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奴隷の呪いと  作者:


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20. セリノーフォス

 バラ祭りの当日、スタークは約束していた十一時にハルク邸に着いた。手には白い大輪のバラの花束を抱えている。純白と言うより、クリーム色がかった白で中の黄色い雄しべが見え隠れする。

 それを王城にあるバラ庭園で初めて見かけた時、アリアの顔が浮かんだ。

 

 齢六十を過ぎた王城の庭師のトムは、昔からスタークの心の拠り所だった。スタークは小さい頃から王城に通い、ピエール王子と一緒に学んだ。つまらない家庭教師の話より、トムとの会話の方がスタークには楽しく、興味があった。

 トムもスタークに一目置いていた。王弟ヘラルドのスタークへの期待が高く、躾は厳しかったが、全てを卒なくこなしてしまう。だが、決して言いなりの人形ではなかった。

 誰に対しても傲慢さはなく、聡明で才能に奢れることもない、孤高な子供。

 そんなスタークは勉強が終わるとトムの作業小屋によく来て一息ついていた。トムが作ったバラジャムを紅茶に入れ、クッキーをほおばるスタークはあどけなく、子どもらしい一面も見せる。

 カラパイトから帰って来ても王城に来た時は必ずトムに顔を見せた。そのスタークがトムに頼みがあると言って来た。


「あの白いバラをバラ祭りの日に欲しいんだけど」

 トムはあの白いバラですぐにどのバラか分かった。何年か前にスタークがそのバラを立ち止まって見つめ、その白い花弁にそっと触れていた。

「お安い御用ですよ。スターク坊っちゃんのためなら」

「ありがとう」

「あのバラの名前、知ってますか?」

「あのバラに名前があるの?」

「ええ。バラは違う種類の雌しべを交配させ、新種を作るんです。新種を作った者が名前を付ける」

「へぇ…あのバラは新種?」

「坊っちゃんが初めて見た時は、まだ出回ったばかりの新種でした。東方の国から取り寄せた苗だったのでラスタ王国では珍しいはずですよ」

「で、名前は?」

「セリノーフォス」

「セリノーフォス…月光か。ぴったりだ」

 スタークは嬉しそうに微笑んだ。

「…どんな女性ですか?」

 トムが珍しく聞いてきた。身分の違いがあるから、プライベートなことはトムはあまり質問したことがない。

「そうだな…月の女神みたいな子だよ。でも強くて…笑顔がとてもかわいい」

 スタークは少し顔を赤くして照れくさそうに言った。トムは微笑み、頷く。

「きっと喜ばれますよ」

「当日、取りに来るよ」

「お任せください」

 トムはそう言って頷いた。


 バラ祭りはアリアとカインとキャロラインの四人で街に出る約束をした。夜は王城で祝賀パーティーがあるので一度屋敷に帰り、正装をしなければならない。

 バラを渡したかったのでハルク邸に迎えに来た。執事長のトーマスはスタークが来たことをアリアに告げると、アリア以外、全員で玄関に出て来た。

「アリア!早くしなさい!スタークが来たわよ!」

「ちょっと待ってて!帽子忘れたの!」

 二階からアリアが叫ぶ。

「やあ、スターク、久しぶりだな。背が高くなったな。カラパイトはどうだった?…魔力量がかなり上がったな」

 ジェイドとピアナもティクルから来ていた。

「ご無沙汰していました、ジェイドさん、ピアナさん。カラパイトではハイド・カルティネ卿に色々と教わりました。」

「そうか。こっちにいる間に手合わせしたいな」

「ぜひに」

「またかっこよくなってるわ」

 ピアナはスタークの笑顔にキュンとする。

「今日はうちのお姫さんを迎えに来たんだろう?」

「はい。カインも」

「見て見て! スターク! アリアからハンカチを貰ったんだ! アリアが刺繍したんだよ!」

 カインは嬉しそうにスタークにハンカチを見せた。

「私も貰ったんだ」

「私も」

 ユルゲイとジェイドまで自慢気にアリアからのハンカチを見せる。ピアナとヴィオラは呆れている。

「これは…」

 カインのハンカチの隅に茶色いゴミみたいなものが付いている。そしてユルゲイのもベージュのジャガイモのような物、ジェイドのは黄色の糸でまるで落書きしたかのような物体がある。

