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奴隷の呪いと  作者:


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29/82

29. 騎士団 朝稽古 1

 ヌチアールの事件から二週間、街は事件のことも忘れかけ、すっかり普段の日常に戻っていた。学校は冬休みに入り、街は新年を迎える準備をしている。

 朝のランニングの後、冬休みの間は三人は揃って騎士団の朝稽古に参加することになった。

 

 王都で働く騎士はそれほど多くはない。特に近衛騎士は百人程で、そのうち王城のすぐ隣にある騎士の砦に所属するのは五十人程である。ただ、この五十人の騎士達は一人一人の能力が高く、その中でもトップ10の騎士は魔力も高く、一人で五十人の騎士に相当する者もいる。


 ちなみにジェイドは一人で騎士二百人程の戦闘能力を担っていた。

 そのため、ジェイドが引退した途端、騎士不足にはなったが、ここ二十年、ラスタ王国は戦争も大きな魔物のトラブルもなく、平和な時代が続いている。

 ともあれ、ジェイドが引退して七年、平和ボケしたラスタ王国で、騎士の人手不足と、なり手の減少、そして実力低下が否めない。

 

 マリウス騎士団長としてはなんとしてもカインはもちろん、スタークとアリアを未来の騎士として青田刈りしておきたかったのだ。魔法省直属の魔法士団に横取りされては目も当てられない。

 

 正直、カインとアリアの実力を舐めていた。確かにカインは十歳の時に稽古に参加し、剣の腕は見る見るうちに上がったか、実戦を見たことはなかったし、あのおっちょこちょいの性格だ。治癒魔法もジェイド並みだ。さすが、血は争えない。

 アリアもヌチアール相手にクラスメイトに防御幕を張りながらの戦闘で傷一つ負わず、戦い方にはまだ余裕さえ感じられた。

 そしてスターク。カラパイト王国での留学中、ジェイドと同じ魔聖騎士のハイド・カルティネ卿に弟子入りし、国を揺るがす事件で手柄を上げ、他国民であるにも関わらず、カラパイト国王から異例の騎士の称号を与えられた、とラジール陛下から聞いた。もう既に騎士団長である自分より、実力はあるかもしれない。

 それでも構わない。自分が十歳の頃からジェイドに剣術を習い、年上の騎士達を追い抜いて来たように、自分より才ある若者に抜かれることは恥ではなく、むしろ喜びだ。

 

 マリウスはまだ成人を迎えてもない三人を騎士達に紹介した。朝稽古は騎士の砦の中庭で行う。

 あらかじめ聞いていたとは言え、アリアの実物を見た騎士達はどよめく。

「嘘だろ…カインの妹、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか…まだ子供だけど」

「ああ、天使みたいだ。あと三年もすりゃ…」

「団長は何考えてんだ? いくらなんでも女の子はないだろう…」

 そう言った騎士の頭を後ろからガツンと殴ったのは女騎士のマーガレットだった。歳は二十一歳、黒髪のクールな美女だ。騎士団の制服のブラウスのボタンを外し、胸の谷間が見えて色っぽい。

