32. ロンサール 1
スタークは久々に実家に帰り、家族で夕食を食べていた。
「最近、カインとアリア嬢は元気なのか?」
父のルイスが自分のデザートのイチゴをスタークの皿に分けながら尋ねた。
確かにイチゴは好きだが、さすがにもう十五歳だ。少し恥ずかしい。
「ありがとう…。ああ、元気だよ。あの兄妹は相変わらずだよ」
「アリア嬢は美人だから、すごくモテるんじゃないの?」
母ローズも自分のイチゴをスタークに分けようとしたが、スタークは首を横に振って苦笑した。
「イチゴはもういいよ、ありがとう。…アリアは美人だけど、剣術も魔法も強すぎて、男子生徒からはあんまり声をかけられないんだ」
「あら、高嶺の花なのね」
「本人は自覚ないけどね。気さくだし、女子生徒には人気あるみたい。」
「へぇ、あの子、そんなに強いのか。人は見かけによらないな」
そう言ったのは六歳上の兄、ケヴィンだった。そう言えばケヴィンは植物学者であり、高等学校で薬草学の教師をしている。
「そう言えば、兄上、アリアのクラスにロンサール伯爵の子息が転入してきたんだ」
「ああ…二年のトリエル・ロンサールか」
「知ってるんですか?」
「ああ…あの学年は色々あったんだ」
「? 色々って?」
「トリエルのクラスの女子生徒が四人も病気になってね。伝染病じゃないかって、国の保健局まで来て大騒ぎだったんだ」
「伝染病だったんですか?」
「いや。伝染病ではなかった。女生徒達の家族や、他の学年には一人もその症状はなかったからね。でも、初等学校の時にもあの学年が五年の時に同じ病気になった子が三人いたんだ」
「症状は?」
ルイスが尋ねる。
「皆、それぞれ場所が違うが、皮膚が黒ずみ、皮下組織が、壊死しているんだ。ひどい子は両足が壊死し、切断してしまった。他の子は腕、内臓、指…。かわいそうに、死んではいないが、皆学校にはもう来てない。でも不思議なことに一つも壊死する箇所はかぶってはないんだ」
「それって…」
「呪い?」
三つ年上の兄、ルースが口を挟んだ。ルースは天文学に長けていて、今年、魔法省の天文学研究所に就職している。
「薬も効かず、治癒魔法も効かない。だからそれも疑ったけど、時期もバラバラで、被害者の四人とも呪われるような子達ではなかったんだ。その時、四人の女子生徒達と仲が良かったトリエルにも色々協力してもらったんだ」
__確かに、人懐っこいと言うか、たらしだもんな。
スタークはトリエルの顔を思い浮かべる。
「被害者は貴族令嬢だけ?」
「いや、平民の子もいる。一応王都で同じような症状がないか探してみたが、他には見当たらなかった」
「…魔物の仕業かな。最近、太陽フレアのせいで磁場がよく乱れる。そのせいか魔物も十年前より四倍発生してるんだ」
ルースは紅茶を飲みながら説明する。
「四倍も?」
「うん。魔物達の力も強くなってるって」
「確かに…物騒な事件がたまに起きるな」
「気味が悪いって言って二学年のクラスは町外れの高等学校に転校する子もいてね。でもトリエルは、去年の夏に魔法が発現したからと言って魔法学校に転校したんだ」
「トリエルの属性は?」
「さぁ…身体魔法だと思うけど、そこまでは」
「魔法学校に転入するくらいだから、結構な魔力が発現したのかもな」
「まぁ親としては転校を希望したのかもな」
ルイスの言葉にスタークも頷く。
__姉のマリー・ロンサールも病気で退学したのに弟まで病気になったらたまらないからな…。
スタークはそう思い、最後のイチゴを口に入れた。
「トリエル、魔法学校はどう?」
マリー・ロンサールは鏡台の椅子に座り、鏡越しにトリエルを見た。トリエルはマリーの後ろに立ち、マリーの金色の髪をくしでといている。
グレーの瞳に白い肌、顔のつくりは似ているが、マリーの顔にはうっすらとまだらに黒い影みたいなのが見える。指先も黒く、爪は乾燥してボロボロだ。
優しく髪をとかすが、抜け毛がひどい。トリエルはそれをマリーに気付かれないように隠す。
「さすが魔法学校なだけあって高位貴族率が高いよ。令嬢達は皆、美意識が高いから自分でよく手入れしているよ」
「そうね、私が魔法学校にいた時も皆お洒落をしていたわ」
「そう言えばスターク・ステイサムに会ったよ」
マリーの顔が明るくなった。
「スターク様に? もう留学から帰って来てるのね?」
「うん。姉様によろしく伝えてって言ってたよ」
「! 私のことを覚えていてくださったの?」
「うん。僕のお気に入りのアリアの婚約者みたいだ」
「アリア? 誰それ」
「カイン・ハルクの妹だよ。肌がね…すごく綺麗なんだ。色が白くて、ハリがあって…昔の姉様の肌と同じだよ」
「サンドラの肌よりも?」
マリーはそう言って自分の両腕を見つめる。
「うん、サンドラも白くて綺麗だと思ったんだけど、姉様の肌よりハリがなかったからね。やっぱり顔はハリがあって滑らかじゃないと」
「スターク様の婚約者の肌かぁ…楽しみだわ。」
マリーはそう言って自分の頬に両手を当てた。
「アリアは瞳が綺麗なんだ。濃いハチミツ色で、クリッとして、まつ毛が長くて…唇も可愛い。ぷっくり花びらみたいで…僕も触りたいなぁ」
「でもスターク様の婚約者なんでしょ?」
「うん。でも、姉様と肌を入れ替えたら、スタークはきっとアリアとの婚約を破棄するだろうから、僕がもらうんだ」
「あなたはそれでいいの?」
「僕は肌は気にしないよ。言ったでしょ? 僕は姉様の肌が今のままでも美しいと思ってるんだ」
「ありがとう、トリエル」
「爪のキレイな子も見つけた。髪も。あともう少しで完成するね」
トリエルはそう言って鏡越しに笑いかけた。
「でも、魔法学校の女生徒なら、魔法を使うわよ? 気を付けなきゃ」
「うん。フェタニールを飲ませれば魔法を封じれる。あとは僕の魔法で記憶を入れ替えれば誰にもバレない」
「今度の新月が終われば…」
「そう、姉様はまた美しく生きれるんだ」
トリエルはそう言って笑いかけた。