「僕のはチョコレートだって。父上のはクッキーで、お祖父様のが一番当てにくかった。ハチミツとミツバチらしいんだけど…」

 ピアナとヴィオラは笑いをこらえきれていない。まるで五才児が作ったかのような刺繍なのに、親子三代でかなり満足気だ。スタークはこの刺繍をアリアが一生懸命にしたのかと思うと笑いがこみ上げてきた。

「笑ったな? スターク」

 スタークをきっかけにカインもユルゲイもジェイドも壊れたように笑い始めた。

「刺繍の先生、雇わなきゃダメかしら」

 ヴィオラもピアナも笑い出した。

 楽しげな雰囲気の中、アリアが二階から降りてきた。

「!」

 急いで笑いを引っ込めようとするがジェイドは涙まで出ている。アリアは自分の渡したハンカチを見て皆が笑っていることに気付き、ジェイドを睨んだ。

「ち、違うんだ、アリア…」

 焦って言い訳をなんとかして考えようとするジェイド達にアリアは怒るのかと思いきや、自分も笑い出した。

「大丈夫よ、お祖父様達。私だってこの刺繍が上手なんて思ってないわ。むしろ渡してから今まで、笑いをこらえたあなた達の方がすごいわ」

 ジェイドは愛おしくてアリアを抱きしめる。カインも笑いながらアリアの頭を撫でる。

「ごめんよ、アリア。嬉しいんだけど、おかしくて。チョコの刺繍なんて」

「私もだよ、とても嬉しい」

 ユルゲイの言葉にアリアは少し照れくさそうに笑った。

「私の変な刺繍でこんなに皆に笑ってもらえるなら作った甲斐があるわ」

「アリア、スタークにはないの?ハンカチ」

 カインの言葉にアリアはニッコリ笑う。

「ハンカチはないわ。でも…これをあげる」

 アリアは高価そうな箱をスタークに渡そうとした。スタークは嬉しくて思わず背中に隠していたバラの花束を見せてしまった。

「これ…私に?」

 アリアはそのバラの美しさに一瞬見惚れ、ぱぁっと笑顔を見せた。甘く上品な香りがし、アリアはその香りをめいいっぱい吸う。

「まぁ!珍しいバラね。きれいだわ」

 バラに詳しいピアナがそう言うとアリアはスタークに触れないように箱を渡し、スタークも直接手に触れないよう、花束を渡した。

 花にはあまり興味がないように思われてたアリアだが、そのバラの花束を大事そうに抱え、顔を赤く染め、嬉しそうだった。

「開けて見ていい?」

「いいけど、刺繍は期待しないで」

 スタークはワクワクしながら箱を開けた。ベージュのキラキラした柔らかいグローブだった。手に取ると小さく茶色い糸で棒が二本、交差している刺繍が、控えめに入っている。

「その刺繍、ほどいて使ってもいいから。グローブはキャロラインが用意してくれたの。なんか秘密があるって言ってたけど、教えてくれなかったわ」

「これ…何の刺繍?」

 カインは覗き込む。スタークはアリアを見てニヤリと笑う。

「アカジャイルの木剣」

「! よく分かったわね」

「ほんと…よく分かったな、スターク」

 ユルゲイが感心するとヴィオラが咳払いをした。

「素敵な色ね、珍しい。アリア、その花束、花瓶にいけておくわ」

「うん。ありがとう、スターク」

「こちらこそ、ありがとう」

「さあ、楽しんでおいで。夕方には戻らなきゃダメだぞ。ラジール王に挨拶に行く準備をしなきゃならないからな」

「はぁい!」

「スターク、頼んだわよ?うちの子達は二人とも遊びだしたら止まらないををだから」

「任せて下さい」

「いってらっしゃい」

 大人達に見送られ、三人は馬車でキャロラインの待つカフェに向かった。







 


 


 






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