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奴隷の呪いと  作者:
3/15

3. アリアと言う少女

 ピアナはカーテンを開け、部屋に太陽の光を入れ、窓を開ける。小鳥のさえずりが大きくなり、気持ちの良い風が草木の匂いとともに部屋へと入って来る。少女は大きすぎるベッドの中央で眠っている。


 ハルク公爵領の外れにあるティクルと言う街にある別荘は一言で言うと田舎である。敷地内にある庭と言うか森にはピアナが四十五歳で初めて見る小動物や虫もいる。このティクルの別荘に来て四日、まだ少女は目を覚まさない。


 五日前、夜中に夫のジェイドが意識のない銀髪の少女を抱え、帰ってきた。騎士団の仕事内容などあまり話さなかったジェイドが珍しくピアナに説明した。

 奴隷商の館に踏み込んだ事、一足遅く、子供達がもうすでに息絶えていた事、そして今までにない魔力をこの生き残った少女から感じたこと。今回の誘拐事件の責任をとり、騎士団を退団し、引退すると。そしてこの少女を育てたいとピアナに頭を下げて来た。


「育てるって…養女にするの?」

「ああ…ただ、俺達のではなく、ユルゲイ達の養女として籍を入れたい。俺は引退してユルゲイに侯爵を継がせる」

 珍しく自分の事を『俺』と言った。そんな時はジェイドの余裕のない時だ。ピアナは心臓の音が大きくなるのを感じ、声が震えるのをこらえながらジェイドの目を見た。

「…ジェイド、正直に言って」

「?」

「この子は…あなたの子なの?」

 嘘を決して見逃すまいと睨みつけるピアナの表情とセリフにジェイドは眉間にシワを寄せ、考える。そして次の瞬間、プッと吹き出し、笑い出した。

「!?」

 先程まで少し緊迫していた空気を打ち壊すかのようにジェイドは笑い、マントをそっとはぐり、ピアナに少女の顔を見せる。

「な、なによ! ジェイド!」

「この少女に俺の血が入ってると思うか?」 

 意識を失ってても美少女だとわかる。ジェイドの髪と瞳は焦げ茶、少女の髪は銀髪でゆるく癖っ毛で肌の色もピアナより白い。確かに、ジェイドの要素は1ミリも無い。

「でも! 母親に…この子の母親に、似たのかもしれないじゃない! だってユルゲイだって私に似てるし!」

 恥ずかしそうにそう弁明するピアナの心はもはや疑いなんて晴れていた。ジェイドは笑いをこらえながらピアナの手を取り、キスをする。

「残念ながら、俺はそんなに器用じゃないよ。女性として愛するのは生涯に一人だけで十分だ。その女性を裏切るような事はしたこと無いし、これからもするつもりもない」

「…」

ピアナは頬を赤くし、「ごめんなさい」と呟いた。

「…でも、この子の親は捜してるんじゃなくて?」

「それなんだが…心当たりがあるんだ。彼女が目を覚まさなければ本当のことはわからない。もし俺の予想が当たっているのなら、彼女の親…いや、親族はもういない」

「孤児なの?」

「…どちらにせよ、この魔力量だ。幼い身体にはこの魔力量は余りある。正しい道を教えなければ仇にもなる」

 ジェイド自身幼い頃から魔力が強すぎるため、苦労してきた。魔力は個人差はあれ、誰もが持っている。しかしそれを魔法として形あるものに出来るかは別であり、コツや方法がある。貴族はそれを学校や家庭教師に習うが平民はその機会もなく大人になる。

