とも顔見知りですか?」
スタークの名前を出した途端、男の機嫌は悪くなった。
「君もあの男のファンか? あんな顔だけの男のどこがいいんだか」
__あらら…仲が悪いのかしら。会話を変えなくては。
「いえ、ファンではありませんわ。私の親友の兄上と仲が良くて…」
「それはカイン・ハルクのことか?」
「え、ええ、ご存知?」
「ああいう輩は気を付けた方がいいよ、キャロライン嬢。あれは権力に群がる引っ付き虫みたいなもんだ」
__何、この男。さっきから悪口ばかり。
キャロラインは顔が引きつるのをこらえながらティーカップで顔を隠す。
「こないだもラジール陛下の開いたパーティーに正式に呼ばれてもないのにスタークの友人と言う事でヘラヘラとした笑顔で参加していた。あのパーティーは有望な若者を集めたものだったのに。確かに祖父は英雄かもしれないが、図々しいにも程がある」
__カイン様はヌチアールとマリー・ロンサールの件で活躍したから、マリウス騎士団長が国王陛下に引き合わせるためにパーティーに無理矢理参加させたのに。
「…確か、妹がかなりの美人とは聞いたが、元は孤児だと。ハルク侯爵も政略結婚の駒として王室に送り込む為に顔がいいのを引き取ったんだろう。兄妹揃ってよくやるよ」
失礼な物言いにキャロラインは怒る気力もなく、ため息を吐いた。
「所詮は下賤の出身。いくら功績を挙げたとしても…」
「あら、我がエルビス子爵家も同じですわ。ご存知でしょう? 私のお父様は商家です。一代で財を作り上げた賤しい成金ですもの」
「あ、いや…」
男の顔が焦った。
「いや、エルビス子爵は立派な方だし…この国の資産家も注目する程、商才があり…中々爵位なんて買えるものではなく…いや、その」
「お気になさらずに。政略結婚とはお互いに利があることが前提ですわ。公爵と言う器、エルビスと言う財力。それが釣りあえば政略結婚ですもの」
キャロラインは扇子を広げ、見下すように男を見た。
「ただし、器の中身が…お金で買う価値があるのか…私も商家の血筋、投資には厳しくてよ」
キャロラインはそう言って男を一瞥し、席を立った。
「お父様に伝えて。回収のない投資は辞めた方がいいと。あ~、もう腹が立つ。少し街を歩きたいわ」
キャロラインは執事にそう告げ、馬車を途中で降りた。
お見合いの為に着飾ったドレスは街歩きには少し目立ちすぎる。
とりあえず、腹が立ってお腹はすいているが、貴族令嬢が従者も付けずに一人で店に入るわけにはいかない。
「貴族って…本当に面倒だわ」
そう呟いて、どうしたものかと立ちどまった。
キャロラインが物心付いた時にはエルビス家は子爵になっていた。父は一代で財を築き、爵位を買ったので、母と一緒に小さい頃から淑女教育を受けた。
「何かを手に入れようとするなら、それに見合う代価が必要だ。それを見極めるのが投資だよ、キャロライン。投資をしたら必ず回収をする。それが鉄則だ」
父は昔からキャロラインにそう言っていた。何のことかよく分からなかったが、カフェの経営や貿易に少し携わるとその意味が分かってきた。
貴族令嬢になった以上、いつかは親のため、エルビス家の為に政略結婚もするのだろうと薄々は感じていた。
キャロラインには五歳下の弟が一人いる。爵位は弟が継ぐだろう。自分が政略結婚をすることでさらに盤石な基盤を作り上げ、領地を治め、繁栄していく。
政略結婚の相手は自分に自由を与えてくれるだろうか? 好きな商売をさせてくれるだろうか?
