31. 転入生
暖かい風が吹くたび、花の香りを運んで来る。
アリアが王都に来て一年が経ち、アリアは二年に、スタークとカインは四年生に進級した。
「昨日、転入生が入ってきたのよ」
ランニングをしながらアリアはカインとスタークに話す。
「転入生って、珍しいね」
「去年の夏に魔力が発現したんだって。こないだまで普通の高等学校に通ってたらしいわ」
「へぇ…遅い発現だな」
「トリエル・ロンサールって言って、ロンサール伯爵のご子息よ」
「ロンサール伯爵家って…確かに俺達と同じ歳の令嬢がいたよな?今いないけど」
「え、ロンサール伯爵? ああ…初等魔法学校の時、いた記憶ある。確か…」
「マリー…マリー・ロンサールだ」
「そうそう。あの子、学校辞めちゃったんだ。病気になったって。スタークがカラパイトに行った後だったけど」
「へぇ、そうなんだ」
スタークはなんとなくマリー・ロンサールの顔を思い出した。隣の席になったこともある。綺麗な子だったが、少し陰気な感じで、属性は最後まで分からなかった。
「トリエルはなんかスタークと同じ種類かもよ。だって初対面でいきなり褒めてくるんだもん」
「え! なんて褒められたの?」
カインはアリアのことになると敏感になる。アリアは、美人の、と言うより、年頃の女子の自覚があまりないから、兄としては不安になるのだろう。でも、誰がどう見てもシスコンだ。
「私だけじゃないわよ。キャロラインは爪が綺麗だって。私は肌が綺麗だって言われたわ。ニコルは髪。確かにニコルの髪って柔らかい金髪で綺麗だものね」
アリアだけじゃないと聞いてカインは安心する。
「なんだ…たらしか」
「…それ、どんな状況で言われたの?」
スタークは少し怪訝そうな表情で聞く。
「キャロラインはプリントを渡した時に。私とニコルは席が近くて挨拶した時よ」
「心外だな。俺は別に誰それ構わず褒めてないし。その褒め方はセクハラだ」
珍しくスタークが機嫌を損ねる。
「そうだっけ?」
「あ〜、確かにスタークは息をするように人を褒めるけど、社交辞令だもんな。それでも皆、キュンとしちゃうんだ」
__いや、俺よりカインの家族全員、天然のたらしだと思うが…。恥ずかしげもなく本心で褒めてくるし。
スタークはそう思いながら走っていた。
放課後、スタークはカインとアリアの教室に向かった。教室の後ろの方の席でアリアとキャロライン、他に二人の女子と、見慣れない男子生徒が楽しそうに話している。
金髪にグレーの瞳、色も白く、中性的な美男子だ。
「あれが、ロンサールか。あ!今アリアの頬触った!」
「!」
カインがカチンときてアリアに駆け寄ろうとしたが、スタークが肩を掴んで止めた。懐からベージュのグローブを出して言う。
「俺が行く」
__うわ…スタークが怒ってる、、、
カインは少し驚きながら見守る。スタークが怒りの感情を見せることはあまりない。
スタークはグローブをはめながらゆっくりと教室の真ん中を歩き、アリアの前に立って微笑んだ。
「アリア、迎えに来たよ」
その微笑みに周りの女子はとろけるようにため息を吐く。
「あ、スターク。あ、そうそう、彼が転入生のトリエルよ」
「…どうも、トリエル・ロンサールです」
トリエルはブレザーのピンバッジでスタークが三年だとわかり、頭を下げた。
「スタークだ」
「スターク…ステイサム公の?」
トリエルは何かを思い出したようにスタークの顔を見上げた。
「ああ。君のお姉さんとは初等魔法学校で同級生だったけど、お姉さんは元気かい?」
「ええ。身体が弱いので屋敷にいますが、元気ですよ」
トリエルは微笑んで答えた。その笑顔にマリー・ロンサールの顔を思い出す。姉とは違い、人懐こそうな感じがする。
「元気なら何よりだ。僕は途中から留学したからお姉さんは覚えてないかもしれないが、よろしく伝えておいてくれ」
「きっと覚えてますよ。…アリア。ステイサムさんとはどう言う関係?」
トリエルがアリアを呼び捨てにしたことにカチンとくるが、スタークは笑みを崩さない。
「スタークはお…」
そう言いかけたアリアの唇をスタークはグローブを付けたまま、人差し指でムニュっと抑えた。スタークの満面の笑みに周りの女子達が顔を赤くして興奮している。
「アリア、まだ公表しないで」
思わせぶりな言葉に周りが羨望の眼差しで見つめる。
そして先ほどトリエルが触ったアリアの頬をグローブで拭うように触った。
__うわ…なんか機嫌悪い?
満面の笑みの裏にアリアはそう思いつつ、とりあえず頷く。キャロラインだけはすべてを悟り、笑いをこらえていた。
「行こう、アリア」
スタークはアリアに手を差し出す。
「? ん、あ、ええ」
婚約者のフリでも、いつもは教室で手なんか繋がないのに、と思いながら、アリアはスタークのグローブをはめた右手に左手添えた。スタークはギュッとアリアの手を握りしめる。
「あ、キャロライン、行くわよ」
「はいはーい。ごきげんよう」
キャロラインはトリエル達に手を振り、アリアのあとについて行った。