「ピアナ、実は王都から離れようと考えている」

「え?」

「東のティクルにある別荘に住居を移したい」

「ティクルに?」

「ああ。前から考えていたんだ。引退したらティクルに住みたいと。もし君が嫌なら…」

 ジェイドがそう言いかけるとはピアナはその口を指で止めた。

「嫌なものですか。あそこなら私の好きな薔薇の栽培がいくらでもできる上に、煩わしい社交界からの誘いも来ませんもの」


 ピアナは少女の幼い寝顔を見つめ、額のあたりに手を翳した。柔らかな黄色のフリージアの花の香りを手のひらから出す。

「花たちもあなたが目覚めるのを待ってるのよ」

 ピアナがそう呟くと少女の鼻はくんくんと香りを嗅ぎ、ゆっくりと瞼が開く。濃い蜂蜜色をした大きな瞳がピアナの手のひらをぼーっと見つめ、そしてピアナの顔を見た。

 銀色のふわふわの癖っ毛に透き通るような白い肌。頬と唇はふっくらとしてピンク色をしている。そして何より、長い睫毛と吸い込まれそうな大きな瞳。

「!、まぁ…なんてきれいな…」

 ピアナはそう言いかけてハッと我に返り、優しい笑顔を少女に向けた。

「おはよう、気分はどう?あなた五日も眠っていたのよ」

少女は状況を把握できていなかったが、ピアナの優しい笑顔に警戒心を抱くことはなかった。

「待ってて。お水を持ってくるから」

 ピアナは立ち上がり、部屋の前で待っているメイドに声をかけた。

「ジェイドを呼んできてちょうだい。あと、お水も。あと、そうね、ハトリに消化の良い温かいスープを作るように言って」

「かしこまりました」

 ピアナが部屋の中に目を向けると少女はベッドの上で身体を起こし、部屋を見回していた。

 すぐに庭に出れる大きな窓。クリーム色の壁紙にピンクの豪華なカーテン。鏡台にソファ、一つ一つの家具が高級でしかもかわいく仕上げられている。

「どう?私が揃えたのよ。息子しか生まなかったから、こういう部屋に憧れてたの。今から私の夫があなたに会いに部屋に入ってくるけど、大丈夫?」

 ピアナの言葉に少女は頷く。ジェイドが駆けつけ、ドアをノックした。

「ジェイド、入っていいわよ。天使のお目覚めよ」

ジェイドははやる心を抑えながらゆっくりとドアを開けた。

「やあ…」

緊張を隠せないジェイドにピアナがクスッと笑う。ピアナの言う通り、天使かと思うほど少女は美しい。

「私はジェイド。ジェイド・アレース・ハルク」

「私はピアナよ」

 自己紹介に少女は様子をうかがうように二人を交互に見つめる。

「言葉はわかるかな?大陸語だ。それとも…ハユナマ ウル ユナティス?」

 ジェイドの口から出たのはジオルグ語だった。ピアナはジェイドを見る。

「大陸語…わかる」

 少女は小さく可愛い声でそう答えた。

「…そうか。どこから話そうか…」

 言葉を選びすぎて戸惑うジェイドにピアナは助け舟を出した。

「私たちはあなたの味方よ。あなたをなんて呼べばいいかしら」

「ダ…アリア」

「アリアね。素敵な名前」

「ここは…どこなの?」

「王都から離れたティクルと言う街よ」

「ティクル…聞いたことないわ」

「ジオルグの隣の国、ラスタ王国の中にある。ラスタ王国はわかるかね?」

ジェイドの質問にアリアは頷いた。メイドがドアをノックし、ガラスのコップに水を持ってきた。ピアナが受け取り、アリアに差し出す。

「…ありがとう」

 素直に受け取るアリアを見てピアナはジェイドを見た。平民はガラスのコップなど触ったこともないはずだ。続いてスープが運ばれ、アリアは行儀よく綺麗な所作でそれを飲む。ピアナはその態度から薄々、アリアがジオルグの貴族以上の出自だと悟る。