 騎士の砦に所属する女騎士は四人。マーガレットはその中でも一番の戦闘力でランクでは二〇位以内に入る。

「痛ぇな…あ、マーガレット」

「女だからって甘く見てると恥かかされるわよ? なんたってあの元ハルク侯爵の秘蔵っ子でしょ?」

 ジェイドが騎士を引退して七年。三年前に騎士になったマーガレットや他の若い騎士はジェイドの強さは噂でしか聞いていない。

「だよな。カインだって、十歳で初めて朝稽古に顔を出した時、新人の騎士と互角だったもんな」

「今じゃカインも俺達と互角。にしても、何だ、あの三人のキラキラオーラ」

「良いとこの出って感じだな」

「カインも可愛いけど、あのスタークって子…」

「マーガレット、目がギラついてるぜ? 好きだもんな? 男をへし折るの。お姉様が色んなこと教えてあげたらどうだ?」

「まだ少年だけど、何一つ不自由なく育ったあのキレイな顔、苦痛に歪むの見てみたいわ」

 マーガレットはそう言って唇をペロッと舐めた。

「団長、私がスタークの相手をしましょう」

 マーガレットはそう言って剣を掲げた。

「また始まったよ、マーガレットの洗礼が」

 周りの騎士達も少し呆れてスタークを憐れむ。

「何分もつかかけるか? 俺は五分。いや、三分かな。マーガレットが三分で勝つ。百クランずつだ」

「いやいや…わざわざ朝稽古に連れてくるくらいだぜ?カインくらいの実力はあるかもしれねぇし。俺は十五分。」

「十分ももつかよ。見てみろ、マーガレットの目。完全に落とす気だぜ、ありゃ」

「決局は顔かよ」

 騎士達はそう言ってスタークが何分でマーガレットに負けるかを賭けだした。

「じゃあ、俺はあのイケメンの坊ちゃんに百クラン。十五分だ」

「バカか、タウロス。マーガレットが負けるわけねぇだろ?」

__ボンクラ共が。見て分かんねぇのかよ。何食わぬ顔であの坊ちゃんは魔力を相当抑えてる。

 タウロスはニヤリと笑い、スタークを見た。

 下世話な賭けをしているのはマリウスにも分かった。

 ヌチアール事件の時に一緒に学校に駆けつけた七名の騎士達は、他の学年を警護していたため、実際のスターク達の戦いぶりを見ていない。


「マーガレット、どうする?剣術だけか、魔法もありか」

 マリウスの質問に「もちろん…魔法ありで」と答え、マーガレットがニヤリと笑う。お互い、属性もわからない。

 マリウスは少し呆れながらスタークに耳打ちした。

「スターク君、ある程度、本気出していいよ。彼女はうちでも上位二〇位に入る」

「…ある程度…ですね」

 スタークはそう言って小さくしていた、騎士団からもらった剣を元のサイズに戻した。

「それじゃあ、始め!」

 マリウスがそう叫ぶと同時にマーガレットがスタークに向けて手から白い糸のような物を発射した。

「!?」

 剣でそれを受けようとするがその糸は剣をグルグルと巻き付け、スタークの手から剣を奪った。

「あら、騎士が剣を手放すなんて」

 そう言って今度はまた白い糸でスタークの両手首を縛り、空砲で中庭の建物の壁にスタークを張り付けた。マーガレットはゆっくりと身動きができないスタークに近づき、あごに指を添え、顔を近付けた。

「まぁ…美味しそう」

「生物魔法ですか? 蜘蛛の糸だ」

「そう。私は虫や動物の力が使えるの。あぁ、ダメよ、火魔法じゃその糸、燃えたりしないから」

 そう言ってマーガレットは胸元を強調して色っぽくスタークの頬を撫でるように触った。

「キレイな顔。でもまだ、ここに来るのは早かったんじゃない?」

 見守るアリアとカインはマーガレットの大胆な胸元と行動にびっくりしている。

 当のスタークは表情を変えず、マーガレットの目を見た。

「お姉さんが色々、教えてあげるわよ?」

 マーガレットの言葉に周りの騎士達が口笛を吹いたり、ニヤニヤと笑っている。

「…せっかくのお誘いですが、僕にはまだ刺激が強すぎるかな」

 スタークがそう言って笑った瞬間、マーガレットの背後からスタークの剣が飛んできた。

「!?」

 マーガレットは寸前の所で避けた。スタークは烈火で手首に巻き付いた蜘蛛の糸を一瞬で焼き払った。

「なんで!? 火魔法じゃ焼けないはずよ」

 スタークは剣を持つとマーガレットに斬りかかった。

「くっ…!」

 マーガレットはスタークの剣を食い止めると後ろに飛んで体勢を立て直し、手から無数の針を飛ばす。スタークは土魔法で土の壁でそれを防いだ。

「初対面の女性と戦うのは難しいな」

 スタークはそう言って土の壁をわざと破壊し、マーガレットに土を浴びせた。

「何それ。女だからって舐めんなよ!」

 マーガレットが空中に飛び、先ほどよりも太い蜘蛛の糸でスタークの剣を捕らえた。そして空中からスタークめがけて剣で襲いかかってきた。

「舐めてませんよ。ただ…」

 スタークは右手から電流を流した。剣と糸を伝い、電流がマーガレットの身体に到達する。

「キャア!!」

 マーガレットが感電し、十メートルの高さから落ちて来た。スタークは咄嗟に移動し、マーガレットを受け止め、微笑んだ。

「手加減が難しいんだ」

「!…」

 マーガレットはスタークにお姫様抱っこをされ、悔しいのと恥ずかしいので顔を真っ赤にした。

「マジか…なんだ、今の。なんでマーガレットは落ちたんだ?」

「…まだ五分も経ってねぇじゃん」

 騎士達がどよめき、マリウス団長を見た。

「情けないな。自分の力を過信するからだ。ちなみに、彼はカラパイト王国で留学中に騎士の称号を貰っている」

 マリウスの言葉にアリアとカインは顔を見合わせた。

「聞いてないわ」

「聞いてない!」

 カインとアリアはそう言ってスタークを睨んだ。

 スタークはマーガレットを下ろして、ニコリと笑う。

「戦う相手に属性は話さないほうがいいですよ。それとも、リップサービス?」

 マーガレットはスタークの微笑みに完全に堕とされた。マーガレットは顔を真っ赤にしたまま、恥ずかしくて逃げるようにその場を去った。

「あ~あ、ああいうとこ」

「あれで女の子がまたスタークファンになるんだよね~」

 アリアとカインは呆れて言った。スタークが二人のもとに戻ろうとした時、声をかけられた。

「まだやれるんだろ? 俺が相手だ」

 そう言って手を挙げたのはタウロスだった。

 


 


 


 





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