33. フェタニール
「はぁ…雨か」
カインは教室の窓からどんよりとした雲を見上げ、ため息を吐いた。ポツポツと大粒の雨が窓をたたく。
「アリアに、帰りに今限定のイチゴのアイスを四人で食べに行こうって、誘われてたのに。上級生だけ課外授業があるなんて、地獄だ」
「イチゴ…いや、アリアとキャロラインは先に帰るって?」
「多分、キャロラインのカフェで待っててくれてると思うよ」
「雨が止むといいな」
「うん。そう言えばさ、トリエルの話を昨日アリアがしてたんだけど」
「どんな話?」
「キャロラインが魔導具に興味があるって言ったら、トリエルが家にあるから見においでって言ったらしい」
「どんな魔導具?」
「秘密だって。で、今度キャロラインとニコルと三人で見に行ってもいいかって父上達に聞いてたんだよね」
「ダメダろ」
「ハハ…父上は三人ならいいよって言ってたけど。そう言えばマリー・ロンサールはロンサール邸にいるのかな?」
「いるんじゃないか? こないだ、元気かって聞いたら、身体が弱いから屋敷にいるけど元気だって言ってたよ」
「元気なら良かった。まぁ…あんな事があったから、そんな簡単に元通りにはならないか」
カインはペンをクルクルと回しながら言った。
「あんなことって、病気のこと?」
「あぁ、スタークは知らないんだったよね。
キーシャ・ゴールドマン嬢を覚えてる?」
「キーシャ…そう言えば、今いないな。初等魔法学校の時はいたのに」
「亡くなったんだよ」
「! なんで?」
「さあ。なんか心臓が壊死したって噂聞いたけど。マリーが病気になって学校を退学して間もなくだったから、結構その時は皆ショック受けてたよ」
「知らなかったよ」
「だよね。スタークがカラパイトに行った後だもん。キーシャはマリーと仲が良かったから、唯一お見舞いに行った子だったのに。マリーもショックだったと思うよ」
「マリーの病気って何?」
「わかんないよ。でも休みだして一週間くらいでもう退学するってなったから、相当悪かったんじゃないかな」
スタークは何かモヤモヤとしながら授業を受けていた。
「え、キャロラインとアリア来てないの? もう帰ったのかな」
夕方五時前なのに、雨はやんだが、外は暗い。二人はキャロラインのカフェに寄ったが、二人の姿はなかった。
「僕達も帰ろうか」
「そうだな。今日は寄宿舎?」
「うん。明日は晴れたらいいけど…」
二人は歩き出した。
「なんかモヤモヤするんだよね」
「?」
「キーシャ・ゴールドマンはマリーのお見舞いに行ったんだよね?」
「うん。行ったって言ってたよ。クラスの子達が様子を聞いてたもん」
「それからどのくらいしてキーシャは亡くなったんだ?」
「う〜ん、一ヶ月しないくらいじゃない?」
「心臓が壊死って…そんな病気ある?」
「医者も治癒士も何もできなかったって言ってたよ」
「上の兄上がトリエルの行っていた高等学校の教師なんだ」
「あ、そうだったね」
「去年、トリエルの学年で四人の女生徒が謎の病気になったらしい。身体のアチコチが壊死して、足を切断した子もいるって」
「壊死…皆、死んだの?」
「いや、死んだ子はいないけど、学校にはもう来なくなったって。その学年は初等学校の時も三人、同じ病気になったらしい」
「なんだろう…気持ち悪いな。女の子ばかり」
「 兄上はトリエルが四人の女子生徒と仲が良かったから色々協力してもらったと言っていたが…」
「それって」
「マリーのことがあるから協力的だったのかもしれないけど」
「うん…なんかモヤモヤするね。とりあえず屋敷に帰ってみようかな。アリアに一応忠告しとかなきゃ…」
「何かあったらすぐに教えて」
「うん。じゃあね」
カインはそう言って足早に帰った。