「アリア、今がどういう状況かわかるかな?」

 ジェイドの質問にスープを飲み終えたアリアは、唇をギュッと噛み締め、大きく息を吐いた。

「助けてくれてありがとう。攫われたの。ジオルグで。ナターシャは…私の世話をしてくれてたナターシャは殺されたわ。あの男に」

  五歳ほどの子供の口から出たセリフは冷静だった。

「どこに住んでいたの?」

「ジオルグのハーシックの森にナターシャと二人で住んでいたの。買い物に行こうとしてあの男にさらわれて…ナターシャは私をかばおうとして刺されたの」

 ハーシックの森はジオルグ国とラスタ王国との境にあり、山賊や逃れた罪人が身を隠す場所でもある。

「あなたのご両親は…?」

 ピアナの質問にアリアは口を閉ざした。再び唇を噛む。ジェイドは跪き、目線をアリアの位置まで下げた。

「アリア、君の本当の名は、ダリア・アナスタシア・ジオルグじゃないのかね?」

「!」

 その質問にアリアとピアナが驚いた表情でジェイドを見る。ジオルグと言うラストネームが付くのは王族の直系だ。

「心配いらない。今この空間は防音魔法をかけている。私たち以外、誰も聞こえないから。私は一度ジオルグで君に会ったことがあるんだ」

「…ほんと?」

「ああ、と言っても、まだ君は生まれたばかりの姫君だった。五年前、ラスタの国王陛下がジオルグに行った時、私は警護で付いて行ったんだ。王太子妃のロベリア妃がまだ赤ちゃんだった姫君を抱き、私の所に相談しに来たんだ。姫君の魔力が高いため、どう育てていいのかアドバイスがほしいと」

「お母様が?」

「綺麗な方だったよ。君の瞳の色はロベリア妃のと同じ色だね」

「それで…貴方はなんて答えたの?」

「…笑顔をたくさん上げてくださいと」

「! お母様は…いつも…笑顔だったわ」

 二人の会話にピアナはぐっと胸が熱くなり、唾を飲み込む。

 三カ月前、ジオルグの王宮で反乱が起き、王族が全員殺され、政権交代をしたと言う情報は誰もが知っている。

「…魔物がいたの。魔物を退治しに遠くに行ってたカルデナス叔父様には黒い魔物が付いてたの。…その魔物がどんどん他の人の中にも入って行って…お祖父様もお祖母様も…お父様もお母様も…お兄様も全員…殺されたわ」

 たった三カ月前の惨劇を泣きじゃくることもなく、淡々と話すアリアの様子は、ピアナからすると異様だった。

「お兄様が…私を助けてくれたの。ナターシャと私を秘密の穴に隠したの。ナターシャに私のことを頼むって」

「ナターシャはあなたの乳母?」

「うん。お城の外に出てからずっと二人で暮らしてた」

「辛かったでしょう…」

ピアナはアリアの手をギュッと握った。

「お兄様が…魔法をかけたの。悲しくないように。私が泣かないように。私が泣いたら、私が生きていることがバレちゃうから…お兄様が魔法をかけたの。だから私は…」

 ピアナはジェイドを見る。

「心閉の魔法だ。哀しみや憎しみを封じる魔法だよ」

 ピアナの目からこらえていた涙が流れた。アリアはその涙を不思議そうに見つめる。

「泣きたいかい?」

 ジェイドはアリアの目を見つめる。

「魔法を解けば、その哀しみに心が潰されるかもしれない。苦しくて辛くて、涙が止まらないかもしれない。それとも…悲しみに蓋をしたまま生きていきたい?」

「泣きたい…泣きたい!お母様やお父様…お祖父様やお祖母様…ナターシャ、そしてお兄様の為に泣きたい!」

 吐き捨てるようにすがるアリアの瞳にジェイドはゆっくり頷いた。

「…仰せのままに。ダリア姫としての最後の望み私が叶えましょう」

ジェイドはパチンと指を鳴らし、部屋全体に魔力が漏れないよう結界を張り、アリアの頭に手を翳し、短い呪文を唱えた。

 胸が熱くなり、血を吐くように苦しみが込み上げてくる。アリアは布団を握りしめ、その込み上げてくる悲しみを吐き出した。

「ウワァーー!」

 張り裂けそうな胸の痛みと熱い涙が身体から放出され、ビリビリと空気が振動する。ピアナは思わず立ちあがり、アリアを胸に抱きしめた。アリアは叫ぶように泣き、ピアナの胸の中、そのまま意識を失った。









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