女性が仕事、ましてや金を稼ぐことを良しとしない貴族が普通だ。高位貴族になれば尚更、屋敷と庭園の管理、お茶会、社交界。そんな狭い世界に閉じ込められるのは本当は嫌だ。
アリアと出会って、燻っていた気持ちが大きくなった。それは確かだ。自由奔放で天真爛漫な少女に見えて、自分の目的の為に日々努力している。強い意志と毅然とした振る舞い。カッコ良いと思った。
事業を立ち上げたい。結婚する前から立ち上げ、ある程度成功すれば、結婚相手もそこまでは縛り付けないだろう。そうすれば、あとは大好きな魔導具を作り、広められる。
「お腹空いてるの? キャロライン」
いきなり声をかけられ、キャロラインは振り向いた。カインが立っている。
「あら、カイン様…」
「なんか…今日は豪華だね。一人?」
「え、ええ」
「ここのミートパイ、美味しいんだよね。食べたかったの?」
「え?」
自分の立ちどまった場所がレストランの前だと気付き、キャロラインは笑う。
「確かにお腹は空いてますけど、ちょっと考え事をしてて」
「お腹空いてるなら一緒に入らない? 僕もさっきまで稽古してたから、お腹ペコペコ」
カインの笑顔にキャロラインも釣られて頷いた。
カインはエスコートし、中に入る。そんなに高級な店ではないが、キャロラインの格好を見てカインが気を利かせたのだ。カインのさり気ない優しさがうれしい。
「初めてですわ…このお店」
「そうなの? ミートパイと、チョコレートパイが美味しいんだ」
そう言ってカインはキャロラインのも頼んだ。
よく考えてみればこうやって異性と二人きりで店に入るのは初めてだ。そう思うと少し緊張する。
「珍しいね、キャロラインが従者も付けずに一人なんて」
「え、ええ。お見合いでしたの」
「!?」
カインは驚いてフォークですくったミートパイをピチャっと音を立て皿に落とした。
「誰と?」
「カーサス公爵のご子息ですわ。名前、何だったかしら…もう顔も思い出せないわ」
「…それ、その縁談、受けるの?」
「いえ、私とは価値観が違いましたもの。政略結婚とは言え、あれはないですわ」
「あれ…ね」
「そう言えば、カイン様、こないだの国王陛下のパーティー、どうでした? アリアは行かなかったのでしょ?」
「うん、アリアは珍しく風邪を引いてね。僕は行ったけど、アリアは来なくて良かったよ」
「どうしてですの?」
「男ばっかりだったから。あの中にアリアを入れたら大変な事になってたはずだ」
「そうですね…確かに。スターク様がイライラして暴走するかもですね」
キャロラインの言葉にカインは笑う。
「キャロラインも気付いてるんだね。」
「それは当たり前ですわ。気付いてないのはアリア本人だけですわ」
「あんなに露骨なのにね」
「ん…このミートパイ、美味しいですわ」
「でしょ?あ〜、ミートパイで思い出した。パーティー、最悪だったんだ」
「?」
「ミートパイがあったから、スタークと食べてたら、後ろから人が当たって来て、シャツを汚しちゃったんだよね」
__カイン様らしい…。想像がつくわ。
「アリアがいたらその場で水魔法で洗ってくれたのに。いなかったから結局、帰るまでそのままで、笑われちゃったよ。陛下に挨拶した後だったから良かったけどね」
「フフ。カイン様って、おっちょこちょいですね」
キャロラインは思わず笑った。その笑顔にカインは優しく尋ねる。
「で、キャロラインは何を悩んでるの?」
「…どうして悩んでるって思うのですか?」
「なんとなく?」
キャロラインは観念したようにため息をついた。
「…私も貴族令嬢として、親の意には添いたい気持ちもあるんですが…私はやっぱり商売をしたいんです」
「すればいいじゃない」
「カイン様は女性が外で働くのをどう思われますか?」
「好きならいいと思うけど。イヤイヤ働くのは可哀想だけど…意欲的に働いている女性はカッコ良いし、素敵だよね。」
「…」
「どうしたの?」
__あぁ、最近私の見る目が肥えたのはカイン様やスターク様のせいね。
「私、政略結婚は仕方ないと納得はしてるんですが、せめて結婚してからも仕事はしたいんです。そのためには、結婚前に私の事業をある程度成功させていないとダメだと思って」