「これが魔導具だよ。昔、東の国から父上が買ってきたんだ」
トリエルはそう言ってテーブルの上に木箱を置いた。
トリエルのロンサール邸に招待されたのはアリアとキャロラインとニコルだった。
屋敷の中は豪華で家具も高級品ばかりだが、使用人達の人数も少なく、どことなく暗い感じがした。
無表情な侍女が飲み物を運んで来た。
「これも東の国から仕入れた茶葉だよ。少し独特な香りがするけど、美容にすごく良いんだ」
「ありがとう。で、トリエル様、これ、どんな魔導具なの?」
ニコルが尋ねる。
「当ててごらん。キャロライン、分かる?」
「触ってもよろしいかしら?」
「どうぞ」
興味津々にキャロラインは木箱の蓋を開けら中を見たり触ったりしている。
アリアは侍女が持って来たシュークリームに手を出した。
「アリアは甘い物が好きなんだね」
「ええ、大好きよ」
アリアがシュークリームを頬張ると、口の横にクリームが付いた。トリエルはクスっと笑い、手で拭おうとしたがアリアはハッとして恥ずかしそうに自分で拭った。
「一口が大きすぎたわ」
「…わかったわ!こうでしょ?!」
キャロラインはそう叫んで木箱に手を当てた。その箱からヴァイオリンの音で音楽が聞こえる。
「! すごい! 音楽を聞けるのね!!」
アリアも驚いて木箱を見た。
「すごいわ! なんて画期的なの!」
興奮して目がキラキラしているキャロラインを見てアリアはクスっと笑い、紅茶を一口飲んだ。
「…なんか、不思議な味だわ」
「うん、本当。でも、美容に良いんでしょ?」
ニコルはそう言って紅茶を飲む。
「これ、魔石を使ってるのかしら」
「僕にはわからないよ。僕がまだ小さい頃、母上がよくそれを聞いていたよ」
「素敵ね、この曲。トリエル様のお母様、キレイな方なんでしょうね」
ニコルはそう言ってトリエルを見た。
「母上の髪と君の髪、色が似てるんだ。柔らかい金髪」
トリエルが微笑み、ニコルの髪を触るとニコルは顔を赤くした。どうやらニコルはトリエルを好きらしい。
褒め言葉をスラスラと口にするトリエルとスターク、似ていると最初は思ったが、何か違う…とアリアは思った。
__あぁ、スタークの褒め言葉は相手に見返りを求めてないけど、トリエルのは…そう、相手に何か求めてるって言うか…下心って感じなんだ。
アリアはそう気付いて紅茶を飲み干した。やはり美容の為とは言え、あまり好きじゃない味だ。
キャロラインも魔導具を穴が空くほど見て満足したのか、紅茶とシュークリームを腹にしまい、時計を見た。六時だが、外は暗い。
「そろそろ帰らないと…あら、アリア?」
キャロラインがアリアを見るとアリアはぐたりとしている。
「どうしたの?」
「なんか…力が入らない。何…これ」
「ニコル…」
ニコルもトリエルの横で眠っている。
「トリエル、二人が…」
キャロラインは自分の身体から魔力が小さくなり、身体の力が抜けていくのを感じ始めた。
「順番だよ。まずはアリアからだ」
トリエルはそう言って立ち上がり、アリアの身体を抱き上げた。
キャロラインは必死でアリアの制服のスカートを握り、トリエルを睨みつけたがそこで意識を失った。
「何を…飲ませたの?」
トリエルに抱かれながらアリアは意識朦朧とする中で尋ねる。トリエルはアリアを抱え、部屋を出ると階段を上る。
「さすがだね、アリア。魔力量が大きいから、二人の倍のフェタニールを入れたのに…まだ意識があるなんて」
「フェタ…?」
「フェタニールだよ。魔力を使えなくするんだ。まぁ…二時間くらいしかもたないけど」
「私を…殺すの…?」
「殺さない。大丈夫だよ、フェタニールを飲めば痛みもないし、記憶は僕が入れ替えるから恐怖も忘れるよ」
トリエルはそう言って一番奥の部屋のドアを開けた。




