23. 祝賀会
色とりどりのドレスを身に纏った貴婦人達、正装をした紳士。パーティー会場には生演奏が流れ、豪華な料理が並んだ。参加者は上位貴族と王が選んだ貢献者と、その家族。ざっと二百人はいる。厳戒な警備が敷かれ、護衛騎士の数も多い。
ハルク侯爵家の家族はジェイドとピアナが先頭を歩き、アリアはカインにエスコートされながらユルゲイとヴィオラの後を歩く。シャンパンゴールドのドレス、銀髪はアップし、髪飾りの代わりにスタークがくれた生のバラを散らしていた。
社交界では見たことのない、その若く美しい姿は、通り過ぎる人の目を惹きつける。ユルゲイもカインも時々アリアを隠すように歩いた。
「うわ…お兄様、あれ見て!」
アリアが小声でカインに耳打ちし、壁側に置いてあるマカロンタワーを指差した。
「うわ…マカロンだ。あのチョコレート色のやつ、食べたい!」
「私はピンクと紫のが食べたい。うわ、あれ見て、豚の丸焼き」
「美味しそう…」
目移りするカインとアリアにヴィオラが言った。
「ラジール陛下にご挨拶してからよ」
「分かってるわ。だって、お兄様がお洋服にた食べこぼすからでしょ?」
「失礼だなぁ」
初めてのパーティーに参加する時は大抵緊張するものだ。しかしアリアはカインと共に通常運転。
王座に座るラジール国王の前には挨拶するために列ができる。その列に並びながらカインはキョロキョロする。
「スタークはまだ来てないみたいだな」
「お兄様、ここじゃ、様をつけてね」
「あ、そうだったそうだった」
「お兄様はラジール陛下にお会いしたことあるんでしょ?」
「うん、三回ほどね」
「どんな方だった?」
「そうだな〜なんか王様って感じ」
「ふふ、お兄様らしいわ」
二〇分程並び、ハルク侯爵家の番になった。
「ラジール国王にご挨拶申し上げます。この度は即位四十年、おめでとうございます」
ジェイドが跪き、頭を下げるとユルゲイもカインも同じように跪き、ピアナ達はカーテシーをした。
ラジールは指を鳴らし、防音魔法をかけた。そしてニヤリと笑う。友人に見せる笑顔だ。
「久しぶりだな、ジェイド。隠居生活はどうだ? 随分日焼けしてるな」
「愛する妻に頼まれて裏庭に温室を作っているんだ。もうすぐ完成だ」
「相変わらずのこき使いようだな、ピアナ」
ラジールはピアナに笑いかける。ピアナはラジールの『はとこ』にあたる。
「あら、私は温室があったらいいなと言っただけですわ。まさか手作りしてくれるなんて」
「カインも背が伸びたな。若い頃のジェイドに似てきた。騎士団で朝稽古に参加してると聞いたぞ?」
「はい。マリウス団長にはお世話になっています」
「ユルゲイ、ヴィオラ夫人も変わりなく何よりだ。ハルク侯爵を継いでもう何年だ?」
「七年経ちました。誰かさんが急に引退なさるから」
ユルゲイは笑顔でジェイドに嫌味を言った。そしてラジールはアリアに目を向ける。艷やかな銀の髪に白いバラが美しく映え、まるで花の妖精のようだ。
「お初にお目にかかります。名を名乗ってもよろしいでしょうか?」
顔を下げ、綺麗なカーテシーをしたままアリアは尋ねた。
「許す」
「アリア・セレネ・ハルクと申します。ラスタ王国の太陽にご挨拶できる事を心より感謝します」
物怖じすることもなく、そう言って顔を上げた。
「ほう…美しい」
思わずラジールの口からそう溢れたが、よく見るとアリアの面影に見覚えがあった。だがどこで見たのか思い出せない。ラジールはジェイドを見る。
「アリアは7年前、孤児で奴隷商に捕まり、私が助けて養孫にした」
「聞いている。ラステルからも報告を受けた。魔力量が高く、古代魔法を属性と持つ者だと」
「はい。魔法省への登録も済ませました」
吸い込まれそうな瞳の色に、恐ろしい程の冷静さと気高くも感じられる気品。ラジールはその瞳に昔、見惚れた事がある。はっと思い出し、まさかと言う顔でジェイドを見た。ジェイドは首を横に振る。
他人の空似だろうか…でももし、この美しい娘がラジールが思い浮かべた人物の血縁だとしても、もうその血族はこの世には存在しない。
もしそうであったとしても、例え自分からそうだと叫んでも、何の意味もなく、影響力もない。ジオルグの国は七年前にクーデターが起き、王族は全員殺された。その後、新国王が即位したが、国は衰退をたどるばかりで、隣国と言えどもラスタ王国との国交も絶たれた。いまやジオルグは大陸で最貧国である。
「将来は魔法師になるのか?」
ラジールの問いにアリアは微笑み、首を横に振った。
「騎士になります。兄と一緒に、この国の平和を守ります」
美しい瞳には強い意志を感じても、暗い影や闇を感じない。
もしこの娘がジェイドに育てられてなければ、大きすぎる魔力を復讐や憎しみに使っていたかもしれない。悪意のある大人達に利用されていたかもしれない。
「騎士か、それは楽しみなだな。期待している」
「ありがとございます」
アリアはそう言って微笑んだ。
「完璧すぎて笑いをこらえるのに大変だったわ。まるで淑女の鏡みたいな振る舞い」
「本当に。あなた、役者になった方がいいんじゃない?」