「うん、でももう既にキャロラインはカフェだって経営してるし」
「あれはあくまで父の事業ですわ。私がお金を出したわけじゃないので」
「一からやりたいってこと?キャロライン商会?」
「でも、私個人の預金をつぎ込んだ所で何かできるわけもなく…まだ何も売るものもないんです」
「僕、一ついい案があるんだよね」
カインの目がワクワクしている。
「なんですか?」
「スタークにあげたグローブだよ」
「?」
「あの布地で騎士団のマントを作るのはどう?」
「!?」
「魔法を無効化するんだよね?戦いの時、絶対に役立つじゃないか」
「カイン様!天才ですわ!」
キャロラインは思わずカインに手を握った。
「天才はキャロラインだよ。だって、スタークとアリアの為に開発してくれたんだもん」
カインはキャロラインの手を握り返した。
「! す、すみません、私ったらつい」
「ご、ごめん、僕も」
二人は顔を赤くして手を放す。
「でも…そうなると資金が必要ですわ。工房はツテがありますが、アカジャイルの木だって王都では手に入らないし。」
「うーん、そこらへんはスタークに相談してみようか。何かいい案があるかもしれない」
カインはそう言ってニッコリと笑った。
「投資を募ればいいんだよ」
放課後、いつものメンバーでキャロラインのカフェにいる。スタークの言葉にキャロラインは顔を曇らせた。
「それではまた親の力を借りることに…」
「いや、必要な資金を複数人から募るんだ。そして売り上げから出る利益の半分を投資家に等分配する」
「投資家はどうやって探すの?私達のような子供にお金を出してくれるかしら?」
アリアはそう言ってアイスクリームを口に入れた。スタークはニヤリと笑う。
「投資家なんだけど、それを魔法学校の生徒で募るのはどうかな」
「え!?」
「まずは必要な資金額を算出し、限定何人かで募るんだ。一口いくらというように。未来の投資の勉強にもなるし、親からもらうのではなく、自分の資金を増やしたいと思う生徒は多分いると思うよ」
「! 斬新ですわ!」
「でも生徒はお金持ってるのかしら。私なんて全く持ってないわ」
「大丈夫だよ、アリア。ちゃんと父上が管理してくれてるから。少なくとも五十万クランはあるはずだよ」
「五十万クラン!? 馬が千頭、それ以上は買えるわ!?」
アリアの驚きようにスタークもキャロラインもクスッと笑う。
「その歳で馬で換算するの、アリアくらいよ」
「家業の手伝いをしている子はもっと持ってるだろうし、親に借りてもいい。ギャンブルではなく、アカジャイルのマントに関しては確実に利益の上がる商品だ」
「ちなみに皆はいくら持ってるの?」
「アリア、それ聞く? 」
キャロラインが嗜めるとカインが言った。
「スタークはカラパイト国で手柄を挙げたからカラパイトの鉱山一つ貰ったって言ってたよね?」
「ん、ああ」
「うわ…金持ち。スタークの金髪、金に見えてきたわ」
「でも学校でお金を集めるっていいのでしょうか」
「学校にも利益の0.5%を渡せばいい。投資の勉強になるだろうし。交渉は僕がしてあげるよ」
「助かりますわ。でもアカジャイルの木の皮の調達が…」
「アカジャイルはティクルみたいに北の方に生えている木みたいだ。木の皮を剥いでも一年でもとの姿に戻るらしい。火が付きにくく、薪にはむいていないから、皮が売れるとなればその村は潤う」
「工房にはツテがあるって言ってたよね?」
「ええ、腕の良い職人達がいます」
「じゃあ、騎士団への営業の口利きはカインが。魔法士団への口利きは僕がしよう」
「あリがとうございます!ではサンプルを先に発注しますわ」
「細かい金額や計算は父上に相談役になってもらおうよ」
「皆さんあリがとうございます。私…なんてお礼を言っていいか…」
「お礼は成功してからだ」
「私、絶対投資するわ。お礼はチョコレートフォンデュでいいわ」
「アリアは商売人には向いてない」
スタークの言葉に皆で笑った。
1クラン100円
50万クラン=500万円