ヴィオラとピアナが笑いながらアリアに言った。
ジェイドは国の英雄として人気な為、たくさんの人に囲まれ、ユルゲイは仕事の仲間と話したりしている。
「だって、お祖母様が言ったのよ?ここぞと言う時に発揮できなければ淑女教育の意味がないって。それ以外はあなたでいいからって」
アリアはそう言ってピアナとヴィオラの影に隠れ、扇子で口元を隠し、ピンク色のマカロンを一口で食べる。頬張るほっぺが膨らむ。
「学校でも皆騙されてるよ」
カインがそう言って茶色いマカロンをパクリと口に入れた。
「お兄様、あっちにあった、巻いたサンドイッチみたいなの、取ってきて下さい、あとあのお肉の焼いたのも」
「分かった」
カインが食べ物を取りに行くと、学校でも見たことのある子息達が四、五人、アリアを囲んだ。
「アリア嬢、あの、その…僕は二年のマルフ・サリナスだ。が、学校でよく君を見かけるんだけど…」
「僕はワンプ伯爵の息子で、四年のケビンだ。今日は一段とその…なんていうか」
「僕は…」
次々と名乗り出る男たちにピアナもヴィオラも少し驚きながら少し離れて見守る。
__うわ…覚えきれない。どうしよう、面倒臭い、、、
アリアが愛想笑いを浮かべ、カインを目で探す。カインは豚の丸焼きの前で肉が切られるのを見ている。
「アリア」
スタークの声がし、アリアは振り返った。黒いジャケットには紺と金の刺繍が施され、控えめだが華やかだ。昼間会った時とは違い、髪型も固められて額が出ている。キリッとした表情はため息が出るほど精悍でカッコいい。
「スターク…様」
思わず『様』を忘れ、慌てて付け足した。アリアを見たスタークも一瞬固まる。自分のあげたバラが髪を飾っている。胸元が少し空いたドレスは大人びていて、少しだけセクシーだ。まるで月の女神みたいだとスタークは心の中で呟いた。
スタークが来たことで群がっていた男達が蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「あら、スターク…様。とても素敵」
ヴィオラとピアナがキュンとしながら呟く。
スタークの後ろには二人の兄と父親のルイスと母親のローズがいる。初めて見るスタークの家族にアリアはすぐに仮面をかぶる。
「初めまして、アリア・セレネ・ハルクと申します。スターク様には兄と二人でお世話になっていて…」
「話は聞いてるよ、カインとは会ったことあるし…それにしても」
ルイスは優しい笑みを浮かべ、ローズを見た。ローズは美しく、目元がスタークとよく似ている。
「スターク、アリア嬢がこんなに綺麗なお嬢さんだなんて一言も言ってなかったわ? カインの妹としか…」
ローズの言葉にスタークは珍しく顔を赤くしている。二人の兄もスタークのそんな姿にニヤニヤと笑っている。
「初めまして、ステイサム卿夫妻。アリアの母と祖母です」
「スタークがいつもお世話になってます。ピアナ様もティクルでは色々とお世話になりました」
「ヴィオラ様のフルーツのタルトが美味しいといつも言ってますのよ」
家族同士の挨拶をよそにスタークはアリアを見た。
「どう?スターク…様がくれたバラよ」
「すごく似合ってる」
スタークの手にはアリアのあげたグローブがはめられている。
「刺繍、解いてないの?」
「解くわけないよ。気に入ってる」
スタークはそう言って刺繍の部分をアリアに見せた。
「へんてこな刺繍なのに。あなたもお兄様達も変わってるわ」
そう言いつつも少し嬉しかった。
「陛下には挨拶したの?」
「ええ。王様って感じの方だったわ」
「そりゃね。カインは?」
「豚の丸焼き」
アリアはそう言ってカインがいる豚の丸焼きの方を指差した。
「どこに行ってもあんな感じなの、本当尊敬するよ」
「見て、満面の笑み」
二人は肉を持って戻ってくるカインを見てクスクス笑う。
「うわ、スターク、めちゃくちゃカッコいいな。あ、スターク様だった」
「もう遅いよ。カインもカッコいいよ。食べこぼすなよ?」
「皆に言われる」
しばらく三人で隅の方で食事をしていたが会場にカラパイトの大使を見つけるとスタークは立ちあがった。
「…あ、俺、カラパイトの大使に挨拶してこなきゃ。カイン」
スタークはカインに耳打ちする。
「さっきカインがいない隙に、アリアが野犬に囲まれてたぞ」
「マジか。…油断も隙もないな…」
「俺…まだ挨拶で回らないといけないから、頼む」
「あぁ、任しとけ。まだまだアリアもたくさん食べるから時間は持て余さない」
「ちなみに、料理、自分で取りに行って並ばなくても、従者に言えば持ってきてくれるから」
「そうなの?」
スタークはクスっと笑い、アリアを見た。
「ファーストダンスはカインと踊るの?」
「ええ。その次はお祖父様と、お父様」
「…ラストダンスは誘われても踊らないで」
スタークはそう言って意味深に笑った。
__誰も誘わないでしょ。ま、どうせスタークとも踊れないけど。
「分かったわ。スターク様は気にせず踊って来ていいですわよ。いつも私の護衛みたいになってるから」
「あぁ、踊るとしたら、お祖母様と母上くらいかな。じゃあ」
スタークはそう言って場を離れた。




